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第18話 今も貴方は愛しているか?


「八岐さん…!八岐さん…!」


「ん?何でぇ」


「なんか不穏な空気なんスよ…!」


「不穏…?」


「ほらあそこ…!」


「んー…?」


八岐は酒を飲む手を止めて酒呑童子達の方を見た。


「…本当に貴方が私を愛していたのならあんな人間に

 わざわざ預けたりなんてしないはずでしょう」


彼女からは、燃えるように赤く染まった美しい葉が

風に揺られながら1枚1枚、静かに散る……そんな

凛とした冷たさと、燃え盛るような静かな怒りを

感じられた。


「……何か違う事でも?」


「お前は…お前はこの5年以上もの間、幸せでは

 なかったのか……?」


「1度も幸せだと思った事はありませんが」


「!そう…か…」


「親が子供を愛さなくて一体誰が子供を愛すと

 言うんですか。私は貴方をーー」


「おいおい、少しぐらいそいつの話を聞いてやったら

 どうでぇ」


「…八岐さん」


「そもそも、10年近く天塩にかけて育てた子供を突然

 捨てるってのはおかしな話だとは思わねぇかぃ?」


「……そんなの私の知った事ではありません」


「知った事じゃねぇだと?お前(やー)はそれを

 知る為にわざわざそいつに会いに来たんじゃねぇ

 のかぃ?そいつと会話する為に此処まで来たん

 じゃねぇのかぃ?」


「………」


「『会話』ってのはお互いが話してから『会話』に

 なるんだ。一方が言うだけじゃ『会話』じゃねぇ、

 今お前(やー)がやってるのはただ『話す』事だ。

 だからそいつの話を聞け。聞いた上で言えばそれが

 初めて『会話』になるってもんだぜ」


「ーーいや、いい」


「あ…?」


「…私は彼女と話す資格など無い、話す必要など

 無い」


「…ったく、とんだ親子だなァ……おい、何とかしろ

 冬木」


「ぼ、僕っスか!?え、えーっと…」


「……良いんです、冬木さん」


「え…?」


「話す必要が無い、という事は私を捨てた事を

 認めるという事でしょう。それならもういい…

 私がこの人と会話する必要などありませんよ」


『私の親は私を愛さなかった。誰1人として私を

 愛してはくれなかった』


「…その一言しか言えない、それが事実でしょう」


「酒呑童子ィ!」


部屋を壊すような八岐さんの声が響く…空気が更に

ピリついた。


「何故否定しない!!何故言おうとしない!」


「……お前に、貴様のような奴に親の気持ちが

 分かるとでも?」


「分からねぇよ、分からねぇから聞いてんだ!!」


<ドンッ!>


乾いた音と共に、拳が彼の頬をとらえた。


「ぐっ……」


酒呑童子の体はぐらりと揺れ、持っていた盃が床に

落ちて割れてしまった。

 

「!や、八岐さん…!何も殴る事ないっスよ…!」


「…ふざけるな」


彼は乱暴に着物の襟を掴んで酒呑童子を引き寄せた。


「アイツの幸せを願って人間に引き渡したって何故

 言わねぇんだ!」


「…!そ、それ…どういう事っスか……!?」


「アイツは……暁楓は真実を受け止められるぐらいに

 大きくなった、強くなった。だから言ってやれ、

 それがアイツの為だ」


「ーー奏の為、か…」


「…暁楓ちゃん。話、聞いてみようよ。せっかく

 此処まで来たんだしさ」


「………分かりました」


「じゃ、僕は親子の邪魔しないように外で一服して

 来るよ」


「そうかぃ、それじゃァ俺も付き合うぜ」


「そういえば八岐さんって煙草吸いましたっけ?」


「いや、火はどうも好きになれなくてよぉ」


「火?」


「…ま、誰でも嫌いなもんの1つや2つはあるだろ?

