第2話 選択と初任務ともふもふと
<トントン>
「ん…?」
眠気の残る意識の中、部屋のドアを叩く音が聞こえた
暁楓はゆっくりと上半身を起こしてベッドの端に
座った。
薄いカーテン越しに朝の光が差し込んでいて昨夜の
疲れは残っていたが、どこか身体が軽かった。
彼女は髪を軽く整えて、寝間着の上から羽織を一枚
着てから扉を開けた。
<ガチャ>
扉を開けると、そこには昨日会った男が立っていた。
「あ、おはよ暁楓ちゃん。よく眠れた?」
男の名は冬木隆之介……彼は昨日と同じように
しわくちゃのスーツに寝癖、やる気のなさそうな顔
だが声は妙に明るかった。
「はい。凄く快適でした」
「そりゃ良かった、準備しておいでよ。僕は此処で
待ってるからさ」
「すみません、ありがとうございます」
「ゆっくりで大丈夫だからね〜」
暁楓が準備し終わると2人並んで廊下を歩き始めた。
静かな朝の気配が、足音の中に溶けていく。
やがてロビーに着くと、そこには既に八岐と鎌鼬の
姿があった。
「よう、おはようさん」
「おはようございます」
「全員揃ったね。じゃ、支部長室行こっか。
くれぐれも粗相の無いようにね」
「冬木さんは入らないんですか?」
「うん、秘密事項とか部外者の僕が聞いちゃ駄目
だからね。それじゃ、頑張ってね〜」
冬木と八岐と支部長室前で別れた暁楓と鎌鼬は
緊張しつつ、軽くノックした。
<トントン>
「ーーあ、来た来た。入っていいよー」
「失礼します」
軽くお辞儀をして顔を上げると、後ろを三つ編みに
した薄緑色の髪の少年が手を振りながら自己紹介を
し始めた。
「初めまして。ぼくがこの黄泉ノ桃源東京支部の
支部長、麒麟だよ」
(こんな子供が支部長なのか…?)
「それで、君達が暁楓君と鎌鼬君で間違いない?」
「はい」
「じゃあ早速話そうかな。まず、暁楓君にはどうして
彼を殺さなかったのか聞きたいな。普通は家族が
殺されれば誰でも憎むと思う。死ぬって言うのは
しょうがないや仕方ないで済まされる話じゃない
んだ。君の場合は八岐君が彼を殺すチャンスまで
与えてくれた、それなのにどうして彼を殺さな
かったんだい?」
「……そもそも鎌鼬さんが復讐に走った理由は家族を
殺された怒りや恨みです。その責任は人間にある、
ならーー」
「違うよ。ぼくが言ってるのは、君自身の…」
麒麟は声をひそめるように言った。
「…義父が死んだ時、何も感じなかったの
かって事だよ」
暁楓の肩が、ビクリと震えた。
「…!」
「当ててあげようか?」
彼はわざとらしく、無邪気な笑みを浮かべた。
「暁楓君。君、あの義父のこと……
恨んでたんじゃないの?死んでほしいって、心の
どこかで思ってたんじゃないの?」
「……っ!」
彼女の赤い瞳が揺れた。口元がかすかに歪み、何かを
飲み込むように俯いた。
「虐待…されてたんだよね?」
「!…本当なのか暁楓」
「………」
「答えたくないならいいよ、そこを別に掘り下げよう
とは思わないから。ただぼくは君の本心が知りた
かったんだそれにそういう目を
する人は何かしら事情がある事が多いからね。10年
近く前に来た子も君と同じ目をしてたっけな…」
「10年近く前に来た子……?」
「ああ、まぁ気が向いたら話そうかな。それで鎌鼬君
の処分なんだけど、一応君が起こした事故で何十人
っていう死傷者が出てる。本当なら此処の地下牢で
20年ぐらい監禁なんだけど……その手続きするのが
凄く面倒なんだよね」
麒麟は面倒くさそうに続けた。
「そこで支部長のぼくから提案。八岐君にも言われた
と思うけど君達、黄泉ノ桃源に入らない?」
「八岐から対妖の機関だと聞いているが、具体的には
何をするんだ?」
「簡単に言えば妖が絡んでる事件や事故を解決する
