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第17話 人と妖の狭間で


「…歓迎にしては随分と派手にやったようだな」


男はシルクハットを目深に被り、キセルをふかして

いた。艶のある黒のロングコートに、首から下げた

年代物の懐中時計……


他の妖とは比べ物にならない威圧感に暁楓達は思わず

1歩退いてしまった。


「な、何なんスかあの妖…!」


「よぉ、酒呑童子。元気そうじゃねぇかぃ」


(!?この人が私の……)


「か、暁楓ちゃんのお父さ…」


「一体何の用だ八岐大蛇」


「いや〜コイツを見ても分かんねえのかぃ?」


酒呑童子は暁楓を見ると険しい顔で言った。


「…言ったはずだ、もう彼女とは会わんとな。まさか

 忘れたのか?」


「あァ、覚えてるぜ。だがコイツがお前(やー)

 会いてえってよ。娘の願いを聞けねぇ親なんて

 居るわけねぇよなァ酒呑童子?」


「……鬼レンジャー」


「は、はいっ!」


「…もう彼らを試す必要は無い、私の屋敷まで案内

 しろ」


「かしこまりました」


「さっきのって僕達を試してたんだ…でも何か殺意を

 感じられたような……」


「まァ細けぇ事は気にすんな、とっとと行こうぜぃ」


「…はい」


暁楓達は再び森へ入って行った。陽の光が差し込ま

ない深い森の奥…妖の気配1つ感じられないような

張り詰めた空気だった。



暫く歩くと、やがて朱の鳥居のような門が現れた。

門は真新しい艶やかな赤を放っていて風が吹かない

はずの森の奥で、門の上の風鈴だけが鳴り響いて

いた。その音が合図だったかのように門は音もなく

左右にゆっくりと開いた。


「じ、自動ドアだ…」


「…驚く所そこですか?」


「だってこんな古そうな門が勝手に開くなんてさ…

 何か怖くなってきたかも……」


「何言ってんだぃ、これぐらい不思議でも何でもねぇ

 だろうがよぉ」


「……この先に酒呑童子様はいらっしゃる。

 くれぐれも粗相のないようにしろよ」


「はい、此処まで道案内してくれてありがとう

 ございました鬼レンジャーさん」


暁楓は軽く会釈して微笑んだ。


「お、おう…」


「馬鹿…!何照れたんだよ赤鬼…!」


「だって…あの笑みで照れない奴居るのかよ…!」


「はーい、どいてどいて〜」


冬木は赤鬼と青鬼の間に割り込んで低く、冷たい

口調で言った。


「…あの子の笑顔は()だけのものだから

 あんまり噂してると……君達の事、間違って殺し

 ちゃうかもしれないよ?」


「冬木さん、何してるんですか。行きますよ」


「おっとと…今行くよ〜!それじゃあね、何とか

 レンジャーさん」


「お…鬼レンジャーだ…!つーか怖いなアイツ……」


屋敷に入ってまず目についたのは蜘蛛の巣のような

美しい銀糸の飾りだった。廊下は金と朱で装飾された豪奢な廊下が続いていた。


例えるなら夢の中のような、どこか現実離れした

空間とでも言うのだろうか。そんな風に感じられた。


「…酒呑童子が居る王の間まであと少しだぜぇ」


「緊張してきた〜…」 


「…そうですね」


「開けるぜ」


<ガラッ!>


「よぉ、酒呑童子ィ!」


「……お前はいつもいつも喧しい。そんな大声で

 呼ばなくても廊下から既に声は聞こえている」


「ふはははは!そうかぃそうかぃ!それじゃァ早速

 この豪勢な飯を頂くとするかァ」


「ちょっ…あ、挨拶しないんスか…!」


「あ?んなもんしねぇよ、飯は冷める前に食うもん

 だろうが」


「で、でも…!」


すると、酒呑童子が意外な一言を発した。


「ーーいや、彼の言う通りだ。私の部下達がお前達の

 為に作った物だ、冷めないうちに食べてくれ」


「は、はいっス…!」


暁楓達は正座で座ると、料理に目を落とした。


料理はどれも見たことのないような物ばかりだった。

黄金色に輝く炊き込み飯は、風のように香る山の実と

川でとれた幻魚の身が混ぜられ、ふわりと湯気を

立てている。暁楓は警戒しつつ、箸で一口すくって

口へ運んだ。


「!美味しい…」


「こんなに美味しい物があるんだね…!箸がどんどん

 進むよ〜!」


「こっちの魚も絶品だなァ、酒もあるみてぇだし

 さすが酒呑童子だぜえ〜」


「今日は宴だ、思う存分楽しんでいってくれ」


いつも鏡で見る真紅の瞳……ああ、間違いなく私は

この人の子供なのだと思った。


「…暁楓」


「…ん?どうしたんですか、鎌鼬さん」


「……酔った」


「え…!早くないですか…!?」


鎌鼬はちょこんと彼女の膝の上に座って丸くなって

しまった。


(はぁ…開始5分で酔う事なんてあるのか……)


