第7話 海坊主とプラスチック
武甕槌と会った翌日…暁楓、冬木、鎌鼬、八岐の
4人は図書館で話していた。
「いや〜昨日は本当にごめんね!まさか充電切れる
なんて思わなくてさ…」
「…充電切れなんてイマドキの中学生でもしないと
思いますが」
「お前も切れてただろう」
「……そんな事はありません」
「ふはははは!そもそも携帯なんて使う必要無ぇ
だろぉ?」
「え、じゃあ連絡する時にどうするんですか?」
「あ?決まってんだろ、直接そいつに言いに行く」
「…効率性の欠片も無いっスね」
「まさか携帯使えないとか…」
「使えねぇんじゃねえ、携帯が俺の思い通りに動いて
くれねぇだけだ。それに、力を入れればすぐ壊れる
…そんなモンを持つわけねぇってんだ」
「いや普通は携帯壊れないっスよ八岐さん」
「ん?そうなのかぃ、俺ァこれまで何十個って壊して
きたからてっきりそういう脆いモンなのかと
思ってたぜぇ」
「……さすが黄泉ノ桃源最強の剣豪っスね」
「え?そうなんですか?」
「うん、よく祓志士同士の訓練とかあるんだけど
今までどんな人でも勝てた人は居ないんだ。
しかも八岐さんは本気で戦うと殺しちゃうからって
新聞紙とかハリセンとかで相手してて正真正銘の
最強って呼ばれてるんだよ〜」
「…化け物が」
「ふははは!だが、強いってのも困るもんだぜ?
どれぐらいで相手が死ぬか、ギリギリ死なない
攻撃はどれぐらいか…特に人間と戦う時はそういう
加減が必要でよぉ、結構難しいんだぜぇ」
「最強というのも大変ですね」
「あァ、けど最強ってのは現時点での話だ。この先
俺を超えられるような奴が出れば話は別だ」
「う〜ん…そんな人居るんスかね?」
「さぁなァ…だがよぉ、正直加減して戦うってのは
つまらねぇんだ。俺は全力で楽しめる奴をずっと
探してる。いつか出ると良いんだがよぉ……」
「冬木は強いのか?」
「え!何で僕を出すのさ鎌鼬君!」
「そうさなぁ、冬木は強いぜ。本気を出せばなァ」
「…出せばって…褒めてるんスか、それ」
「2割ぐらいはな」
「2割!?ほ、褒めてないじゃないっスか!」
「褒めてるもんは褒めてるだろ」
「2割は褒めてるって言わないんスよ!」
「あ?褒めてるだろうがよぉ」
「褒めてないっス!」
そんなくだらない言い争いを暁楓と鎌鼬は暇そうに
見ていた。
「…何の時間ですかこれ」
「…俺にも分からない」
「任務も無さそうですし、部屋に戻りましょうか」
「ああ」
「…おい、お前ら何処行く気だぃ?」
「部屋に戻るんです、此処に居ても暇ですし」
「何でぇ、任務をすっぽかすってのかぃ?」
「任務があるのか」
「おうとも、まァ座れ」
「…分かりました」
そう言うと2人は渋々席に戻った。
「それで、何の任務だ」
「おう、お前らは海坊主って知ってる
かぃ?」
「海坊主って…何か……こう、妖以外で聞いた事が
あるような無いような…」
「海坊主ってのは船に海水を入れたり、岩場に誘い
込んで船を沈めようとする妖…なんて言われてるが
本人が言うにはただ遊びたいだけみてぇだな」
「怖っ!」
「力加減が出来ねぇ奴でなァ、何度か船が消息不明に
なったって連絡来たんだ。で、調べる度にアイツが
関与しててよぉ…」
「…まさか今回も関与してるんですか?」
「見回りの祓志士が言うにはそうみてぇだなァ」
「海かぁ…」
そこでふと冬木は考えた。もしかしたら暁楓の
水着姿が見られるかもしれないと…
(!な、何変な事想像しちゃってんだろ僕….!
そ、そもそも7歳差だよ!暁楓ちゃんはまだ未成年
だし…)
ーーあれ?僕、ひょっとして暁楓ちゃんの事……
「おい、いつもより更に腑抜けた顔になっているぞ
冬木」
「え…?あ、うん…そうなの?」
「冬木さんはそもそも腑抜けた顔でしょう」
「え!?ひ、ひどいよ暁楓ちゃ〜ん!」
「…まぁ真面目な時はカッコいいですが」
「え…ほ、本当…!?」
「……どうでしょうね」
「暁楓ちゃ〜ん!」
「んで、今回の任務は海坊主の調査だ。さっき言った
通り、アイツはただ遊びたくてうっかり船を
沈めたりしちまってるだけなんだが…今回は違ぇ。
暴れてるって話だ」
「暴れてる…?何故ですか」
「さぁなァ、それを調査するのが俺達の仕事だ。
船の準備は出来てる。海坊主の目撃情報がある場所
まで行くぜぃ」
「はい」
「……」
「?どうしたのさ鎌鼬君。何か顔色が悪いけど……」
「…八岐、今回俺は行かなくても良いか?」
「駄目に決まってらァ、お前らは
3人組なんだからよぉ」
「…まさか鎌鼬さん船酔いするんじゃ……」
彼女がそう言うと図星だったのか、鎌鼬はピクッと
尻尾を立てて刀に変身した。そしてプルプルと微かに
震え始めた。
「船酔いするんだ…」
「おいおい、刀が震えてるとちょっと怖ぇぜぇ?」
3人はプルプル震える鎌鼬を連れて小さな船に乗り、
東京湾を抜けて太平洋へとやって来た。
「広いね〜!見渡す限りの海だね〜!」
「…鎌鼬さん、大丈夫ですか?」
「……あぁ」
「おいお前ら、そろそろ海坊主が居る
海域だぜぃ。念の為準備しとけ」
「…!はい」
「了解っス」
それから数分後……
「う〜〜〜み〜〜」
「…ん?ねえ暁楓ちゃん、何か聞こえなかった?」
「?いえ、何も」
「う〜〜〜〜〜〜み〜〜…!」
すると突然、波も立っていないのに船体が揺れ始めた
「う、うわっ!」
「来やがったか…海坊主!!俺だ!八岐大蛇だ!
