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王宮の獣護  作者: 夜夢子
第8章
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第八章 新体制

翌朝。


王都の空は、くっきりと晴れ渡っていた。

秋の風が朝靄を払い、陽光が宮廷の石畳を淡く照らしている。その光の中を、真新しい隊服に身を包んだ若者たちが、列を成して歩いていた。いずれもまだ幼さを残した顔。緊張のせいか、背筋を張ってぎこちない動きをしている者も多い。


――第四軍、新兵導入の日。


訓練場の門が静かに開かれ、練兵担当の兵が号令をかける。


「整列!」


列を成した新兵たちが、訓練場の中央に整列する。

その光景を見下ろすようにして、フーリェンは仮設された観覧台の階段を上っていた。昨日まで誰もいなかった場所が、今は十数人の若者の気配で満ちている。その熱気と、期待と、不安が渦巻く場に、フーリェンはひとつ息を吐いて立った。


視線を上げ、無言で全員を見渡す。


(この中の何人が……次の再編の時にも、ここにいるだろうか)


そんな思いが、胸の奥に浮かんでは消える。

けれど、今この瞬間に立つ彼は、もう昨日のように膝を抱えて座り込んだりはしない。


風が吹き、白い髪が舞う。

そして、フーリェンはゆっくりと口を開いた。


「第四軍隊長、フーリェン。今日からお前たちを預かる」


淡々とした口調。だがその声は、不思議と遠くまで響いた。


「ここでは戦場の基礎を叩き込む。甘えは許さない。けれど――命だけは、僕が責任を持つ」


ざわ、と新兵たちの中に緊張が走る。それでも、誰一人として目を逸らさなかった。この場所にまた、新たな関係が芽吹いていく。別れと始まりを繰り返す中でも、自分の中に残る何かが、確かに未来へと向かっている――そんな予感を、彼は今、確かに感じていた。


そして静かに、最初の命令を口にした。









第四軍の、新しい朝が始まった。陽が高く昇りきらぬうちに、第四軍の訓練場には新兵たちの掛け声と足音が響いていた。


「腕の角度が甘い! 体幹がぶれてるぞ!」

「前列、歩幅が合っていない! リズムを聞け!」


中堅の兵士たちが鋭く指示を飛ばす中、若者たちは緊張の面持ちで動作を繰り返していた。昨日まで無人だったこの場は、今では熱と気配で満ちている。

その光景を、フーリェンは訓練場の隅から静かに見つめていた。壁際の影に身を潜めるように立ち、白い髪を風になびかせながら、一人ひとりの動きを目で追う。


(……赤毛の子。右膝、古傷か。癖が出てる。あれは負担がかかる)

(あの双子みたいな二人は左右反転の癖……環境由来の訓練歴)

(後列の細身、非力だが身のこなしが軽い。投擲か、細剣向き)


声を張り上げることはせず、ただ静かに全体を見通し、必要があれば指示役の兵士に指示を飛ばす。

観察と評価。それが、初日である今日の彼の役割だった。


その時だった。


「うわっ……!」


列の中央で、ひとりの新兵が足をもつれさせて倒れ込んだ。それに巻き込まれるように、数人がよろけ、列の一部が乱れる。


場に小さな緊張が走った。転倒したのは、背の低い少年兵――まだ声変わりも終わっていないような若さだ。足元を見ると、靴紐がほどけていた。慌てて立ち上がるが、焦りで手元がもつれる。


「す、すみません……!」


その場に戻ろうとする少年の背後で、別の新兵が小声で呟いた。


「何してんだよ、ちゃんと結んどけよ……」

「巻き込まれたこっちが迷惑だっての」


責めるほどの口調ではないが、その言葉が彼をさらに縮こまらせた。フーリェンは、ゆっくりと影から歩み出た。声はかけずとも、彼が前に出れば空気が変わる。周りの兵士たちが一瞬だけ動きを止め、新兵たちの視線がそちらへ向かう。


フーリェンは少年の前に立ち、低く問いかけた。


「名前」

「……リオン、です」


声が震えていたが、それでも顔を上げた。その様子に、フーリェンはわずかに目を細めた。


「右足……以前に捻ったことがあるな。靴の締め方に無理がある。傷、残ってるのか」

「……はい。ひと月ほど前に、崖から落ちて。まだ少し、違和感が……」

「治っていないのに、訓練に出たのか」

「……すみません」


フーリェンは、しばし無言のまま少年を見つめた。

その表情は読めない。怒っているのか、失望しているのか――何も見せない顔だった。だが次の瞬間、ふいに声の調子が変わる。


「戦場では、誰かが倒れた瞬間に、隊が崩れる。傷を黙っていれば、それはお前の身体だけじゃなく、仲間の命を危険にさらすことになる」


リオンの目が見開かれた。


「命のやり取りをしてる場で、『言わなかった』は通用しない。次からは、些細なことでも申告しろ」

「……はい!」


今度は迷いなく、リオンはまっすぐに頷いた。

フーリェンは続けて、少年の背後にいた数人の新兵にも目を向けた。彼らはぎくりと体をこわばらせる。


「誰かが倒れた時、それを支えずに、言葉だけで責める者がいたら――そいつは、真っ先に死ぬ。覚えておけ」


静かに、だが確かに。その言葉は、訓練場全体に染み込んでいくようだった。フーリェンは踵を返すと、再び訓練場の隅へと戻っていった。その背を見つめながら、リオンは拳を小さく握りしめた。


胸の中に、何かが芽生える感覚があった。

厳しいだけではない――「見てくれている」者の存在。


それが、彼にとって初めて感じた“軍の温度”だった。


(……頑張らなきゃ)


まだ何もできない自分でも、きっとできることがあるはずだと、少年兵は小さく息を整えた。

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