ふと正面で畳の軋む音がした。


「ーー隣に座らせてもらおうか」


「…!は、はい…どうぞ」


不意に声をかけられて彼女は少し動揺したが、すぐに

いつもの冷静さを取り戻した。冬木や八岐に目配せで

助けを求めようとしたが2人とも豪勢な食事に夢中で

そんな雰囲気ではなかったので諦めた。


「…八岐さんと話さなくても良いんですか」


「あの男と話す事など無い、私はお前に話がある」


「…そう、ですか。奇遇ですね、私もです」


「ほう…そうか、ではお前の話から聞くとしよう」


「…ミヤマさんと八岐さんから私は貴方と人間の女性

 から生まれた子供だと聞きました。その……私に

 ついて色々聞かせてくれませんか」


「ああ……分かった」


彼女と…千歳と会ったのは、ある凍えるような寒い

冬の季節だった。彼女は雪の降るこの山の中で倒れて

いて今にも力尽きそうな状態だった。私は見殺しにも

出来ないと思い彼女をこの屋敷へ連れて帰り、医者に

手当てさせた。数日経つと彼女は話せる程度には回復

した。


「ーー人間、何故あんな所に倒れていた?」


「…私の村は……とても貧乏なの。私は見ての通り

 体が弱くて…両親は生活するのは自分達だけで

 精一杯だって言って追い出したの。私はただ

 邪魔な存在…追い出されるのは当然の事よ……」


そう言う彼女の横顔は寂しそうで悲しそうで、

儚くて…何より美しかった。


「…あなたは……人間じゃないのね」


「そうだ、私は酒呑童子…妖だ。私が見えるのか」


「…ううん、はっきりとは見えないけど…そう、

 そうだったの…村の皆んなはあの山には化け物が

 居るから近づくなって言ってたけどそんな事

 なかったのね……」


「いいや、化け物だとも。私がはっきり見える程の

 霊力が無くて良かったな、そうでなければ今頃

 逃げていただろう」


「……体は化け物かもしれないけど、心が温かい…

 そんな人から…逃げようなんて思えないし、

 思わない」


「…女、私が恐ろしくないのか」


「うん……あの山で1人で死ぬ方がよっぽど恐ろしい

 もの…」


そんな軽い会話を重ねる度に私と彼女の距離は

少しずつ縮まっていったが、彼女の体は日を追う

ごとに衰弱していった。


それから2年経った秋の夜、彼女は突然夜風に当たりたいと言い出した。私は余命が短い彼女の願いだと

気づいて一緒について行った。


「……見て、あの楓。凄く綺麗ね…」


「ああ、屋敷の提灯の灯りのお陰でで一段と綺麗に

 見えるな」


2人がゆっくり上を見上げると紅葉がはらりと宙に

舞った。どこからか鈴虫の音が微かに響き、空には

澄んだ満月が浮かんでいた。木々は赤、黄、橙に

染まり、まるで静かに燃える焚き火のようだった。


「……千歳」


「ん…?どうしたの酒呑童子さん」


「私はーー」


言おうとして少し躊躇った。恐らく言ってしまえば

彼女の幸せも、彼女が育むはずだった普通の家庭も

私が奪ってしまう事になる。それで良いのだろうか?

人間が妖と歩む未来など……到底、考えられない。

しかし、私は自分でも気づかぬうちに口を開いて

いた。


「…千歳、よく聞いてくれ。私は……私はお前という

 人間を愛してしまった…」


それを聞いた彼女は、一瞬目を丸くしたがすぐに

いつものように優しく微笑んだ。


「人間と妖は決して交わってはいけない……私は…」


「ーーううん、そんな事無い」


「…!何故…何故お前はそんな事が言える…?」


「だって…誰かを好きになるのに人間も妖も関係ない

 もの。私もあなたが好きよ……酒呑童子さん」



その3年後、彼女は私との子供…お前を生んで弱って

いた彼女はそのまま亡くなった。


「……」


暁楓は絶句し、ただただ胸だけが熱くなるのを感じて

いた。


「…お前の苗字も名前も私に想いを告げられた秋に

 ちなんで考えたいと言って彼女が1から考えた

 ものだ」


「……成程、そうですか。妻は愛しても、その子供は

 愛せないという事ですか」


「…どういう意味だ?」


「そのままの意味ですよ。貴方は私が10歳になる前に

 捨て、あのクズのような人間に私を預けた」


「待て、それはーー」


「私は大事にされていなかったと言っているん

 ですよ」

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