第七章 混ざりもの2
再び、ひび割れた回廊に足音が戻る。
瓦礫を踏む微かな音とともに、ユエとアドルフが姿を現した。二人とも肩で息をし、服には土埃とわずかな血が滲んでいる。
「……逃げられました」
先に口を開いたのはアドルフだった。低く、悔しさを噛み殺すような声が、二人の内情を表している。
ユエも唇を噛み、悔しげにうつむく。
セオドアはそんな二人に、ただ微かに首を横に振った。
「気にするな。資料一つで真実のすべてが隠されるわけではない。……むしろ、隠そうとしているものがあるからこそ、俺たちは確信に近づいている」
言葉を紡ぐ彼の目に、迷いはなかった。
「状況は、想定よりもずっと絡み合っている。……これ以上深入りすれば、第二、第三の襲撃もあり得る」
静かな決断とともに、セオドアは命じた。
「基地に戻る。残された記録はすべて持ち出し、王宮へ帰還する」
ユエとアドルフが頷き、それぞれ準備へと散っていく。
地下に差す灯りが徐々に小さくなる中、セオドアは一歩、誰もいなくなった廊下へと歩みを進めた。
そのすぐ後ろを歩くシュアンランに、ふと問いを投げかける。
「――“混ざりもの”。さっきのあいつの言葉を聞いて……お前は、どう思った?」
足を止めたシュアンランの横顔に、少しだけ影が射した。
「……気に、なさっているのですか」
ぽつりと漏らした言葉は、冗談のようでいて、その奥にある重みは深い。
セオドアはわずかに目を伏せた。
「俺は……ヒューマンとして生まれたはずだった」
静かに始まった告白は、吐息のようだった。
「王族――それも、代々純血の血筋として保たれてきた本家の流れ。だが、母は獣人の血を引いていた。父上の側室でありながら、それは“口外無用”の秘密だ。……そして、俺たち純血の王族として、民の前に立ち続けている」
そう言って、セオドアは自身の手を見つめる。
「混ざりもの……言われ慣れているはずなのに、妙に沁みた。……気に、していないつもりだったんだがな」
「――俺は、気にしません」
シュアンランがぼそりと呟くように言った。
「混ざってるか、純血かなんて、どうでもいい。俺にとって重要なのは、”誰”に仕えているかです」
それに―と、シュアンランは続けた。
「お忘れかもしれませんが、俺だって混血ですよ。見た目はこの通り狼ですが、中身は半分、ヒューマンです。王族だから―とか、考えが古いんですよ」
その言葉に、セオドアはふっと微笑んだ。
「……ああ、そうだったな」
鉄と苔の匂いがこびりついた通路に、同じ混血の皇子と青年の足音が遠ざかっていく。
過去を抱えながら、王都へと続く帰還の道を、一行は静かに歩み始めた。