第十章 防衛戦(開)
一旦、視界に入る範囲の土人形はすべて粉砕した。
だが肝心の、これらを操っている能力者の姿はどこにも見えない。
フーリェンは息を整えながら、素早く琥珀色の瞳を能力で鷹の目へと変え、周囲を見渡す。
「……見えない。一体どこから…」
ジンリェン耳を澄まし、わずかな物音も逃すまいと集中するが、何も拾えなかった。
「足音も、呼吸も……届いてねぇ」
シュアンランとライヤンはひくひくと鼻で周囲の匂いを辿ろうと試みるも、痕跡を掴めない。
「匂いも無いな。距離は……かなり離れてる。少なくとも弓兵の射程じゃ届かないくらいだ」
にもかかわらず、地中から土人形を湧かせ、一方的に襲撃してきた。しかも、その性質は広範囲殲滅を得意とするジンリェンの炎と最悪の相性だ。砕いたはずの土人形も、時間が経てば再生し、次の群れが押し寄せてくるのは間違いない。
短く切り取られた静寂の中で、三人とも胸中に「まだ終わっていない」という確信を抱いていた。
このままここで戦力を消耗し続ければ、援軍が到着する前に砦は持たないだろう。
フーリェンは眉間に皺を寄せながら、ライヤンに視線を送る。
「……ライヤン、行けるな?」
「……はい、反動はもうほとんど治まりました。距離的にも西の駐屯地ならすぐ行けます」
「先に行け。あそこが無事なら、多少は増援を確保できるはずだ」
ライヤンは無言で頷き、短く言葉を残す。
「……必ず戻ります」
彼の姿が霧のようにかき消える。
その直後、シュアンランは静かに口を開いた。
「土人形と、その能力者は俺が引き受ける」
その声に、ジンリェンが眉をひそめ、隣のシュアンランに言葉を投げた。
「おい、待て。あれを一人で相手する気か? 数が分からねぇし、あの再生速度だぞ」
だがシュアンランは、いつもより少し柔らかい笑みを浮かべる。
「お前らには援護と、もし他の強化兵が出てきた場合の対処を頼みたい。あいつらをこれ以上こっちに入れないためにも、戦力は分けておくべきだ」
ジンリェンはまだ納得いかない様子で肩をすくめる。
「……前を任せろってんなら、絶対死ぬなよ」
「そのつもりだ」
その言葉にシュアンランは即答し、氷の大剣を握り直しながら付け加える。
「それに、知ってるだろ?……俺の能力は味方がいない方が威力を出せる。巻き込む心配をしなくて済むからな」
フーリェンとジンリェンは一瞬視線を交わし、最後には黙って頷いた。
風が強くなり、戦場の空気が張り詰めていく。
嵐の前のような静けさの中、シュアンランの瞳はすでにまだ見ぬ敵だけを見据えていた。
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「……試しに出してみたが」
眼下の戦場で、自らが生み出した十数体の土人形が、一瞬のうちに粉砕されていく様を眺めながら、1号は口元をわずかに歪めた。
「面白いな」
その視線の先に映っているのは、自分の肉眼ではない。地面を這う土で形作った小さな鼠の目を通して、遠くの様子を覗いているのだ。鼠の瞳に映るのは、粉塵舞う戦場の中央、直属護衛三人――フェルディナの氷狼と呼ばれる狼男シュアンラン、鋭い目をした白狐の弟フーリェン、そして炎を纏った白狐の兄ジンリェン。さらにその周囲には、乱戦の最中にも関わらず傷一つ負っていない新兵たちの姿まであった。
1号は短く息を吐き、背後を一瞥する。もちろん、そこには誰もいない。
怠惰な羊の少年も、無機質な双子の男たちも、ついてきてはいない。
「まぁいい」
視線を再び鼠の目に戻し、戦場に意識を集中させる。
「まずは――あの狼からだ」
鼠の視界の中心に映っているのは、肩に氷の大剣を担ぎ、悠然と戦場へ歩みを進めるシュアンランの姿だった。その歩みは、ただ前進するだけなのに、周囲の空気がじわりと冷え、地面が軋むような緊張を帯びていく。機械のような虎獣人の唇が、愉悦とも期待ともつかぬ笑みにわずかに吊り上がった。