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第19話 カステラフィッシング


…どこからか、風鈴の音のような鳥のさえずりが

聞こえてくる。


揺れる風が、頬をやさしく撫でた。瞼の奥に、

金と朱が混じった朝焼けの光がにじむ……


…どうやら、平和な朝が来たようだ。


真上に人の気配がするが、きっと気のせいだろう…

昨日、妖酒を飲んだ直後から記憶が無いのも気のせい

だろう。そうだ…至って普通な『平和な朝』なんだ。


私はチラリと片目を開けて周りの様子を見た。


「ーーおはよう」


「………」


……何か鬼のような顔の男が私の顔を覗いていたが、

これも気のせいだろう。天井の木目が顔に見えただけ

だろう…そもそも、こんな平和な朝に、目を開けたら

目の前に人が居るなんて有り得ない話だ。


「…おい、目を閉じて見なかった事にするな。

 もう朝だぞ、寝すぎは体に良くない」


今度は体を揺さぶられた。局所地震だろうか?

成程、喋る局所地震か………何だか違う気がする。


「何でぇ、暁楓はまだ起きねえのかぃ?」


「…ああ、何をしても起きない」


「じゃあ釣りしたらどうっスか?」


「釣り…?」


「暁楓ちゃんの好きな物とかを彼女の近くに置いて

 みるんスよ」


「……成程。好きかはどうか分からないが、

 カステラはよく食べていたはずだ。鬼レンジャー」


「はっ!」


鬼レンジャー達は急いで屋敷の奥の方へ行った。


「まぁ昨日あれだけ暴れたからね…二日酔いって

 ヤツっスかね……」


ーー暴れた?一体、どういう事だろう…?


「…屋敷を半壊させた上に屋敷中の酒を飲みまくり、

 急に八岐と刀を交えたのは私でも流石に驚いた」


……本当に何があったんだろうか?


