第十章 目的
【登場人物】
1号…虎獣人の青年。リーダー。
2号・3号…双子の狼獣人。2号が兄で、3号が弟。
4号…羊獣人の少年。
【世界】
番号付きの兵士…アドラ王国が所有する強化兵。
西の砦から数キロ離れた、王国と敵国の境に連なる山林。冬枯れの木々は黒々と空へ枝を伸ばし、足元には薄く雪が積もっている。冷たい風が吹き抜けるたび、枝の霜が音もなく崩れ落ち、静寂の中に小さな破片音を散らした。その林の影の中に、外套を羽織った四つの影が立っている。
先頭に立つのは虎獣人の男――1号。黄金の瞳は氷のように冷たく、どこか人形めいた硬質さを帯びていた。その視線は遠く離れた西の砦へと真っ直ぐ向けられ、瞬き一つせず凝視している。
「……出てきたな」
吐き出された声は低く、小さくとも、周囲の空気を震わせるほどの圧を帯びていた。その横で、羊獣人――4号が、あくび混じりに言葉を返す。
「この距離でよく見えるねぇ。あんたの目、やっぱおかしいよ」
のんびりとした口調に、緊迫感の欠片もない。
その間に、同じ背格好、同じ灰色の狼耳を持つ二人…2号と3号が声を揃える。
「早く潰して帰ろう」
呼吸も、声の高さも、表情すらもまったく同じ。双子というより、片割れ同士が鏡を通して話しているかのようだった。
4号は肩をすくめ、吐息を白く散らす。
「めんどくさいし、1号が全部やればいいじゃん。僕ら見てるだけでよくない?」
その気怠げな言葉に、1号は短くため息をついた。
視線を一瞬だけ三人へ移し、冷え切った声で言う。
「まだだ。一人足りない」
そう告げると、再び砦の方へと視線を戻す。砦の一角、崩れた壁を土で補強し、即席の本部を形作っている影が見える。雪混じりの風に乗って微かな声が届き、1号はその中に立つ三つの人影を捉えた。
「王国はどうしたいんだろうな、3号」
砦を眺めながら、2号が隣の弟に問いかける。
3号は雪を踏みしめ、わずかに首を傾げて答えた。
「さぁ……護衛4人を潰したところで、簡単に国が落ちるとは思えないけど。でも、何もしないのも退屈だ」
1号の口元がわずかに動き、低い声が続く。
「理由なんて関係ない。俺たちは――命じられたことをやるだけだ」
雪混じりの風が四人の間を抜ける。その言葉に反論する者はいない。全員が、その“言われたこと”の意味をよく知っていた。
彼らが王国から受けた命はひとつ。フェルディナ王国を守る四人の獣護、直属護衛を討ち取ること。それ以外はどうでもいい。国を落とすかどうかなど、彼らの関心にはない。
命令に疑問は持たない。理由を探すこともない。
ただ、指示を遂行する――それが存在意義であり、生き残る唯一の道だ。
1号は視線を砦から外さぬまま、短く吐き捨てる。
「それに……」
わずかな沈黙。背後で雪が枝から落ちる音がした。
「失敗すれば、処分される。ただ、それだけの話だ」
その声音は、感情を欠いた氷の刃のようだった。
4号は肩を竦め、双子は何も言わず、全員がその現実を当然のものとして受け入れていた。
「まぁ、でもさ」
雪を踏みしめながら、4号が気だるげに口を開く。
「三人いるんだし、先に殺しとこうよ」
その提案に、双子の2号と3号が同時に頷いた。
「うん、それがいい」「長引くと面倒だしね」
二人の声はまるで一つの響きのようで、息も乱れない。そんな三人のやり取りに、1号はわずかに眉を寄せ、短くため息をつく。
「……それもそうだな。拠点を再構築される前に潰すか」
そう言いながら、1号はゆっくりとフードを深く被り、雪混じりの風の中を一歩踏み出した。
「一人で行くの?」
4号がのんびりとした調子で問いかける。
1号は足を止めず、振り返りもせずに答える。
「まずは様子を見る。あいつらは王国の要らしいからな。油断はしない」
「じゃあ――」
2号と3号が、まったく同じタイミングで口を開く。
「面白くなってきたら、合流する」
その言葉に返事はなく、次の瞬間、1号の姿は雪景色の中からふっと掻き消えた。