機関かな。基本的には話し合いがモットー。でも
乱暴な妖も居るからそういう時は実力行使」
「力ずく、という事ですか」
「うん、それに命懸けだよ。だから此処には自然と
誰かを守りたい人とか死に場所を求めてる人、
死んでも悲しむ家族が居ないって人が集まるんだ。
ちなみに初任給で25万以上。それより下らないし、
衣食住も付いてる。どうかな?」
(確かに好条件で良い話だ。しかし、命を賭ける理由
としては些か薄すぎる……)
「ーーはっきり言うとね暁楓君、ぼくは君に妖を
知って欲しいんだ。今回の件で妖という見えない
存在が暮らしている事、そして彼らも人間と同じ
ように家庭を持っている事…..色々知る事が出来た
だろう?ぼくはそれを昨日限りの夢にして欲しく
ない、それを生かして欲しい」
「………」
「妖が視えるっていうのは人間と妖を繋ぐ架け橋に
なれるって事なんだ。もっと妖を知って、どんな事
を思って生活しているのかその心で、肌で感じて
欲しい」
人間と妖の架け橋….…こんな存在自体が無意味な
私にそんな事が可能なのだろうか?
ーーいや、それこそが私の存在意義なのかもしれない
もしくは此処で過ごすうちに分かるかもしれない、
自分の存在意義が……
「分かりました、やらせて下さい」
「うん…ありがとう暁楓君。君はどうする?」
「俺は彼女の手伝いをする。彼女のお陰で目が覚めた
からな」
「!」
「そしてその中で人間を知る。いや、知りたい。
人間が何を考えて何故そんな行動をしたのかをな。
暁楓、お前の為なら俺はお前の手足となる」
鎌鼬は決意をしたような目で彼女を見た。
「分かりました、ですが本当に良いんですか?」
「ああ、俺は間近で人間を見てみたい」
「決まりだね、じゃあそうだな……部屋は今のまま
使ってもらう事にして…相方を決めないとなぁ」
「相方?」
「そう、新人は1年間は長年働いている人を相方に
して働くって社長が決めたんだ。でも誰が良い
かな…」
<ガチャ>
「ーーそれなら冬木はどうだぃ?」
「!八岐さん……!」
「…ノックしようね八岐君?」
「ふはっ!そいつぁ悪ぃな〜」
「で、彼を推薦する理由は何かな」
「単純に顔見知りって事と、後輩の見てる前なら
アイツも真面目に仕事するかと思っただけだ」
「成程…そうだね。じゃあそうしようかな。彼の事
だから今の話全部聞いてるだろうからね。そこの
扉に盗聴器ってあった?」
「あァ、ドアノブに仕掛けてあったから取って
きたぜ〜」
それを聞いた麒麟は静かに怒りながら言った。
「…冬木君、減給されたくなければ今すぐ支部長室に
来た方が身の為だよ?」
すると凄まじい勢いで階段を登って来た音がした。
<トントン、ガチャ!>
「し、失礼します!」
「良かったね冬木君、君の減給は免れたよ」
「……その…すみませんでした」
「いいよいいよ、君も二人の事が気になったんだよね
ぼくでも同じ事してたかもしれないから」
「まァ犯罪だがな」
「それで、聞いての通りだ。君にこの子達の相方に
なって欲しい」
「えーっと…僕なんかで良いんですか…?」
「うん」
冬木は突然の提案で少し動揺しつつも、真剣な
眼差しの暁楓と鎌鼬を横目で見ると仕方ないといった感じで了承した。
「じゃあ早速君のカッコいい所を見せてあげて。今回
君が追ってる事件を彼女達と解決するんだ」
「え…!?あんな危険な任務を暁楓ちゃん達と……」
「大丈夫、君なら守りながら戦う事ぐらい簡単
だよね?」
「……了解です」
「頑張ってね〜」
<バタン>
(はぁ〜…実は全然足取り掴めなくて困ってるなんて
言えないしなぁ……支部長はあんな事言ってたけど
カッコいい所なんて見せられないっての…)
「ーー冬木さん?」
「ん、あー…事件のこと?」
