第1話 見ると視る
これは私達にとって身近だが、遠い世界。実際に
こんな世界があったらどう行動するのか……
それを考えなければならない。
「借金、ですか……?だから義母は消えたと….」
暁楓奏、彼女は東京で暮らす15歳の高校生。白髪に赤い瞳で中性的な容姿かつ、人を惹きつけるような不思議な雰囲気がある。
今、彼女は学校帰りにとある事務所の男に呼び
出されて話を聞いていた。話し相手は彼女の義母に
金を貸していた。
「ああ、お前の義母は俺達から借りまくった借金
300万を残し、当人は消えちまった……この
意味が分かるか?」
「私に支払えという事ですか……?」
「そうだ。月々少しずつでいい、お前の歳ならバイト
だって出来るだろ?労働基準法じゃ満15歳から
出来ることになってるからな」
「しかし、300万円も払うとなると……」
「ははははは!300万で済むわけがないだろ! 借りた
金には金利……つまり利子が付くんだ。この紙を
見ろ」
男はそう言うと義母が書いた契約書を見せてきた。
「…!」
「これがお前に払えるかい?」
彼女は黙って俯いてしまった。
「………」
「フッ、まあそういう反応だろうな。そんなお前に
提案がある。俺の養子にならないか」
「養子……?」
「ああ、そうだ。養子になったらその借金をチャラに
してやる」
「!」
この人の養子になれば借金が無くなる……?裏はあるだろうが、今後の為にはそうせざるを得なかった。
「………分かりました、そうします」
「クッ、クッ…クックックックッ……ハハハハハ!
そうこなくちゃな!それじゃあ手続きはこっちで
しておく。これからよろしくな」
それからは地獄の日々だった。私は学校を
辞めさせられ、義父の奴隷のような存在となった。
毎日毎日…気が狂いそうで、自殺を考えた程だった。
……ああ、違う。もう狂っていたんだ。気がついた頃
にはそれが当たり前だと感じていたのだから。
警察でも近所の人でも何処でも相談出来たのに、私は
しなかった。私と同い年の人間はこれに耐えている…
そう思い込んで毎日を過ごしていた。
そんな生活を続けて2年経ったある日の事だった。
義父は借金の取り立てをするべく、1日居ないとの事で
私は外を散歩してみる事にした。
生憎の雨模様で少し躊躇いはしたものの、家に居る
よりは何倍も良いと思い、人通りのある大きな商店街
まで歩く事にした。
「でさー、マジうける〜」
「あはは!それな〜」
「はい、はい、承りました。では後ほど……」
老若男女問わず様々な声が飛び交う交差点………
今まであまり外に出た事が無かったせいか、ひどく
耳障りで目障りだった。囁き声、視線、笑い声……
まるで皆が私を嘲笑っているように感じた。
うるさい…うるさいうるさいうるさい…!
私を見るな…黙れ、黙れ黙れ黙れ…ッ!
「ーーお前、なかなか悪い顔してるぜぇ?」
「!」
ふと彼女は背後に威圧感を感じて振り向いた。
「貴方は…」
彼は見上げる程大きく、ガタイのいい体…そして
紺色の着物を着ていて腰に刀と思われる物を差した
黒髪の大男だった。
(あの刀は銃刀法違反にならないのか……?)
