【解離性健忘】わたしの体験談
知人の場合、
【軽症もしくは初期症状なのか⁈】
先日、知り合いの若い子と修学旅行の話をした時のことです。
私「私の時代の修学旅行は、小学校では京都と奈良、中学では日光と東京が主流だったよ。バス酔いするのに、日光の旅館の硫黄で酔って悲惨だったのよ。東京は読売ランドに行ったよ。息子達も小学校は京都と奈良で、長男の中学の頃はディズニーランド。次男の中学の頃はディズニーランドも選択肢で、全て自由行動だったよ」
知人「あれ? 中学の修学旅行ってどこに行ったかな? ぜんぜん覚えてない・・・ 学校は楽しかったのに、なんでだろう? 修学旅行に関係する何かで嫌な事があったかな・・・思い出せないよ」
この人の場合、五人兄弟の3番目の三男で、二人のお兄さんは17~20歳ほど年が離れているそうです、自分の下にもまだ小学生の妹と弟がいるそうで、妹さんと弟さんとは仲が良いけど、お兄さん、特に長男さんとは言葉も交わさないそうです。
彼から聞いていた話では、
【兄弟の中で自分だけが母親から酷い扱いを受けていた、他の子はかわいがられていたのに、なぜか僕だけいつも嫌われて当たられていた。だから大学卒業と同時に家出状態で今の職場に就職して遠くの県にきた。今でも母親は平気な顔でメールばかりしてくるけど、家には帰りたくないし会いたくもない】
彼の話から鑑みる限りでは、
お母さんの存在がかなり影響していることが判ります。想像するに過ぎないのですが、おそらく修学旅行の前にもお母さんとの間に何か諍い(いさかい)のようなことがあったのかも知れませんね。
彼にとって中学校は楽しいところだった。でも、修学旅行の記憶だけが空白になっているが、言われるまで記憶がないこと自体に気づかなかった。
これが解離性健忘の怖いところなのです。
私の場合、
【私の生い立ちなど、原因になったことや経緯】
小さい頃から家でも外でも【お前なんかが!】と罵倒され続け、気づいたら自分が生きていることに罪悪感を抱えるようになっていました。
だから、人を恨んだり憎んだりすることも、嫌な事をされて怒ることも何もできなくて・・・ いつも隅っこで小さくなっていました。
ずっと、【私さえ居なければいい、私が辛抱すればいい】というような、自分が身を引くことが当たり前の感覚になっていて、特に家では幼い頃から大人達の体のいい奴隷にされていました。
母がくれたたったひとつの夢、プロの奏者になって母を支えるという将来の希望までも容赦なく奪われ、気づいたら、培った知識も技能もぜんぶ苦しみの中に消えていました。
本当は楽しかったことも、大好きだった人も友達もたくさん居て、やりたいこともありました。色んなチャンスもあったのですが「私なんか無理だ、うちの家じゃ許してもらえない」と思い、いつも断っていました。
縁を切ると覚悟を決めて、家から逃げ出したことも何度もありました。
でも、その度に悪知恵の働く従姉にとことんまで追い詰められて、二度と逃げられなくされてしまいました。
そして最後にとどめを刺されたのは、突然の交通事故で従姉が命を落としたことでした。遺言のように残した従姉の嘘が、私を完全なサバイバーズギルトに仕立て上げたのです。
それからの私は、息子と言う本当の愛する家族を守るためだけに、自分の全てを捧げて生きてきました。でも、小さい頃に悪い大人の影響を受けた息子は、その大人達と同じことを私にしたのです。私を暴力で抑えつけ支配し、奴隷のように縛り付けることで自分の思いを満たそうとしました。そのために嘘をつき、何も知らない周囲の人を味方につけていました。その上、幼い次男を金で操り、私を悪者に仕立てた嘘を擦り込んでいたのです。
結局、必死で踏ん張ってきたのに、私の一番大事だった家族はバラバラになってしまいました。
もうこれ以上は無理だと思い、長男から逃げて一人になったのですが、以前に増して苦しみは増える一方でした。必死で育てた息子にまで・・・と思うと、今でもやりきれない気持ちでいっぱいになります。
少し前のことを思い出したので書いてみます。
今から数年前、ある団体の代表に頼まれて虐待された人の自助グループの理事をしていたこ時のことです。
相談役をしていて気づいたことなのですが、大半の人は虐待した親などを恨んでいて、その頃の記憶や感情もしっかりと保っていました。
特に驚いたのは、財産のある方でした。
私と似ている部分はあって、母親が妹さん二人を洗脳していて、その方だけが酷い目に遭わされていたというのです。
お父様が他界され相当な財産があるのだとか。正当な方法での遺産分割がされず、その方の分はないものとされたそうで、お母さんと妹さん達が勝手に引き出して使っているのだとか。
それで、その方が余計に恨みを抱き、【母親が生きている内に必ず復讐して財産を奪い取ってやるんだ!】と、ものすごい形相が目に浮かびました。