「はい」
「さっきから何度も聞いているが聞いてなかった
のか」
「あのねえ、僕だって考え事するっての。事件の事は
図書館に行ってから話すよ」
「図書館?」
「そ、1階の奥の方にあってね、凄く広いんだよ。
集中したい時はいつも行ってる」
「へぇ…そうなんですか」
3人は軽く話しながら図書館へ向かった。
「よし、着いた。入ろっか」
「はい」
扉を開けると、ふわっと独特な本の匂いがした。
鎌鼬さんはその匂いのせいか、何となく嫌そうな顔を
した。
「…それで、事件について教えてもらえませんか」
「うん。事件はつい2週間前、歌舞伎町周辺のとある
家で起こった。その家は片親で夜に仕事に出かけて
いてね、戸締りもしっかりしてるし毎日子供を
寝かしつけてから仕事に行ってるんだ。事件当日、
親が帰って来るとベランダと部屋を繋ぐ窓は粉々に
割れてて子供は居なくなっていたって話だよ」
「成程……そういえばその情報は何処から仕入れて
いるんですか?」
「電話とか噂話とか色々かなぁ……あ、電話って
言っても普通の一般人からじゃないよ?基本的に
黄泉ノ桃源の職員が見回りしてて、おかしな所とか
あったらその県の支部に連絡する感じだからさ」
「成程…」
「…冬木、事件は2週間前と言ったな。まだ続きが
あるんだろう?」
「うん、同じような感じで2、3件あったけど被害者は
全員子供で夜に攫われてるみたいだね」
「ーーこの2週間でそれだけの人間をお前は見殺しに
したのか」
「!鎌鼬さん……!」
「事実だ」
「…だったら何さ」
「何…?」
「足取りが掴めないまま2、3件目が来てもこっちは
動きようが無いし、下手に動いて警戒されたら
元も子もないでしょ。それにさぁ、僕は別にその
妖さえ倒せれば多少の犠牲はしょうがないと思う
けど?」
「俺は防げる犠牲は防げと言っているだけだ」
(調査開始する前から険悪な雰囲気だがこれで本当に
やっていけるのか……?)
「…で、話を続けるけど事件はこの辺りで起きてる」
彼はそう言うと書き込まれた地図を広げて見せた。
「聞き込みはしたんですか」
「うん、でも特に有力な情報は特に無かったよ」
「ーー冬木さん、それ…いつ聞き込みしたんですか」
「ん?人が居る朝だけど?」
「夜にも聞き込みをした方が良いと思います」
「何でさ?」
「……事件は夜に起きているなら夜に聞き込みすれば
また違った情報が得られるかもしれないからです。
特に夜の街、歌舞伎町となれば東京の各地から夜の
仕事をしに来る人が多いでしょうから。それなら、
色々な人から情報を集められる夜が良いと思い
ます」
「ーー凄い」
「?」
「凄いよ暁楓ちゃん!いや〜まるで名探偵だね!」
「…はぁ、考えれば思いつくと思いますが………」
「よし!そうと決まれば今夜行ってみよう!事件解決
に繋がるかもしれないよ〜!」
冬木は黄泉ノ桃源の内部を軽く案内すると、3人で
夕食を食べてから夜の歌舞伎町へ向かった。
「うわぁ…予想はしてたけどこんな所なのか….」
「ーー鎌鼬さん、前が見えません。正確にはもふもふ
してる事しか分かりません」
彼は鼬の姿のまま、自分の体をはちまきのようにして暁楓に目隠しをしていた。
「見るな、お前には早すぎる」
「…毛が耳に当たっていてちょっとかゆいです」
「そういえば歌舞伎町には来た事無かったなぁ……」
「遊ぶなよ冬木」
「そんなの分かってるよ、今日は調査しに来たん
だから。君だって人間の姿になってその辺で遊ば
ないでね」
「此処にいる限り、俺は暁楓を守る義務がある」
「…何からですか、18禁の世界からですか?」
暁楓は仕方なく鎌鼬を顔から離すのを諦めて周りの
音に集中する事にした。