「ん?ふはははははっ!何でぇ、てっきり妖かと
思ったが俺の勘違いだったみてぇだなァ」
「……?」
「俺の勘も偶には外れる事もあるもんだ…それより、
渡んねぇのかぃ?」
「!っと.…」
気がつくと信号は青になっていて周りの人間はもう横断歩道を渡り始めていた。彼女も渡ろうと、一歩を
踏み出したその時だった。
<キキーーッ!>
鋭いブレーキ音がして、彼女は思わず立ち止まった。
「何だ……!?」
続いて何度か鈍い音がして至る所から悲鳴が
聞こえた。
「じ、事故だ!スリップ事故だ!」
「救急車!救急車を呼べ!!」
「警察も呼んでくれ!」
辺りはあっという間に大混乱となってしまった。
「ぷはっ!随分派手なスリップ事故じゃねえかぃ、
ざっと10人近くは撥ねられたか。まぁ全員生きてる
みてぇだがな」
「…違う」
「あ?」
「あれはスリップ事故じゃありません。何かが
意図的にやった事件です」
「ほぉ、案外冷静じゃねぇか。で?何故そう思う?」
「……見たんです、あの車のタイヤに一瞬にして穴を
開けた何かを」
「ーーその何かってのはどんな奴だ?」
「一瞬だったので詳しくは分かりませんが、茶色くて
動いていた事から動物だったのかも……」
「いいや、動物なんてもんじゃねぇ、もっとタチの
悪ぃもんだ。けどよぉ、その正体が知りたいなら
覚悟を決めてもらうぜ」
「覚悟…?」
「こっち側に踏み入れるって事は
そういう事だぜ人間」
何が何だかさっぱり分からなかった。何故あの事故の
犯人を知る為に覚悟なんて決めなければならない
のか……
考えているうちに警察と救急車が現れて事故を調べ
始めた。私は事故現場を近くで見る為に横断歩道を
渡って聞き耳を立てた。
「…これは酷いな。免許証が無ければ身元の判別すら
不可能だったろうよ」
「まあコイツは悪徳金貸しで有名だったからな。
バチが当たったんだろ」
雨降りで薄暗かったが、車のナンバーははっきりと
見えた。そのナンバーは間違いなく義父の車の物
だった。
「………義父さん」
「何でぇ、あの車の運転手はお前の
家族か。とんだ災難だなァ」
「ーーいえ、あんな人は家族でも何でもない。
死んで良かったんです」
「言うねえ〜」
「……先程貴方はあの事故を起こさせた犯人が
分かると言っていましたが、本当ですか」
「あァ、だが俺は知りたいなら覚悟しろって言った
はずだぜぃ?真実を視て受け止める。そういう
覚悟が必要だ。その覚悟は出来てんのかぃ?」
「……はい」
「ーーそうかぃ、分かった。ならついて来い」
彼はぶっきらぼうにそう言い放つと路地裏へ入って
いった。
「此処は…」
「そこに事故の犯人が居るぜぇ」
「?何もありませんが……」
「そいつぁ視ようとしないからだ。『見る』
と『視る』は違う、さっきお前
は視ようとしたから視えたんだ」
(見ると視る……?一体何が違うんだ…?)
「大事なのは目じゃなくて全身で感じる事……
お前は既に目の前にある違和感に気づいて
いるが、それを頭で否定しちまってるんだ。当然だ
見えないんだからな。脳は見たままを認識する。
だが、お前は真実を『視る』事に
したんだ。『視る』事でその馬鹿な脳を目を
覚まさせてやれ」
「全身で感じる……」
…雨の音、人の足音、息遣い、何かの……目の前の
空間への違和感…気配……動物?微かに感じる何かの
気配………大きさはーーー
「……その様子だと俺が視えるようだな人間」
「!」
さっきまで何も無かった空間に突然青年が現れた。
「そうだ、それが視るってことだ。コイツは鎌鼬。
今は人間の姿みてぇだが、本性は鼬だ。さっき見た
茶色い動物みたいなもんはコイツの本性だろうぜ」
「鎌鼬って…あの妖の鎌鼬ですか……?」
「あァ、突然皮膚が鎌で切られたように傷つく事が
あるだろ?それを起こしてるのがコイツら鎌鼬だ。
勿論、人を切り裂く事も容易いだろうな。ちなみに
霊力の少ない人間でも視る事が出来るぜ」
(馬鹿な、妖なんて本当に存在するのか……?
