第15話 変装と変身
翌日、ミヤマは約束通りの時間に待ち合わせ場所に
居た。彼は暁楓達を見つけると嬉しそうに手を振った
「おはヨ〜」
「おはようございます」
「よぉ、珍しく遅刻してねぇじゃねぇかぃ」
「当たり前だヨ、女の子待たせるわけにはいかない
からネ。さて、それじゃあ皆んな集まったみたい
だし行こうか」
「え?何処に行くつもりなのさ」
「ボクの秘密基地だヨ」
ミヤマの隠れ家は東京郊外の森にひっそりと建つ
苔むした茶屋のような建物だった。室内は奇妙な
薬草や面、古びた鏡がところ狭しと並んでいる。
「いらっしゃ〜い、ちょっと散らかってるけど
一応これでも昨日掃除したばかりだから許してネ」
「これで掃除してあるって…」
「あ、そこ。その瓶の中身は体が溶ける薬だから
倒さないでネ?」
「何でそんな危険な物が床においてあるのさ!」
「まあまあ、細かい事は気にしないで。とりあえず
そこの椅子に座りなヨ。まずは…暁楓ちゃんから
から変身させちゃおうかナ」
暁楓は無言でうなずいてミヤマの正面にある椅子に
座ると、彼はゴソゴソと棚から小瓶を取り出した。
瓶の中は紫色の煙がゆっくり渦巻いている。
「タヌキマジックその1!誰でも別人に変身出来る!」
「…暁楓ちゃんに変な事したら撃つからね?」
「ふははは!少しは信用したらどうでぇ、冬木」
「こんな奴…信用出来ないっスよ」
「信用出来なくて結構。あ、ちょっと目を閉じてて」
「はい」
暁楓が目を閉じると、ミヤマは彼女の額に指を添え、
詠唱を始めた。
「『姿は幻、心は実。仮初の皮をまとい、この世
ならぬ理を欺け。我が術によりて、此処に妖を
生む』」
すると、瓶の中の紫煙が暁楓の肌に吸い込まれ、
彼女の輪郭がほんのわずかに揺らめいた。
「う、うわっ…!」
「…匂いが変化したな」
「そうなのかぃ?さっすが匂いに敏感な鎌鼬だなァ、
俺にはさっぱり分からねぇぜぇ」
「よーし、完璧!タヌキマジック大成功!
じゃ、もう目を開けて大丈夫だヨ」
「…特に変化は無いように感じますが……」
「まぁネ、見た目はともかく匂いと気配が完全に妖に
なってるヨ」
「そうなんですか…?」
「ああ、今のキミは妖だって言っても分からない
レベルだヨ。次、タヌキマジックの犠牲者2号!
…冬木だっけ?」
「腹立つなぁこの化け狸…鎌鼬君より腹立つよ…」
「俺を比較対象にするな」
「じゃあ、とっとと終わらせようかナ」
ミヤマは暁楓に使った瓶と同じ物を棚から取り出し、
蓋を開けて詠唱を始めた。
「『真と偽の境を越えて、変わりなヨ』」
「…何か私の時より詠唱が適当じゃないですか?」
「ふははは!まぁ大丈夫だろうぜ、アイツはお金が
払われれば依頼は必ずやってくれる。そういう奴
だからよ」
「……何も変化がないんだけど?」
「いや、暁楓と同じように変化している」
「ふ〜ん…まぁ君が言うならそうなんだろうね」
「はい、今日の仕事終わり〜!何でも屋のミヤマは
今日はもう閉店にするヨ〜!」
「…前から思ってたんですが、ミヤマって苗字
ですか?名前ですか?」
「ん?ああ…仮名だヨ、ミヤマカラスアゲハっていう
蝶の名前から取ったんダ」
「仮名…?何で仮名なんて使う必要があったのさ」
「良い質問だネ、例えば鎌鼬だったら1匹1匹に名前を
付けずに人間は全部まとめて鎌鼬って呼んでる
でしょ?ボク達化け狸も同じだったんだヨ。でも
やっぱりお互いを呼び合うのに名前は大切かと
思って自分で付けたんだヨ」
「成程、そうだったんですか」
「さてさて…もうこれから京都に向かうつもり?」
「はい」
「そっかぁ……その為にわざわざボクを探して
くれたんだよネ。うーん…おじさんとしては行って
欲しくないけド…ああ…ちょっと複雑…これが親の
気持ちってヤツなのかナ……」
「…ミヤマさん?」
「いいや、何でもないヨ。いってらっしゃい」
「…はい、いってきます」
暁楓達はそう言ってミヤマの秘密小屋を後にした。
1人残された彼は何処からともなく湯呑みを取り出し
お茶を入れて軽く口に含んだ。
「……あーあ、いつもいってらっしゃいって言うのは
ボク1人なんだよネ…しかも今まで一度もただいま
って言われた事無いし……」
今まで騒がしかったせいで聞こえなかったが、外では
そよそよと優しい風が葉っぱに擦れる音だけが響いていた。
「…必ず戻って来てネ皆んな。ボクのお金の為に」
一方その頃、暁楓達は…
「八岐さん」
「ん、何でぇ」
「京都までどうやって行く気ですか?」
「そりゃあ…なァ?」
「…俺にどうしろと」
「鎌鼬君さ、何かの乗り物になれないの?」
「…電気が通っている物には変身出来ないが」
「え〜」
「なら私達3人を乗せられるような大きな鳥になれ
ますか」
「ああ、それなら出来る」
<ドロン!>
「これでどうだ」
「よし、鎌鼬に乗って京都の大江山の麓まで行くと
するかァ」
「そこから普通に登るんスか?」
「あァ、人間が登るルートとは違う特殊ルートから
登る。30分ぐらい歩けばアイツらの根城に着く
はずだ」
「……」
「おいおい、ようやく父親に会えるってのに何でぇ
その顔はよぉ」
「…いえ、本当に父は人間と妖の混血である私を
受け入れてくれるのかと思って…少し不安になった
だけです」
「何言ってんだぃ、アイツは他の妖と違って人間に
友好的な奴だ。よっぽど何かなければ受け入れて
くれるぜえ」
「……だと良いんですが」
「よーし、しゅっぱーつ!」
(…重い)
4人は京都の大江山に向かって飛んで行った。