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王宮の獣護  作者: 夜夢子
第9章
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第九章 静かな浸蝕2

フーリェンはルカと別れてすぐ、じわりと広がる胸のざわめきを抑えながら足早に王宮の回廊を進んでいた。先ほど鼻血を出した兵士のことが頭から離れず、彼が笑顔を見せながらも明らかに異常な反応を示したことが、彼の警戒心をさらに刺激していたのだ。秋の冷たい空気が肌を撫でる中、訓練に励む兵たちの間に確かに広がりつつある「滋養剤」という名の薬物の存在が、誰もがごく自然に振る舞っているその“普通”こそが、むしろ不気味でならなかった。


医務室へ向かうため角を曲がったその時、広間の向こうから、ジンリェン、シュアンラン、ランシーの三人が肩を並べて険しい表情で歩いてくるのが見えた。声は届かないが、その雰囲気は穏やかとは言い難い。次の瞬間、シュアンランが笑みを浮かべて手を挙げ、軽快な足取りで近づいてきた。その手に握られていたのは、あの小瓶。青みがかった液体が陽の光を受けて鈍く輝いており、フーリェンの視線は自然とその瓶に引き寄せられた。


「ちょうど良かった。今、呼びに行こうとしてたところだ」


シュアンランの言葉に続けてフーリェンは静かに問いかける。三人揃って、何か重大なことがあったのだろうかと。その視線は瓶から離れず、シュアンランはわずかに瓶を掲げて見せると、「見覚えあるだろ、例の“滋養剤”だ」と告げた。フーリェンの表情が一瞬引き締まる。すかさず問いかける声は険しさを帯びることなく静かだったが、その内に秘めた緊張は明らかだった。


「それ、どこで」


その問いに答えたのはジンリェンで、彼は静かな口調で「詳しい話は中で」とだけ告げると、何も言わず踵を返した。ランシーとシュアンランもその後に続き、フーリェンもまた言葉を交わさずに列に加わった。


扉が閉まると、室内の空気が一気に引き締まった。

ジンリェンはゆっくりと重い木製の机の前に歩み寄り、慎重に小瓶をテーブルの上に置いた。そこには青みがかった液体がひっそりと揺れている。


「新兵を中心にこの“滋養剤”が広まっているという報告は、確かに間違いないようだ」


ジンリェンは冷静さを保ちながらも、どこか警戒心を隠せずに口を開く。シュアンランは腕を組み、鋭い眼差しで瓶を見つめながら言った。


「二軍の兵士にも同様のものが見つかった。医務局で扱っているかユキに確認したが、そんな事実はなかった。にもかかわらず兵士たちは口々に“医務官から許可をもらった”と言う……一体誰のことを言っているんだ」


ランシーは書き留めた報告書を見直しながら話を繋いだ。


「健康不良の報告は今のところ特にない。ただ、明らかに動きが良くなっている者、そして薬に依存しがちになっている者、先日の兵士のように鼻血が出る者もいる…と、」

「薬の出所は不明。流通経路も掴めていない。問題は、このまま見過ごしていいのかということだ」


フーリェンは少し間を置き、腰のポーチから小さな瓶を取り出した。それは「抑制剤」と呼ばれる、自身も必要に応じて使っている薬だった。


「僕も、常用しているわけじゃないけど…頼っている。だから“薬に頼るな”とは自信を持って言えない」


フーリェンの顔に少し暗い影が差した。


「だからこそ、兵士たちに無闇に否定することもできない。ただ、安易に依存するのは危険だ。慎重に見極めるべきだと思う」


沈黙がしばらく続き、それぞれが言葉の意味を噛み締めていた。


「誰が“医務官”と名乗っているのか、まず調べなければならないな」


ジンリェンの声が強く響く。


「兵士たちの信頼を得ている人物が、もし裏で何かを動かしているのなら……」


その言葉は宙に浮き、まだ真実には辿り着いていないことを示していた。しかし、確実に何かが軍の内側で静かに進行していることだけは、誰の胸にもあった。


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