第十章 土人形
地面が次々と波打ち、そこから人型が這い出してくる。
それらは粗く形作られた土の人形で、中にはジンリェンが先ほど焼き払ったはずの、フーリェンに酷似した姿のものまで混じっていた。
焼け焦げたはずの“影”が、崩れた土を再び寄せ集め、ゆっくりと立ち上がる。
その異様な光景を見て、ジンリェンの瞳が鋭く光る。
「……これか!」
その一言に、隣のシュアンランも短く頷いた。
倒しても立ち上がる正体不明の兵士――これこそが、砦を一瞬で壊滅させた原因に違いない。
フーリェンは即座に状況を飲み込み、新兵たちに声を張り上げる。
「全員、背中合わせだ! 一方向に気を取られるな!」
命令を受けた新兵たちは、恐怖を押し殺しながら背中を合わせ、じりじりと円陣を作る。
その横で、フーリェンは背中の槍を素早く引き抜き、迫りくる土人形の首を突き砕いた。
砕けた土が飛び散り、足元を汚す。だが次の瞬間、再び崩れた土が集まり、形を取り戻し始める。
嫌な手応えとともに、戦いが本格的に始まった。
それぞれが迫り来る土人形と必死に渡り合う中、ジンリェンは両腕を広げ、能力を解放した。
燃え盛る炎が轟音と共に一帯を包み込み、周囲の空気が熱で震える。赤橙の閃光が視界を切り裂き、複数体の土人形を一気に呑み込んだ。焼ける匂いと、崩れるような音が耳を打つ――しかし、確かな手応えはなかった。
「……っ、やっぱりか」
ジンリェンは歯噛みし、わずかに後退した。
炎に包まれた土人形は黒く焦げ、いったんは崩れ落ちたものの、灰混じりの土塊がまるで意思を持つかのように再び集まり、形を取り戻していく。炎は彼らの動きを一瞬止めるだけで、決定打にはならない。
「相性、最悪だな…っ…」
低く吐き捨てるように呟いたその声を、シュアンランの耳は逃さなかった。
彼は視線を走らせ、戦況と仲間の位置を素早く確認すると、手にしていた氷の大剣を迷いなく地面に突き立てた。鋭い氷刃が一瞬で砕け、淡い霧となって消え去る。次の瞬間、彼は足元へと力を籠め、周囲の地面をきしませるほど踏み締めた。呼吸は深く、冷気を肺いっぱいに吸い込む。吐き出した息は白く、空気を刺すように冷やしていく。
「全員! 俺の背後に集まれ!」
響き渡る声は、戦場の喧騒さえ断ち切る鋭さだった。
フーリェンとジンリェンは即座に反応し、前線から後方へ滑るように下がった。
二人はシュアンランの意図を瞬時に悟り、その動きを邪魔しないよう新兵たちの動線を開ける。
ライヤンもすぐに気づき、転移の構えを解いて新兵たちを誘導する。新兵たちは迫り来る土人形を槍や剣で牽制しながら、半ば駆け込むようにシュアンランの背後へと集まった。
全員が集まったことを確かめたその刹那、シュアンランは両腕を大地へと押し付ける。凍える波が地面を這い、瞬く間に霜が走り、白い靄が濃く立ちこめる。氷結は生き物のように広がり、土人形たちの脚を一瞬で封じ込めた。動きが鈍り、やがて全身が氷に覆われ、無機質な氷像へと変わっていく。
シュアンランはその刹那を逃さない。
空中に新たな氷の大剣を形作ると、勢いよくそれを振り下ろした。
刃が振り抜かれると同時に、鋭い雹風が戦場を駆け抜け、氷結した土人形たちの身体を一気に粉砕する。
鈍い破砕音が連鎖し、氷と土が混じった破片が四方に飛び散った。砕かれた人形は、凍ったままの破片となって地面に散乱し、元の形に戻ることができない。ただ、凍りついた破片がその場で小刻みに蠢くだけ――新たに形をなすことも出来ない。
「取り敢えず、動きは抑えたが…」
シュアンランが低く呟く。
その声には、安堵ではなく次に備える緊張が張り詰めていた。