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王宮の獣護  作者: 夜夢子
第6章
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第六章 西からの帰還

二日後の昼下がり。

王宮の南門をくぐる荷車の列は、静かに石畳を進んでいた。木箱にはリヴェラとの交易で得た薬剤や試薬類が詰められ、同行していた兵士や医務官たちが手際よく荷を降ろしていく。


フーリェンは一通りの搬入作業を終え、手袋を外しながら深く息を吐いた。ふと空を見上げれば、太陽が王城の屋根を柔らかく照らしている。これでようやく、ひと区切り。


「じゃあ、僕はルカ様に報告に行ってくる」

「うん。医務室の整理が片付いたら私も向かうわ」


簡単なやりとりを終え、フーリェンは静かにルカの執務室の方へ足を向ける。だが、敷地内を通る途中、ふと耳に届いたのは、規則的な号令の声だった。


「――左、突けッ!」


はっとして顔を向けると、訓練場の広々とした土の広場で、槍を手に訓練をしている第四軍の姿があった。


自然と足がそちらへ向かう。


列を作って訓練をしている兵士たちは、若い新兵が中心で、いずれも汗をにじませながら真剣に構えを取っている。その前で厳しく声を飛ばし、指導しているのは、赤茶の髪を無造作に結んだランシーだった。


「ん?」


彼は目を細めたあと、手にしていた木槍を軽く肩に担ぎ直し、大きく片手を振ってきた。


「よぉ。早かったな!」


その声に、訓練中の兵士たちも次々とフーリェンの姿に気づき、声を上げ始める。そんな兵士たちの声に、なんだか少しだけ賑やかになったなと感じつつ、フーリェンはゆっくりと訓練場に足を踏み入れた。


「戻った。変わりはないか?」

「バッチリ。預かった隊、ちゃんと育てておいたぞ。なあ?」


ランシーがニッと口角を上げながら、脇の若い兵士を軽く小突く。兵士は戸惑いながらも真っ直ぐにフーリェンを見て、こくりと頷いた。


「留守中、助かった」

「おう。隊長不在でだれたら、俺の面目が立たんしな。……それに、やっぱ第四軍の奴ら、素直で鍛えがいあるぜ」


ランシーが肩をすくめて笑う。そのやりとりを見ていた兵士たちが、どこかほっとした表情を浮かべる。中にはアンナの姿もあり、彼女はフーリェンを見つめたまま、小さく会釈をしてみせた。


そんな彼らの顔をしっかりと見回し、フーリェンは静かに頷いた。


「うん。……よく、励んでいるな」

「……ん?」


ふと、ランシーの眉が僅かに動いた。視線の先は、フーリェンの背中。風に揺れた外套の隙間から、一部が裂けてほつれた隊服の背が覗いていた。そしてその下――肩甲骨のあたりに、しっかりと巻かれた白い包帯がのぞく。


「おい、フー……背中」


真面目な声色に、いつもの軽口が消える。フーリェンはほんの一瞬だけ動きを止めたが、すぐに何でもないように目を細めて、肩を軽くすくめた。


「大したことない。あとでちゃんと報告する」

「……本当に?」

「ああ。ユキが一緒だったし、大丈夫」


ランシーは一歩前に出かけた足を止め、じっと彼の顔を見つめたが――やがて、深くため息をひとつついて、頭を掻いた。


「ったく。……まぁ元気そうだし、いいか」

「あぁ。……それじゃあ、殿下に報告に行く。あと少し、隊を頼む」


そう言ってフーリェンは、訓練中の兵士たちに軽く手を上げる。


「今後の訓練内容、後で確認する。今日はもう少し、執務に戻る」

「はい!」

「了解しました、隊長!」


兵士たちの元気な声に見送られながら、フーリェンは再び歩き出す。


隊服の背は、無惨に裂けたまま。けれどその背筋は、揺るぎなくまっすぐに伸びていた。訓練場に戻るランシーの声とともに、再び号令が鳴り響く。


王宮の午後が、静かに日常へと戻っていく。

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