第十章 防衛戦(開)2
砦を背に、シュアンランは一人、開けた荒野の真ん中に立っていた。足元を撫でる風は冷たく乾き、地平線まで続く土色の世界には、何ひとつ動くものがない。
だが――空気の奥に潜む、何とも言えない重たい視線だけは、確かに肌を刺していた。
感覚を研ぎ澄ませても、敵の姿は見えない。距離があるのか、それともそういう能力なのか。いずれにせよ、こちらを観察している視線があるのは間違いなかった。
ちらりと、背後の砦へ目をやる。半壊した砦の前、ジンリェンがこちらをじっと見ていた。十年来の親友。互いの力を熟知し、信頼もしている。それでも――彼の目には、心配が滲んでいた。そして同時に、その耳や鼻は周囲の警戒に張り詰めている。
シュアンランはふっと、小さく笑う。
さらに視線を砦の奥へ向ければ、フーリェンと新兵たちが本部の設営を終え、半壊した内部へと入っていくのが見えた。恐らく、まだ使える物資を運び出すのだろう。彼らの動きは無駄がなく、すでに役割が完全に定まっているようだった。そこまでを確認し、シュアンランは再び前へと顔を向けた。
見渡す限り、何もない平地。
目に見える敵影は一つもない。
だが――気配は、確かにある。
僅かに雪の積もる土の下か、遠くの丘の向こうか、それとももっと別の方法か。
何処から来るのかは分からないが、確かにこちらを狙っている何者かがいる。
シュアンランは大剣の柄に手をかけ、微かに氷の気を散らせた。風の匂いが変わるのを、じっと待つ。
風がひゅう、と一際強く吹き抜けた。
次の瞬間――足元の土が、じわりと脈打つように膨らんだ。
「……来たか」
裂け目が走る。そこから現れたのは、無機質な土の顔。目鼻立ちは削り取られたように曖昧で、それでもこちらを見据えているのが分かる。
腕、胴、足――形を成すごとに、粘つくような音が荒野に響いた。
一体、二体……三体。
それだけでは終わらない。
少し離れた場所でも土が泡立ち、同じ形の人形がずるりと這い出してくる。背後の砦からも、ジンリェンの低い唸り声が届いた。
「来たぞ、シュアン!」
返事はしない。ただ、大剣を引き抜く。氷の刃が風を裂き、淡い白い息が周囲に漂った。
足元の温度が急速に落ちていく。土人形たちは一斉に動き出し、重い足音が連なって地面を震わせた。
遠くの気配がさらに膨らみ、次々と顔を出す土人形たち。
シュアンランは目を細め、砦の方へほんの一瞬だけ視線を向ける。次の瞬間、彼は足を一歩、前へ踏み出した。
味方なしの全力戦――その幕が、静かに上がったのだった。