いや、さっきまで私はこの人を視る事が出来なかったんだ。認めるしか無い)
「ーーそれで?あの事故を起こした理由は何だ鎌鼬」
「理由だと?お前も妖だというのに分からないのか」
「分からねぇさ。ま、言いたい事があるのは分かる
ぜぃ」
「…なら俺の話を聞け、そうすれば納得するはずだ」
あれは1週間前の事だった。俺はいつものように巣に
家族を置いて、食料調達をしに出かけていた。
その日は暖かったせいかいつもより鳥も魚も多く
捕れて、俺は嬉々として巣へ戻った。
…しかし、巣に帰ると妻も子供も全員殺されていた。
触れるとまだ微かに温かく、今さっき殺されたのは
確かだった。いくつも撃たれた弾丸の跡、荒らされた
巣、靴の足跡。犯人が人間である事は明白だった。
俺は激しい怒りと憎しみに駆られ足跡と匂いを追って
森林近くの大きな会社へやって来た。
(何だ此処は……)
するとその会社の中から声が聞こえて来た。
「社長、例のキャンプ場の件なのですが…」
「ああ、順調かね」
「勿論です、特に何の障害も無く進めております」
「それは何よりだ。そういえば先程連絡があったの
だが、鼬が2匹ほど居たそうだな。そいつらは
どうしたのだ?」
「巣が丁度キャンプ場建設の場所にありましたので
駆除致しました」
「はっはっはっ!そうか、感謝するぞ。それにしても
その鼬共も哀れだな。キャンプ場建設の場所なんぞ
に巣を作らなければ殺されずに済んだものを」
「……酷い話だろう、奴らは自分達の都合で俺の
家族を殺した。俺達の事なんて何も考えていない。
近頃の人間は皆そうだ、自然と共存なんて口だけで
そんな事は1ミリも考えていない」
「ふはははははっ!成程なァ、正にその通りだ。
けどよぉ、それがあの事故を起こした理由とどう
結びつくって言うんだぃ?」
「…人間への復讐だ」
「復讐ねぇ……その話を聞くにその会社の人間は全員
殺したんだろ?」
「そうだ、喉を切って殺した。殺し尽くした」
「ふはっ!だとすりゃあお前もその人間も
やってる事は同じだ」
「何…?」
「お前は家族を殺されたから人間に復讐
する事にした。だが、その人間にだって家族は居る
現にそこに居る人間はお前が起こした
事故の被害者の家族だ」
「……!」
「分かるか?復讐したって死んだ奴は帰って来ねぇし
何も変わらねえ……むしろ、自分勝手な行動をした
その人間達と同じだ」
「っ、俺はあんな奴らとは違う…!お前が邪魔する
というのなら殺す!」
「良いねえ、良い殺意じゃねぇか…確か鎌鼬は
音速で動けるんだったなァ」
男はそう言うとゆっくり刀を構えた。
「肩慣らしに丁度いいじゃねぇか。さぁ、何処から
でも来い」
「ーー死ね……!」
鎌鼬は手を鎌に変形させて一瞬で男の懐へと入り
込んだ。恐らく勝負は決まっていただろう。
……そう、この男でなければ。
男は音速の鎌鼬に斬られる前に彼を斬った。それも
斬る直前に左手だけに持ち替えて。恐らく、それは
殺さないようにする為の彼なりの配慮だったのだろう
「!ぐ…あ……っ!」
彼は腹から出血し、ガクリと膝から崩れ落ちた。
「まァこんなもんか。目で追えない速さってのは
こういう速さを言うんだろうなァ」
「え?目で追ってなかったんですか…?」
「あァ、そもそも音速なんて目で追えるわけねぇ
からなァ」
「じゃあどうやって斬ったんですか……?」
「勘だ」
「か、勘…?」
「勘は鍛えておくといざって時に便利だぜ〜」
「…ぐっ」
「それで、後はコイツをどうするかだなァ…コイツは
お前にとっての仇だ。殺すも生かすも
自由だぜ」
「……殺しても構わない、俺はお前の家族を殺した。
お前に裁く権利はある」
「どうするよ」
「…その人のやった事は人間が犯した過ちによって
生まれたものです。私達人間にも十分責任はあり
ます」
鎌鼬は少しだけ顔を上げたが、すぐに黙って俯いた。
「…だから私は貴方を殺さない、でも復讐なんて
止めて下さい。復讐は復讐しか生みませんから」
「………お前のような人間も居るのか。人間も捨てた
ものではないな」
「恨んでねぇのかぃ?」
「はい、最初から恨んでなんかいませんよ」
「なァ…お前、ひょっとして義父を殺して
欲しかったんじゃねぇのかい?」
「…まさか、親を殺したい子供なんて居るわけない
でしょう」
「そうかぃ、まあそういう事にしといてやらァ。
これからどうする気だ?」
「どうするって……」
「身内は居るのか?」
「…いえ」
「そうか、そりゃ好都合だな」
「?」
「お前、黄泉ノ桃源に
入れ」
「黄泉ノ桃源……?」
「おうよ、今みてぇな事件を解決する対妖機関だ。
働いた分だけ給料は貰えるし飯もタダで食える。
更に個人部屋で防音!ビルの中には図書館やジム、
病院までついてて全部無料で使えるんだぜ〜」
「…何処のセールスマンだ」
「鎌鼬、お前にも入ってもらうぜ」
「……拒否権は無いんですか?」
「あ?そんなもんねぇよ、それにお前は
さっき覚悟を決めるつったろ?」
「いや、そういう覚悟じゃ…」
「そうと決まれば寮の確認だな、どっか空いてる
部屋が無いか支部長に確認してくらァ」
(全然話聞かないなこの人…)
「冬木ィ!隠れてねぇで出て来やがれ!」
彼がそう叫ぶと、よれよれのスーツとネクタイを
つけた若い男が物陰からこちらを様子見しつつ出て
来た。
「な、何で僕が居るって分かったんスか……?