ーー無数の足音、男女交ざりあった声、紙の擦れる音、微かに聞こえる『何か』の音……
(何だ、この喧騒に交じる不快な音は…)
「どうしたの暁楓ちゃん?」
「…人の声に交ざって耳障りな音が聞こえるんです」
「耳障りな音…?」
「どんな感じのものだ」
「何でしょうこれ……黒板をこう…爪で引っ掻いた
ような音がします」
「…!待て、この近くに妖が居る」
「え…!?な、何も感じないけど……」
「それも人間を何百人も喰い殺した女の妖の匂いだ」
「そいつ、何処に居るのさ…!」
「あっちの公園の方だ、急ぐぞ」
<タッタッタッ!>
公園の方へ急ぐと大きな怪鳥と子供達が居た。
子供達は魂が抜けたように棒立ちになっていた。
「キィィィィィ!違う違う違う!どいつもこいつも
私の子供じゃない!あの子は何処に行ったのよ!」
「な、何あれ…すっごい関わりたくないタイプ……」
「あれは姑獲鳥だ」
「姑獲鳥?」
「ああ、主に夜に飛行して子供の魂の抜き取る妖で
死んだ産婦の怨念が固まって生まれたと言われて
いる。そして見てわかる通りヒステリックな奴だ」
「ちょっと、何見てんのよアンタ達!」
「うわ見つかった…!えーっと……その子達を
返してくれない?」
「はぁ?何言ってんの。この中に私の子供が居ない
以上、喰い殺して私の夕飯にするのよ。邪魔しない
でよ!!」
「最近起きていた子供誘拐事件は貴女の仕業だったん
ですか」
「そうよ!私の子供はこの街に居るもの!」
「….姑獲鳥、お前の子供はこの世には居ない。
黄泉の国へ行くといい、きっと会えるはずだ」
「うるさい鼬ね、私の子供は必ずこの街に居るの!!
死んでなんかいないんだから!」
「単純に考えてみなよ、君が妖として生まれたのが
1000年近く前。もし子供が生まれてても死んでる
でしょ」
「五月蝿い…五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!
そんなわけないわ!!」
姑獲鳥は大きく翼を広げると無数の矢のような羽を
冬木へ飛ばした…が、冬木はあっさり避けてみせた。
「ーーったく、ヒステリックな女は嫌いなんだよ
なぁ……悪いけど痛い目に遭ってもらうよ」
冬木はスーツ裏から銃を取り出し、翼に照準を定めて
引き金を引いた。
<ドンドン!>
「ギャァァァァァ!!」
彼女は耳をつんざくような悲鳴をあげると、痛みで
地面にのたうち回った。
「痛い…痛いぃぃぃぃ!」
「……何言ってんのさ、君に喰われた人に比べれば
こんな痛みどうって事ないでしょ。それで?あの
子供達を開放してくれないって言うなら次は頭を
撃つけど?」
「駄目……あの子達はみーんな私の物なんだから!」
姑獲鳥はちらりと子供達を確認した。すると、
子供達はさっきの冬木の姑獲鳥への攻撃で催眠が
解けたのか、落ち着かない様子で周りをキョロキョロ
見渡していた。
「…!」
暁楓は何かに気づいたように子供達の方へ行き、
住宅街の方へ避難させた。
「姑獲鳥…だっけか。君、生かしておいても
またこういう事するタチでしょ?じゃあ、殺す
のに躊躇は無いね」
<ドンッ!>
冬木の弾丸が頭に命中すると、彼女は砂状になって
跡形もなく消えてしまった。
「あ、お疲れ暁楓ちゃん。あの子供達を避難させて
くれたんだね。気が利くね〜」
「…あの人はどうなったんですか?」
「人間と同じで黄泉の国……地獄に行って、生まれ
変わるまで地獄で過ごす事になるんだよ。
…じゃ、そろそろ帰ろっか」
「はい」
3人は軽く他愛もない会話をして黄泉ノ桃源の図書館に戻って来ると冬木はポケットからくしゃくしゃの
1枚の紙を取り出した。その紙には事件が起こった
日付、場所、被害者数や犯人の生死を記入する欄が
あった。