お金が絡むとそれだけ恨みの念も深くなるものか・・・と、怖くなったことを思い出します。
ただ、私の中では(どうしてそこまでして恨み続けるのか? 法的手段を講じれば遺留分の請求はできるのに・・・)と思っていました。
ある意味で、もしも、私にも、恨む気持ちがあったとしたら、こんなに苦しみを一人で抱えなくてもよかったのかな?と思う所もあるのですが、
やはり、恨みを力にして生きるということには、尋常ではない負のエネルギーが必要なのです。
でも、もし、本願叶わぬ内に、その恨みの矛先が何らかの形で途絶えたとしたら、その方はどうなってしまうんだろう・・・ と、考えてしまいます。
私は、息子がお腹の中に来てくれたことで、息子を守り育てるために全てのエネルギーを使ってきましたので、たぶんですが、私とは根本的な何かが違う人なのだと思いました。
ただ、その方にも二人の娘さんがいらして、【娘のために絶対に復讐して財産を奪う】と言われたで、ちょっと悲しい気持ちになりました。
【私の身に起きた異変】
25年ほど前のことですが、突然、【体外離脱】をしてから記憶に空白ができました。
ちょうど暴力をふるう夫から逃げて、子供達と三人だけの平穏な生活を手に入れホッとした頃でした。それまでは、過去の苦しかった記憶はしっかりとありました。
私の体験した体外離脱は、自分の中から自分が抜け出して、人形のように座ったまま身動きもできない自分の抜け殻を、向かい側からじっと見つめているもう一人の自分が居ました。自分では【幽体離脱をした】と思っていました。
どっちが本当の自分なのか?は、わかりませんが、
ただ、抜け殻の自分にも意識だけはありました。目を見開いたまま一点を見ていることしかできなくて、抜け出した向こうの自分がこっちをじっと見ている姿が頭の中で見えていました。
あの時、どうやって、あの病院にたどり着いたのか? 誰かが連れて行ってくれたのか?など、その辺りの記憶は何もありません。
ただ、診察室で私の前に男の先生が座っていて
【あなたは重度のうつ病だから生涯完治しません】と、宣告を受けたことだけを覚えています。
その後も色々な事情があり、複数の病院にかかったのですが、医者が代わる度に数々の病名を付けられました。
適応障害、双極性生涯、不安恐怖症、強迫性障害、パニック障害・・・etc、と、覚えがないほど病名が変わりましたが、一度たりとも【解離性障害】という病名を聞いたことがありませんでした。
私が解離性健忘という病名を知ったのは、まだ数年前の事で、この記事を書いている私はもうすぐ還暦を迎えようとしています。
体外離脱した頃はまだ過去の記憶があり、苦しみも計り知れないほど抱えていました。その数年後、父親という人に騙され、大阪に連れていかれて、更に病状が悪化しました。幻覚や幻聴が現れるようになってしまい、もう気が狂いそうでした。まだ子供たちも小さかったので必死にこらえて生きていました。
でも、大阪でたまたま出会った【催眠療法士】の遠隔治療を二年受け続けたことで、不思議なことに過去の苦しい記憶が殆ど消えてしまったのです。
記憶がなくなった私は、【病気が治った!】と思いました。
それから10年近くだったか、通院も薬も不要になり仕事も家事も人の何倍もできるようになりました。元々、物覚えも良かったですし、手先も起用でしたので職場では【仕事のできる人だから、みんなに頼まれるんだよ】などと、体の良いことを並べては人の分まで仕事を押し付けられ、パートだというだけで都合よく首を切られたりしました。本当に酷い時代でしたので、職場でのハラスメント(セクハラ)にも耐えるしかありませんでした。
それもあって、余分なストレスやトラウマが増えてしまいました。
ただ、思い起こすと、長男が「あの時、ああだった。こうだった。どうして覚えてないんだー」と私を責めることがあって、思い出そうとすると頭が痛くなって無性にイライラしたことを思い出します。何も知らなかった私は、まるでドラマで見た記憶喪失みたいだなーと、ぼんやり思っていました。
私の中で一番の根底にあったのは【従姉の交通事故】に対する【救えなかったという罪悪感】でした。記憶をなくしても、それだけはどうしても消えることはなくて、ずっと生きていることを後ろめたく思っていました。
従姉の死後、長男が生まれてきてくれたことで何とか生きてきましたが、思い起こすと、本来の私ではない違う人格で生きていたような感じがします。子供を守るために自分という人格を捨てて、男気性の強い自分になり生きていたような気がします。私の中には、父親がいない分、自分が父親の役割を果たさなければいけない、という強い思いがあったからです。
その後、色々あって40代半ばで再婚することになったのですが、その相手が伯母と同じようなことをして私を脅した時、フラッシュバックが起きて伯母の顔が浮かびました。それからまた苦しみが襲ってくるようになったのです。