お前(やー)とは違って、暁楓は酒に弱いん

 だろうなァ…というか弱過ぎだと思うがなァ」


「しかも、過集中を連発して使ったせいで更に

 体に負担がかかって倒れた…酒呑童子、これからは

 絶対暁楓に酒を飲ますな」


「…だが、成人式の時に飲むだろう。結婚式でも…」


そこで酒呑童子は石のように固まってしまった。


「結婚…?奏が結婚だと……?」


「まァ俺みてぇに結婚というよりは愛人を作る

 可能性もあり得るだろうなァ…ま、コイツは真面目

 だからそれは無ぇか」


「認めん」


「ん…?」


「奏が結婚など断じて認めん」


「えぇ…」


「もし、奏が男を連れて来たら……」


「連れて来たら…?」


「その男を撃ち殺す」


「怖っ!実際にやらないで下さいね…!?」


「…さぁな」


数分後…廊下をカステラを抱えた鬼レンジャー達が

走りながら戻って来た。


「しゅ、酒呑童子様…!お持ちしました……ッ!」


「ご苦労」


「それじゃあ、釣りのやり方は僕が説明しますっス。

 1個貰うよ」


「あ、ああ…」


「暁楓ちゃん釣りのやり方その1、その辺にある

 適当な棒を持ってくる。あの木の棒で良いかな」


冬木は折れた桜の木の枝を拾うと、ポケットから

無造作に糸を取り出した。


「…後は、この糸をこの棒に巻きつけてっと……餌に

 なるカステラを付ける。これで完成っス」


「暁楓釣り専用の釣り竿ってわけかぃ。けどよぉ、

 もし餌だけ取られたらどうする気だぃ?」


「鬼レンジャー君はカステラをこれ含めて5個持って

 来てくれたから、取られても大丈夫っス!」


「……冬木、と言ったか。私がやってみて良いか?」


「勿論っス!暁楓ちゃんの事を1番分かってる人の方が

 釣れやすさがアップしますから!」


「頑張れよ酒呑童子〜。鎌鼬、お前(やー)も応援

 したらどうでぇ?」


「……いや、誰もツッコまないのか…?」


酒呑童子は釣り糸を暁楓の布団のすぐ近くに

垂らした。すると、今まで毛布にくるまっていた

彼女が目だけ出してじっとカステラを見ていた。


「おっ、見てる見てる…」


彼女はズルズルとカステラを自分の布団の中へ

持って行って…


<パシッ!>


食べようと思い、強くカステラを掴んだ。


「!」


「引き上げて下さいっス!」


「いや、待て…!この感覚は……」


竿から急に重さがなくなってしまった。嫌な予感が

して釣り糸を引き上げると…


「……これは」


「取られちゃったっスね…でもあと4個あるから

 大丈夫っス!」


「…そうだな、もう一度やってみるか」


「ふはは!暁楓釣りもなかなか奥が深いねぇ〜」


「!来た来た…今っス!暁楓のお父さん!」


<ずるずるずる…>


酒呑童子は見事、暁楓を布団から出すのに成功した。


「…もぐもぐもぐ…」


「おはよう奏、良い朝だな」


「おは…もぐもぐ…ようございます」




「ーー成程、酔った私が暴れまくって屋敷の一部が

 破壊されたと…」


「あァ、そうだ。その辺の木の棒を振り回しただけ

 だってのに凄い事になってたぜ」


「でもね、他の妖達が直すのを手伝ってくれたお陰で

 直ったんだよ」


「他の妖…?」


「そうだ、お前達に敵意を持っていた妖も含めてな。

 彼らはお前達が害をなさない者だと感じて

 手を貸したのだろう」


「…そうだったんですか」


「奏、妖も人と同じで心を持っている。だから話せば

 きっとお互いが分かり合える…私はそう思って

 いる」


「……」


「…もう1つ伝えなければならない事がある。

 私の予知では近々、地獄の軍団との大きな戦いが

 起こる」


「おいおい、突然何言ってんだぃ」


「…その戦いで生き残るのはお前達4人だけだ」


「え!?じゃ、じゃあそれ以外の人間と妖は皆んな

 死ぬって事っスか…!?」


「ーーそうだ、閻魔天によってな」


「…何でぇ、お前(やー)も死ぬのかぃ」


酒呑童子は遠くの楓の木を見つめて言った。


「ああ…私の死は逃れようがない。どんな未来に

 なろうと決して変わらない」


「………」


「…フッ、あくまでも現時点の話だ。実は少しずつ

 だが変わり始めている」


「え…?」


「ミヤマも私と同じように予知が使えるのだが、彼は

 暁楓がこの山を出る前に戦いが起こると言っていた

 それは私の予知でもそうだった…だが、何も

 起こっていない」


「ほぉ…未来が変わる事ってのは頻繁にあるのかぃ」


「無い、本来ならあり得ない事だ。だが、私達の

 予知は間違えない…となれば誰かが未来を捻じ

 曲げているのかもしれない」


「未来を捻じ曲げる…っスか」


「そうだ、未来を捻じ曲げる程の力を持った何か…

 恐らく神の類だろう。そいつは私達が視た最悪の

 未来を回避しようとしているのか、何か違う目的が

 あるのかは分からんが…注意した方がいいだろう」


「…はい」


「お前達はこれからどうするつもりだ?」


「あァ、ついさっき支部長から戻って来いって

 言われてよぉ…」


「…そうか、帰るのか」


酒呑童子は少し寂しそうに呟いた。


「……奏」


「…はい」


「少し…ほんの少しで良い、その頬に……頭に…

 触れさせてくれ」


「ーー分かりました」


「…ありがとう、私の最後の望みを聞いてくれて」


大きな掌が私の頭に優しく触れる…乱暴に撫でるわけ

でもなく、ただ、そっと、そこに置かれた。


「………父さん(・・・)


私は目頭が熱くなったのを感じた。彼の訴えるような赤い瞳を視るたびに、もっとこの人と居たいという

気持ちが大きくなっていった。しかし、そんな私を

見透かすように彼は言い放った。


「…いってらっしゃい」


行かせたくないが、私の為を想って外に出す……

そんな優しさの籠った声だった。だから、私もその

気持ちに応えるように言った。


「……はい、いってきます」



暁楓達は振り返らずに山を下りていった。昨日来た

時に感じた敵意は全く無かった。


麓まで来て振り返ると、森は来た時と同じように

新緑に染まっていた。父さんの屋敷の辺りは紅葉

だったはずだが…もしかしたら全てが幻だったのかも

しれない。


そんな事を思っていると、森の奥から金色の蝶が1羽

だけ、空へ舞い上がっていった。まるで何かの

始まりを告げるように………

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