第十章 合流
空間が裂け、ジンリェンとシュアンランは雪の舞う戦場に降り立った。転移先は、先行したフーリェンと同じく、西の砦のすぐ前。だがそこに広がっていた光景は、想像していた以上の惨劇だった。
石の砦は無惨に崩れ、防壁だったはずの構造物は破片と化して散乱している。地には血の匂いがまだ生々しく残っており、雪と灰が混じり合いながら静かに積もっていた。
思わず顔を顰めたのは、シュアンランだった。隣のジンリェンも無言で拳を握る。怒りとも、悔しさともつかぬ感情が胸を満たす。だが今は、その感情に飲まれている場合ではない。二人はすぐに気持ちを押し込み、辺りを見回した。
「フーは……どこだ」
そう言いながら耳を澄ますジンリェンの狐の耳が、ぴくりと動いた。そのまま彼は瓦礫を避けるようにして崩れた壁の奥へと進んでいく。シュアンランもすぐに続き、転移を終えたばかりのライヤンも息を整えながら後に続いた。
目指す先――砦の側面、かろうじて形を留めた一角の裏側。
そこには、簡素ながら土で補強された即席の防御壁が築かれていた。崩れかけた砦の壁を下地に、周囲の土砂を利用して、本部としての陣形を整えようとしている様子が見て取れる。
その場で、新兵の一人が膝をつき、両手を地に当てていた。能力を発動しているのだろう。周囲の地面がわずかに振動し、土が盛り上がっては整えられていく。無骨ながらも、明らかに戦闘に備えた造りだ。
そのすぐ後ろ。数人の新兵を相手に、地図を使って配置の確認をしていた人物がいた。
ジンリェンがほんの一瞬、眉を和らげた。
「……フー」
雪を踏む足音が三つ。それに気づいたのか、フーリェンがふと振り返った。三人の顔を見た瞬間、フーリェンの瞳がわずかに揺れた。だが、それも一瞬のこと。
ジンリェンとシュアンランのみ、先に来た。フーリェンはすぐに王宮の判断を悟る。限られた長距離の転移回数。先行するのは即応戦力のみ――すなわち、この三人で時間を稼ぐという決断だ。
「状況を説明する」
無駄のない言葉で、フーリェンはこれまでの出来事をかいつまんで伝えた。
西の砦は、ほぼ壊滅。中堅以上の兵はほとんど戦死。生き残ったのは、数名の新兵と避難させた子どもたち。敵の襲撃は異常に速く、奇襲によって外の兵は即座に殺され、砦内に侵入。内部で迎撃しようとした兵士も力及ばず――。
「ここで、応戦するしかない。第一軍が来るまで、時間を稼ぐ」
静かに告げるその言葉に、ジンリェンは目を細め、ちらと崩れた砦の方に目をやった。雪が積もり始めた瓦礫の上には、まだ乾ききらぬ血が点々と残っている。
三人の視線が交差し、周囲の喧騒が遠のいたように感じた。次に聞こえたのは、ジンリェンの静かな――けれど芯のある声だった。
「……俺たちで、持ちこたえるぞ」
その目には、揺るぎのない覚悟が宿っていた。
フーリェンもまた、静かに頷く。シュアンランは無言でいつものように微かに笑ってみせた。
戦の始まりは、すぐそこだった。
そしてその最初の防衛線に立つのは、王国が誇る三人の護衛――王宮の獣護たちだった。