その相手とは何とか離婚はできたのですが、かなり支離滅裂なので振り回され裁判で二年、慰謝料の取り立てに二年ほどかかり、自分で強制執行を申し立てたので相当のストレスを抱えました。
後に、その男は【反社会性人格障害】と診断されたのですが、長男を騙し、私を悪者に仕立てていたので、私は長男からも酷い攻撃をされ、長男の言動からもフラッシュバックを繰り返すようになりました。
暴言と暴力で私を支配しようとする長男からも逃げて一人になれたけど、それからのフラッシュバックが以前よりも酷くなりました。体外離脱した時もそうでしたが、苦しい状況からやっとの思いで逃れ、ほっとした時に症状が出てくるみたいです。
結果として私は50歳を過ぎてから精神専門の大型病院に通うことになり、
【複雑性PTSDの合併症】であると診断されました。
担当医が交代し、定年まで大学で講師をしていたという自らが【発達障害である】という高齢の医者が、「あなたのような患者は初めてだ、興味深い」と面白がり、強引に記憶を引き出したせいで、フラッシュバックが起きるようになり病状は悪化する一方でした。一時は、希死観念にさいなまれるほどでした。
それがあって、家の近所の交差点で信号待ちをしていた時に、左後方から信号無視をした車が猛スピードで私の目の前を通って右車線へとUターンしたのを目にしたとき、従姉の交通事故のフラッシュバックが起きました。それからも、運転免許証の更新の時に見せられた再現動画を見た瞬間に、涙があふれ出し体の震えが止まらなくなりました。 それからの私は、毎日のように夢の中でもフラッシュバックを繰り返すようになってしまいました。
日本は先進国というけれど、諸外国に比べると、精神に対する理解が大幅に遅れています。だから未だに精神患者を偏見罵倒する人も多く、役所の職員ですら私に「精神患者は頭が狂っている」と、言ったほど酷いのです。
中には、私の体験(相談)を聞いて
「明治や大正でもあるまいし、今の時代にそんなことがある訳ない、あなたの妄想でしょ」とか、「ドラマみたいで信じられない」と否定する人や
「あなたはその時に、どう思っていたのか? 感情が見えないから、事実だけ聞かされても想像ができない」と、私を責めた人もいますが、それは狭い価値観の中での個人的な固定観念に過ぎないのです。
自分の置かれた環境を当たり前に思い、それを基盤に物事をとらえているような人には他人の痛みなど想像できるはずもないのです。
あなたが思う【普通】は、あなただけの物だから、万人に等しく通用する普通など何処にもないということを自覚していただきたいです。
確かに、
私には「誰とどこに行き、何を話し、何をどう思ったのか?」などの細かい記憶がありません。
でも、だからこそ、私が自分の体験を書くことに意味があるのではないでしょうか。
表現や言葉のつなげ方にもどかしさを感じられる部分もあるかも知れませんが、ご自身に置き換えて想像しながら読み進めていただければ幸いです。
「さいごに」
日本は、まだまだ精神に対する理解がなく未だ偏見の塊です。
この街に引っ越してきて8年ほどになるのですが、福祉課のオッサンにまで酷い言葉を浴びせられました。
一時期、症状が思わしくない私はヘルパーの支援を受けていたのですが、ヘルパーからも「精神の障害者は身体とは違うから動ける」と言われて、発作で寝込んでいるのに叩き起こされたり、頼んでいないものを勝手に買ってこられたりと酷い扱いを受けていました。
苦情をいうと【証拠がない】と、たらい回しにされた挙句に、所長が出てきて、【うちの者に確かめたらやっていないと言った】と、事実をもみ消され、一方的に契約を打ち切られました。
その時の計画相談員の男には、抱きつかれ胸に顔を押し付けられるという【わいせつ被害】にあったのです。
それを福祉課に相談したのですが、職員のオッサンが(後に詳しい人に聞いたら、福祉の助成金の認可をする人だったのです)
「あなたのような精神患者は頭がおかしいから、相手の話を聞かないと信用できない」と言ったのです。こんな風にいつまでも弱者が虐げられる日本で良い訳がない!
ストレスの多い現代だからこそ、精神の病はいつ誰にでも起こりうるものなのです。すべての精神患者の頭が狂っているというのは古い価値観での言葉の暴力です。
「普通に喋るから、病気だなんて信用できない」と言われたこともありますが、精神疾患を持っている人の全てが知的障害者ではないので、一色淡にしないでほしい。
そもそも精神疾患になる原因の多くは、こういう想像力に乏しい安易な考えの人の心ない言葉の暴力なのです。
私たちは心が傷ついているけど、普通に喋りますよ。職員のオッサンらより想像力もはるかに高いです。それだけの痛みを味わって生きてきたから。
むしろ、そうやって知ろうとする努力もしない癖に、他人を罵倒するような人の方が、人としての大事な部分が欠如しているんじゃないですか?




