第十章 援軍
ライヤンは目を開けると、冷たく湿った空気とともに、西の駐屯地付近の荒れた森の中に立っていた。
胸を急かす鼓動に合わせるように、周囲の木々がざわめき、まだ沈黙を保つ森の奥へと続く細い道が目の前に伸びている。焦る気持ちを抑えながらも、ライヤンは素早く駐屯地へと足を進める。森の間から開けた場所に差し掛かった瞬間、武装した数名の兵士たちの姿が目に飛び込んできた。
彼らの身にまとった鎧や武器は、緊迫した状況に即したもので、いかにも即戦力といった厳つい空気を纏っている。だが何よりも、彼らがここにいるという事実に、ライヤンの胸に安堵が広がった。
「無事だったのか!」と、ライヤンが駆け寄りながら声を張り上げると、武装した兵士たちは一斉に顔を上げ、その声に反応した周囲の兵士たちも次々と集まってきた。
林の縁に広がる広場には、緊張感をまとった兵士たちが忙しなく準備を進めている。その中に、猪獣人の姿があった。ライヤンはすぐさまダズールに目を留め、歩み寄る。
「ライヤン、一体何があった!西の砦は無事じゃないだろう?」
ライヤンは一息つく間もなく、切迫した口調で現状を伝えた。
「西の砦は奇襲を受け、ほぼ壊滅状態です。今、生き残った新兵たちと隊長たちだけで敵勢を留めている状態です」
その言葉に、周囲にいた兵士たちの顔色が一変する。驚愕と緊張が瞬時に広がった。
「そんなことが……!」
ダズールはすぐさま冷静さを取り戻し、指示を出す。
「皆、急げ。出撃の準備を整えろ。少しでも早く援軍を送るんだ!」
兵士たちは即座に動き始め、武器の手入れや装備の確認に奔走する。森の中に響く準備の音は、まさにこれからの戦いの緊迫した幕開けを告げていた。
駐屯地に集結していた兵士は総勢二十名。
しかし、そのうち五名は周辺警備の任務に就いた際、突如として襲撃を受けたまま消息を絶っていた。
誰も彼らの無事を確認できず、行方は依然として不明のままだった。
今すぐにでも援軍を派遣したい焦燥が駆け巡るが、全員を送り出すわけにはいかなかった。敵が襲撃を繰り返す可能性も考慮し、駐屯地の防衛を固める必要があったのだ。ここに一定の兵力を残すことは、王国の防衛線として最低限の義務であった。
そんな緊迫した空気が漂う中、突然、重厚な足音を響かせて一人の男が割り込んできた。その姿に、ライヤンも周囲の兵士たちも一瞬息を呑み、視線を集中させる。
そこに立っていたのは、数ヶ月前に娘を連れて王宮へと現れた人物――、ギルバート・タニス伯爵だった。顔には軍人のような厳しい表情が浮かび、王宮で見せた貴族然とした柔らかな顔立ちとはまるで別人のようなその姿は、まるで戦場の指揮官そのものだった。
「なぜ、あなたがここに?」
ライヤンが問いかけに、タニス伯爵は静かに、しかし確固たる声で答えた。
「忘れたのか?この西の地は、我が領地だ。守るのは私の責務。王国が危機に瀕している今、指をくわえて見ているわけにはいかん。」
彼の背後には、物資を満載した馬車が数台、整然と並び、その周囲には鋭い目つきをした武装獣人たちが警戒を固めていた。士気を一気に高めるその光景を目の当たりにした駐屯兵たちの表情には、安堵と決意が混じり合っていた。
「ここは私たちが守る。西の砦へ急げ」
その言葉に、ライヤンとダズールは無言で頷き合い、すぐさま兵士たちをまとめ上げる。彼らの統率のもと、緊張と緊迫感が駐屯地に満ちていく。
「ここからなら、馬を使えば30分もあれば西の砦に辿り着ける」
その言葉に兵士たちの顔が引き締まり、決意が一層深まるのを感じた。
馬のいななきが響き渡り、甲高い蹄の音が駐屯地を駆け抜けていく。その姿はまるで、これから訪れる戦火に立ち向かう勇者たちのようだった。
そして、決意を胸にした援軍が、西の砦へと今、駐屯地を後にした。