 ほら、早く行くぜ」


「は、はいっス!」


2人は楽しげに話しながら外へ行ってしまった。


「………」


「………その、さっきは…」


「…構わん、私もつい…」


「酒呑童子さん…覚悟は出来てます。だから…だから

 話していただけませんか」


「そう…だな…」


ーーあの日、私は……


私は近くであった妖同士の争いの仲介役として

呼び出され、屋敷を留守にしていた。お前には何人

もの監視をつけて何か事があれば対処できるように

しておいた。しかし…


「赤鬼さん、ニンゲンはどんな人達なんですか?」


「え?そうだなぁ…妖の存在を脅かす悪い奴だよ」


「悪い人…?父さんは良い人も居るって言ってたよ」


「う、うーん…でも悪い奴だしなぁ……」


「たーんたーんタヌキの変な所は〜♪」


「!ミ、ミヤマさん…!?」


「ミヤマのおじさん…!」


「ん?ああ、鬼レンジャー君か。それに可愛い

 お姫様も居るネ。いや〜大きくなったネ〜」


「おじさん、今日もお土産あるの…!?」


「あるヨ〜はい、これおやき。リンゴもあるからネ」


「ありがとうミヤマさん!」


「ウンウン、暁楓ちゃんもっと褒めて〜」


「…何故此処へ戻って来られたのですか?」


「ああ…酒呑童子に知らせたい事があってネ」


「それならばいつものように妖郵便を使えば…」


「いや、緊急だったからネ。でも居ないのかぁ…

 あ、またいざこざの仲介とかかナ?」


「はい…近頃多くて……」


「…成程、やっぱりそうか」


「?どういう事ですか?」


「鬼レンジャー君、酒呑童子に伝えてくれ。現世が

 近いうちに戦場になるかもしれないってネ」


「な…!?そ、それはどういう…」


「閻魔天の部下が蜘蛛の穴から頻繁に現世(こっち)

 に出入りしてる…そういう情報を仲間から聞いてネ

 実際にボクも何回か見てる。それじゃ、可愛い

 従兄妹にも会えたから帰るとしようかナ」


「…行っちゃうんですか、おじさん」


「あ〜…そんな顔されると此処に居たくなるナ〜

 大丈夫、必ず会えるヨ」


「本当に…?本当にまた会えるんですか……?」


「…会えるとも、会えるヨ。だっておじさんには

 未来が見えるからネ」


「え…おじさんって魔法使い…?」


「ウン、魔法使いだヨ。キミがピンチの時には必ず

 駆けつけてあげる。その代わりファーストキスは

 貰うけどネ」


「ふ、ふぁーすと……?」


「それじゃあ後はよろしくネ」


ミヤマは狸に化けると木の実を頬張りながらトコトコ

歩いて行った。


「……私、あの人について行く」


「え…?いやそれは…」


「だって…父さん最近帰りが遅いし……私だって

 此処以外の景色も見たいし…」


「…それは酒呑童子様から止められているんだ。

 外は危険だから…」


「危険…?皆んな危険だって言うけど、私は1回も

 その危険な所を見た事が無いんだ…だから……」


「…どうしよう」


「確かに外の世界が見たいってのも分かるしな…」


「うーんうーん…こういう時に酒呑童子様が

 いらっしゃれば良かったんだが…あの人も忙しい

 からな…」


「よし、黒鬼!酒呑童子様に神通力で聞いて

 みてくれ」


「くろーん」


ーー酒呑童子様、今少しお時間よろしいでしょうか?



