第八章 揺れる編制、新たな仲間
王宮の影が長く伸びる早朝の訓練場。
風が静かに草を揺らし、夏の終わりを告げている。
整列した兵士たちを前に、フーリェンの顔は緊張と不安に染まっていた。これから始まる再編成——三年に一度の、部隊の大きな変革。これまで築いてきた信頼関係が一度リセットされ、新たな隊員たちとの出会いを迎えるのだ。
「フー、大丈夫か?」
横からかけられた声にふと振り返ると、ジンリェンがこちらを見据えている。その隣では、シュアンランとランシーも心配そうにフーリェンの顔を覗いていた。
四人の中で、フーリェンが一番最後に直属護衛となった。再編成の経験もないまま、いきなり隊長の重責を負ってしまった自分。だからこそ、他の三人の余裕が羨ましくもあり、どこか遠いものに感じられた。
「僕は……未だに隊長としての自分にしっくり来ていない。…皆は経験もあるし、余裕がある。なのに僕は……」
フーリェンは言葉を途切れさせ、深く息を吐いた。
そんな彼の様子に、ランシーが笑いながら言葉をかける。
「そんな気負うなよ。一回経験すりゃ慣れるって」
それに―と、ランシーは続ける。
「案外、上手くやってただろお前。大丈夫だって、時間が経てばまた信頼は築ける。何も、全員変わるわけじゃないしな」
「…そう、思うことにする。…でも、始まりはいつだって不安だ」
フーリェンの脳裏に鮮明に蘇るのは、昨夜の第四軍の兵士たちとのひとときだった。三年という長いようであっという間であった月日を共に過ごし、苦楽を分かち合った仲間たちと交わした言葉――それは別れの儀式のように静かで、しかしどこか熱を帯びていた。
普段は無表情で口数も少ない自分を、ただ信じてついてきてくれた彼らの姿が、胸を熱く締め付ける。それぞれの目に浮かぶ、未来への不安と決意。
「隊長、俺たちは大丈夫です。だから、隊長も元気だしてください」と、誰かが小さく笑いかけた。
その言葉は、フーリェンの胸の奥でひとつの灯火を揺らしたが、同時にやり場のない寂しさをも呼び起こした。
言葉にしなくても、彼らの思いは痛いほど伝わってくる。フーリェンは、柄にもなく彼らを強く抱きしめたい気持ちを抑えながら、ただ静かに頷くしかなかった。新しい兵たちを迎え、新たな隊長として歩み出さねばならない自分と、共に戦い、共に鍛錬を積んできた仲間たちと別れる哀しみとの間で揺れる胸の痛み。
そんな思いを胸に抱えて、フーリェンは第四軍の仲間たちとの最後の夜を噛み締めるように過ごした。
王国軍の再編成は、決して一つの軍にとどまるものではない。三年に一度、全軍を対象とした大規模な移動と入れ替えが行われる。引退する者の席を、新たな兵が埋め、世代と役割が循環する仕組みだ。
第一軍は、その多くが功績ある古参で占められている。再編成の時期には兵役を終えた者が静かに軍を去り、あるいは砦の警備や地方の拠点へと異動する。
その背に刻まれた時間は、王国の歴史そのものでもある。
第二軍は、各軍から選りすぐられた偵察向きの兵士たちが配属される部隊だ。動きの速さ、判断力、戦場における索敵や情報戦に長けた者が揃い、変化の激しい前線任務から偵察、密偵任務まで幅広く担う。再編時には優秀な兵が他軍から引き抜かれるため、各軍は毎度、頭を悩ませるのが常だった。
第三軍は、盾となる兵士たちが属する。体躯に優れ、重装備をまとって前線を支える、軍の「土台」ともいえる存在だ。その性質から隊構成は安定しており、再編の影響を最も受けにくい軍でもある。
そして―、フーリェンが率いる第四軍。
そこは、戦いの“入り口”だった。
能力の制御が未熟な者。あるいは、そもそも何の能力も持たない者。王国の兵士として、剣を握り、己を鍛え、初めて戦場に立つための基礎を学ぶ部隊。
その役割ゆえに、第四軍は常に動きが激しい。兵が育てば、より適した軍へと引き抜かれ、新兵が次々に送り込まれてくる。今回の再編でも例外ではなく、半数以上の兵士が他軍へと移動し、空いた枠に新人が補充されることとなていた。
(また、一からだ)
そう思うと、フーリェンの胸には、うっすらとした焦燥が広がる。昨日まで背中を預けられた者たちが消え、今また、己の顔すら知らぬ若者たちの前に立たねばならない。
だがそれが、第四軍の宿命であり、己が選んだ立場でもあった。