気配は完全に消してたはずなんだけどなぁ…」
「いつから居たか知らねぇが仕事だぜ」
「仕事?」
「黄泉ノ桃源までコイツらを連れて来い」
「は…」
「俺ァ支部長に報告する事があるから頼んだぜ〜」
「え!どういう事っスかそれ!?」
彼はビルからビルに飛び移り、何処かへ行って
しまった。
「はあ……何だかなぁ…」
「………」
「えっと、その…君達、名前なんて言うの?」
「暁楓奏です」
「名は無いが鎌鼬と呼ばれている」
「暁楓ちゃんと鎌鼬君ね。僕は冬木隆之介、あの人と
同じ黄泉ノ桃源で働いてる祓志士…
まあ、簡単に言えば会社員かな。ま、とりあえず
ついて来て」
2人は警戒を解かないまま男についていった。暫く
歩くとやがて1つの大きなビルの前に出た。
「此処が黄泉ノ桃源、一応霊力の無い一般人には
見えないように結界を貼ってるんだよ。つまり、
一般人には何も無いただの土地に人が入って行って
消えてるようにしか見えないってわけ……って
考えるとちょっとホラーかな?じゃあ入ろっか」
中へ入ると受付嬢とあの大男が話していた。
「ぷはぁっ!そうかぃ、それじゃあまた気が向いたら
誘ってくれよ〜」
「…はぁ、何してんだか」
「あの人はいつもあんな感じなんですか」
「まぁね、綺麗な人には声かけまくってるし、
キャバクラには頻繁に行ってる。無類の酒好きで
女好き、それがあの人だよ」
「ん?おぉ、来たかぃ。支部長には連絡しておいた
ぜぇ」
「ありがとうございます、それであの人は何て
言ってたんスか?」
「ああ、お前達についてだが、支部長
自ら詳しく話したいそうだぜ。まぁ今日の所はもう
遅いから部屋で休めってよ」
「あ、部屋取れたんスね」
「1部屋だけだがな。だから鎌鼬は監視っていう名目で
俺の部屋に泊まってもらう、さすがに何人も殺した
奴を1人部屋にするわけにはいかねぇってよぉ」
「……安心しろ、俺はもう無意味な復讐はしないと
さっき暁楓と約束した」
「暁楓…?あァ、そいつの名前か。そういや自己紹介
してなかったな。お前の名は何でぇ」
「暁楓奏です」
「そうかぃ、俺は八岐大蛇、
よろしくなァ暁楓。それじゃあ各々解散だ。冬木、
部屋まで案内してやれ」
「りょーかいっス。それじゃあ二人ともついて来て」
3人はエレベーターで5階まで行き、降りてから何分か歩いた所に彼女の部屋はあった。
「えーっと…此処が君の部屋だね。明日の8時ぐらい
に迎えに来るから準備して待っててね」
「はい、ありがとうございます」
「ん?別にお礼言われるような事してないよ〜?
じゃね、おやすみ。じゃあ鎌鼬君は八岐さんの部屋
まで案内するからついて来て」
<バタン>
部屋は10畳近くあり、1人部屋にしては十分な広さ
だった。全てが新しい物ばかりで、快適そうだった。
…昨日までの生活が嘘のようだ、このまま此処で
暮らしたい。とりあえず今日は明日に備えて早く
寝よう。
その夜、私は夢を見た。大きな桜の木の下で夫婦と
思われる2人が穏やかな顔で赤ん坊を抱いている夢
だった。
私はその夫婦に見覚えが無かったが、何故か
どうしようもないような寂しさで心がいっぱいに
なった。そして、私がこの夫婦の子供ならどれ程
幸せだったのだろうかと心から思った。