姿を現しやがれってんだ!」
「う〜〜〜〜〜み〜〜」
<ザバーン!>
大きな水の音を立てて、水の中からひょっこり黒い
頭が現れた。
「う〜〜み〜〜」
少しずつ頭が出てきて、やがて大きな2つの目玉が
現れてキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「でっっっか…!あ、頭だけであのサイズって…!」
「よぉ、久しぶりだなァ海坊主。元気そうだなァ」
「…やまたの……おろち…そいつら……誰…?」
「コイツらは俺の仕事仲間だ」
「……ニンゲン、嫌い。アイツらのせいで…海の
生き物困ってる…皆んなアイツらの作った物で
苦しんでる……」
「え?どういう事?」
「…成程、ゴミですか」
「ーーそうだ、海坊主は前々からプラスチックゴミや
産業廃棄物が海に流れてきてるのを気にしてた。
ゴミは消えねえ…どんどん蓄積されていくからな」
「海洋汚染……最近では魚の体の中にもゴミが入って
いる事があるそうですね」
「…もしそんな魚を人間が食べたらどうなる?
アレルギーや炎症反応を引き起こして、最悪の場合
死に至る可能性も有り得るぜぃ」
「……オイラはニンゲンが何人死んでもいい、でも….
もう海の生き物の…苦しむ姿は見たく…ない……
だからニンゲン殺す……!」
「成程なァ、近頃暴れてるのはそういう事かぃ。
まぁ今回は俺ァ反論出来無ぇな。暁楓、冬木、
聞いての通り海坊主は怒ってるみてえだぜ、
これはお前ら人間の問題だ。このまま
だとコイツは人間を殺す…殺し尽くしちまう。
どうする?」
<ドンッ!>
1発の銃声と共に冬木の弾丸が海坊主の頭に命中した
「う、うみ〜〜…痛い、痛いうみ〜〜〜……」
「冬木さん…!」
「……どうせさぁ、そのゴミに汚染された魚を食べる
のは僕達でしょ?何年、何十年後かは分からない
けど放っておいても魚全体にゴミが行き渡って
それを食べて僕達は苦しむ…でもさ、そんな先の事
なんて知った事じゃないし、今が生きていられれば
それでいい。違う?」
「お前みたいな…お前みたいな自分より弱くて小さい
生き物の事を考えない奴なんて…死ねばいい…!」
彼は野太い声でそう言うと船体を激しく揺らし始めた
「…チッ、このままじゃ沈んじまうぜぇ…!」
「っ…!」
「ーー僕達はゆっくり自分の首を絞めている。それが
分かってるから色々な対策をしてる…けど、
遅すぎたんだ。それに、決して今ある海中のゴミは
消えない…君はゆっくり見てなよ、僕達がどんな
風に苦しむのかを…さ」
冬木は揺れる船体で海坊主の頭に狙いを定めて何発か
撃った。
<ドンドンドン!>
「うみ…うみ〜〜〜〜っ!」
海坊主は苦しそうに声を上げると海中へ戻って行った
「海坊主!」
「…暫くは静かになるよ、僕達は人間を守った。
人間の為になる事をしたんだ」
「……冬木さん」
「ん?どうしたの暁楓ちゃん」
暁楓はいつになく真剣で、微かな怒りを交えて言った
「何か…何か他にやり方は無かったんですか」
「何かって…話し合いとかって事?」
「…はい、あの人は話せばきっと分かってくれたと
思います」
「……無理だよ」
「え…?」
「人類が発展するには犠牲が必要なんだ。だから
これ以上海洋ゴミを増やさないとか安易に約束は
出来ない…最初からああするしか他にやり方は
無かったんだよ」
「…何か……納得出来ませんね」
「だろうね、君は優しいから皆んなが平和で幸せな
世界を望むだろうけど現実はそんなに甘くないよ」
「………」
その後、4人は無言のまま黄泉ノ桃源へと戻って来て
報告書を書いた。そして……
「臨時ニュースです。茨城県沖の海岸で男女20人が
乗った遊覧船が消息不明となり、警察と自衛隊が
捜索しており……」
「……やっぱあの時殺しておけば良かったかな?」
冬木は1人、薄暗い自室でそう呟くとテレビを消して
銃の手入れをし始めた。
「…そうさ、人間と妖は分かり合えない。どちらか
一方を潰さないといけないんだよ」
彼はそんな言葉を繰り返し自分に言い聞かせるように
言い聞かせ続けた。