「はぁ〜…報告書を書くの面倒くさいなぁ……」
「…ああ、報告書なんですねこれ。これは確かに
面倒ですね……」
鎌鼬は疲れたのか彼女の膝の上で丸くなって眠って
しまっていた。
「何で寝てんの鎌鼬君…っていうか鼬って夜行性じゃ
なかったっけ?」
「まぁ鼬は鼬でも鎌鼬ですから何か違うかもしれま
せんね。それより、早く終わらせますよ」
「えー」
「報告書は大事ですから」
「…君って結構真面目だよね」
「真面目……というか当たり前の事をしているだけ
です」
「はは、その当たり前の事が出来ない人も居るん
だよ?」
「それで良いと思いますよ。人には向き不向きが
ありますし、無理にやらせようとしても失敗は目に
見えてます。だから冬木さんも苦手な事があったら
私を頼って下さい、もしかしたら何か力になれる
かもしれませんから」
「頼れ、ね….いいよ。じゃあ君も何かあったら僕を
頼って欲しいな」
「はい」
「…その報告書、書くよ。姑獲鳥は僕が倒したから
僕の方が書きやすいだろうからさ」
「え?でも……」
「あはは、大丈夫だって。君は鎌鼬君を連れて
休んでて。初任務で疲れただろうからさ」
「いえ、私も手伝います」
「いいっていいって、此処は大人の僕に任せなよ」
「……本当に良いんですか?」
「うん、今日は休みな。また明日指令とかあるだろう
からさ」
「…お気遣いありがとうございます、失礼します」
<バタン>
「あー…居るんだ、ああいう気の遣える子」
冬木は呟くようにそう言うと黙々と報告書を書き
始めた。
暁楓は部屋に戻ると鎌鼬をベッドに置いて、シャワー
を浴びながら考え事をしていた。
(……冬木さんを1人で戦わせてしまった。せめて
サポートぐらい出来るようにならなければ)
『強くなりたい』
「ーー暁楓」
「!か、鎌鼬さん…!?」
驚いて後ろを見ると鼬姿の鎌鼬がじーっとこちらを
見ていた。
「シャワーを浴びさせてくれないか」
「…何の躊躇いも無く入ってくるんですね」
「?」
「少し待っていて下さい、私が鎌鼬さんを洗います
から」
「あぁ、悪いな。では此処で待っている」
(…色々言いたい事はあるが、動物には恥ずかしいとか
プライバシーとか無いのか……?)
「そういえば冬木はどうした?」
「あの人なら報告書を書いてくれていますよ」
「あの男が…?」
「はい、任せてくれって言っていました」
「…どうもあの男は信用出来ない」
「そうなんですか?」
「飄々としていて適当で不真面目で…まるでダメ男を
絵に描いたような男だ。何より、命の重みを何も
分かっていない」
「…それは少し思いました、あの人は人間としての
根本的な何かが抜けていると」
「…お前もそうか」
「何でしょう、何を考えているか分からない飄々と
した態度、道化師とでも言うん
でしょうか。そんな気がしました」
「道化師か、成程……そうかもしれ
ないな」
「鎌鼬さん、体を洗うので後ろを向いていただけ
ませんか」
「ああ、頼む」
彼女が鎌鼬の体を丁寧に洗い終えると、彼は体を
ブルブルと振るわせて水気を飛ばした。そんな彼を
横目で見つつ、彼女はタオルで体を拭いた後、衣類を
着てベッドに向かった。
すると鎌鼬が音もなく近づいてきて、彼女をじっと
見つめながら言った。
「……今日から、ここで寝てもいいか」
「え?はい、構いませんけど……」
「感謝する」
鎌鼬はそう言うと布団にもぐり込み、彼女の隣に
ぴたりと身を寄せた。ふわふわの毛並みが彼女の腕に
触れ、柔らかな温もりがじんわりと伝わってきた。
(……もふもふしてる……可愛い。というか、
小さすぎて潰してしまいそうで怖いんだが)
小さく微笑んで、彼女は静かに目を閉じた。明日の
任務の事…そんな事を考えているうちに眠りに落ちて
いった。