「ーーああ、構わん。何かあったのか黒鬼」


奏様が山を下りてみたいと…


「山を…?そうか、外の世界が見たい年頃か……

 そうだな…行かせてやれ。監視は引き続き頼む」


かしこまりました。


「おっ、どうだった黒鬼?」


「監視付きで出ても構わないとの事だった」


「え…!い、良いんですか…!?」


「俺達も行くがな」


「やったー!行こう!」


「ひ、引っ張るな引っ張るな…!」


そうしてお前と鬼レンジャー達は門の外へ出て、

京都の街を出歩いたと言っていた。しかし、それは

あまりにも不自然だった。


「不自然…?」


「…考えてみろ、霊力の無い人間には幼い子供が

 人通りの多い所を1人で歩いているのは周りから

 見れば迷子か何かだと思われるだろう」


「……確かにそうですね」


その後、山に戻って来たお前達は…いや、お前は

嬉しそうに私に話した。


「父さん!ニンゲンって凄く良い人だね!私、

 ニンゲンと暮らしたい!」


「…!あぁ……そうか…」


鬼レンジャー達が言うには、その時の私は風のような

消えてしまいそうな声だったそうだ。


「……奏、人間と暮らしたいか?」


「うん!」


その答えに嘘偽りは無かった。純粋に自分の目で見て

判断したものだった。


「………そうか、そうだろうな…」


「!ど、どうしたの父さん…?何か悲しいの…?」


「…何でもない、何でもないさ。人間が人間と

 居たいと思うのは当然の事だからな………」


私はお前が普通の人間として生きられるように

名前以外の今までの記憶を消し、霊力を封印した。

そしてお前を街へ連れて行き、警察に届けられたのを

確認してから帰った…何処かの人間の養子になる事を

願ってな。


「……そうだったんですか」


「…私はお前に普通の人間として生きて欲しかった。

 妖という存在など忘れて生きて欲しかった…」


『親が子供の幸せを望んで何が悪い』


彼の声は震えていたが優しくて温かかった。その時、

私は初めてこの人が自分の親なのだと思った。


「…私の為を思っての事だったんですね」


「……ただの親のエゴ(わがまま)に過ぎんがな」


「ーーありがとうございます」


「…何の礼だ」


彼は少し困惑したのか、そっぽを向いてキセルを

咥えた。


「…結果的にお前を捨てたのと同じ事だろう」


「いえ、貴方のお陰で八岐さん達に会えた…人間と

 妖の事も色々知れた。そういう面では感謝しても

 しきれません」


「……」


「……今の私のやるべき事はどうにかして人間と妖の

 架け橋になる事です、どうにかして2つの勢力が

 ぶつからずに幸せになって欲しい…それだけです」


「馬鹿げているな」


そう言って彼は軽く嘲笑した。


「…が、悪くない。人間と妖の衝突を見た上で

 そう言うならばやってみろ。人間と妖…2つの力を

 持つお前ならば出来なくもないかもしれんからな」


「……1つ聞いてもいいですか」


「何だ」


「…ミヤマさんは私の従兄妹だったんですか」


「あぁ…あの馬鹿…いや、化け狸の事か。そうだ、

 あの狸は妻の兄だ」


「母は人間だと聞きましたが…」


「そうだ、彼女は間違いなく人間だ。だがあの狸が

 自ら兄だと名乗り出て、妻もそうだと言った。

 …結局、2人ともそれについては話してくれ

 なかったが」


「…分かりました、直接ミヤマさんに聞いてみます」


「ーーでは、改めて杯を交わそう」


「…え?」


「どうした、そこに酒が残っているだろう」


「何言っているんですか、私はまだ未成年ですが」


「安心しろ、この酒は妖酒と言ってな…5歳以上なら

 飲める酒だ」


「……分かりました」


暁楓は渋々自分の杯が空なのを確認して、徳利を

手に取り、静かに杯へ酒を注いだ。トクトク……と

柔らかな音が響き、月明かりの中で琥珀色の液体が

きらめく。


「では、本当の親子になった記念に…」


「乾杯」


その瞬間、どこからか風が吹き抜け、紅葉が舞い

上がり空に溶ける。月明かりの下、琥珀の酒が

きらめいていて時間がふわりと止まったようだった。


その瞬間だけ、この世界が、優しい夢の中に包まれたような気がした。

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