第11話 狸オヤジを探せ その1
「じゃあ最初は玉藻前の森に行ってみるとするかァ」
「確か玉藻前って美人に化けて裏から政治を操ってた
っていう狐っスよね?」
「そうだ、九尾の狐とか言われてる奴だなァ。
何度か会った事はあるが噂通り絶世の美女だった」
「美女かぁ…」
「おう、まぁ若い人間の女の肉を剥ぎ取って食ったり
血を輸血したりして若さを保ってるって話だがよ」
「うわっ、関わりたくないタイプっスね…」
「…実際にそんな事をして若さは保てるんですか?」
「アイツはそれで若さを保っている、そう思いたい
だけだと思うぜ。だが確実に老いている……それを
あの狐は認めたくねぇんだ。綺麗なままで死にたい
って思ってる奴だからなァ」
「綺麗なままで死にたい…か、暁楓ちゃんはどう?」
「一度も思った事はありませんね」
「ふはっ!言うねぇ〜それは何故だぃ?」
「…普通に考えて何十年も姿形が変わらないと人形
みたいで怖いですし、気持ち悪いからです」
「あー、確かにそうかもね…僕は……そうだなぁ、
どうせいつか死ぬんだからどっちでも良いかな」
「八岐さんはどうですか?」
「俺ァ歳は取らねぇからなァ…ずーっとこの40過ぎの
おじさんのままだぜぇ」
「へえ〜やっぱり八岐さんぐらい凄い妖になると
そういうもんなんスかね?」
「…正確に言えば歳が取れないだがよ」
「え…?取れないって……」
「…ま、俺は歳は取りてぇぜ?綺麗なまま死にたく
ないからよぉ」
「前々から思ってたんスけど、妖も人間と同じように
老けるんスか?」
「そうさなぁ、妖も歳は取るぜ?酒呑童子は
別だがよ」
「え?酒呑童子も妖っスよね?」
冬木がそう聞くと、八岐は一瞬間を空けてから
言った。
「…アイツはなァ…不老不死なんだ」
「!」
暁楓はその言葉に思わず驚いて彼の顔を見た。
「…暁楓、お前の親父はとんでもねぇ
奴でよぉ。強そうな奴は人間だろうが妖だろうが
見つけ次第戦うような戦闘狂なんだぜぃ。だから
アイツはいつも血塗れで根城に戻ってたっけなァ」
「……ホラーですね」
「戦闘狂かぁ……本当に酒呑童子って暁楓ちゃんの
お父さんなんスか…?」
「おう、間違い無ぇぜ」
「…何か…ちょっと会いたくなくなってきました」
「ふはははは!まァそう言うな、今後の為にもアイツ
とは会っといた方が良いぜぇ?」
「分かってます…分かってますが…少し心の準備が
したいです」
「安心しろ、アイツは無闇に殺したりはしねえ。
それが娘なら尚更な」
「……そうですか」
そう呟く暁楓の顔は不安そうだった。自分の父親が
戦闘狂だと聞けば誰でもそういう反応になるだろう。
そんな彼女を横目で見ていた冬木はへらへら笑い
ながら励ますように言った。
「大丈夫だって!いざとなれば僕が暁楓ちゃんを守る
からさ」
「…ちょっと信用出来ないんですが」
「え!?な、何で…!?」
「ああ、俺もお前の事は1ミリも信用出来ない」
「君、さっきまで黙ってたよね鎌鼬君!?僕を
イジめる時だけ反応しないでってば!」
「そもそも冬木を信用する奴なんているわけ無ぇ
だろぉ?」
「う、うーん…あ、良い俳句思いついた。
八岐さん、貴方が1番、酷いです……どう?」
「この上ない駄作だな」
「季語の欠片もありませんね」
「冬木ィ、帰ったら全員分のクレープ奢れよぉ?」
「ちょっ何でそうなるんスか…!言っておくっスけど
この間の寿司と暁楓ちゃんの買い食い、それに
給料前だからもうお金無いっスよ!?」
「何言ってんだぃ、結構重いからあるんだろ?」
八岐はそう言うとイタズラっぽく笑いながら、片手で
紺色の縦長な財布を何回か宙に上げてキャッチする
のを繰り返した。
「あー!その財布僕のっスよ!っていうかいつの間に
盗ったんスか!かーえーしーてー下さいっス!」
「ふはははは!此処まで届いたら返してやらぁ」
「170cmが190cmに届くわけないっスよ!」
「中身は…おおっと、こりゃあ凄えな。暁楓には
見せられねえモンがいっぱい入ってるじゃねぇか」
(私に見せられない物って何だろうか…)
「さてさて、本命の札は…何でぇ、3万しか無ぇのか。
つまりこの重さはカードと小銭とアレって事か…」
「…八岐さん、アレって何ですか」
「暁楓、男にはな…女が恋しい時があるんだぜ」
「それとアレがどう結びつくんですか」
「いいか、冬木はこう見えてかなり独占欲が強くて
よぉ…好きになった奴は……」
「な、何話してるんスか…!早く返して下さい…!」
「あァ、ほらよ」
「おっとと……あれ?1万円札が1枚無い…?」
「こいつぁ今日の俺の酒代として貰っとくぜ〜」
「駄目っスよ!」
彼は少し怒りながら八岐から1万円札を取り上げた。
「チッ、ちょっとぐらい良いじゃねぇかぃ…」
「はぁ…油断も隙も無いなぁ……暁楓ちゃんもあの人
には気をつけてね?」
「……何ですかこのショートコント」
「これじゃァいつまで経っても玉藻前の森に
着かねえぜ」
「100%アナタのせいっス!!」