第八話:体臭はモモのニオイです。
朝六時――さすがに疲れましたね。ですが本日学園はお休みではありません。
鍵を開きドアノブを回し緩慢に音を立てずに開きます。
なんとか【生贄の夜】第二夜を無事に越えられたようにございます。生贄に指名されました女性の安否が気になる所ではございますが、おそらくは大丈夫でしょう。
その事に関しまして、他のプレイヤーには申したい旨が胸の内から溢れて参りますけれど、皆様も命あっての物種にございますからね。どのような選択をなさっても相手を責めるわけには参りません。
自分の差し出せる物と相手の命をBetし選択しなければいけません。
ですので我を通すのみとなって参ります。我儘を通したいのでしたら力と知恵で強引に押し通せとそのようなお話しとなって参りますわけにございます。それが【生贄の夜】のルールです。そしてそれらは困った事に人だけのルールではございません。本当に困ったものです。
差し出しますのがもっとも簡単で約束された勝利なのですから。
内側へと滑り込みましたらドアが急激に閉まり大きな音を立てぬよう支えながら下がります。内側のドアノブを捻り握り、閉じましたらドアノブを握る手から力を抜いて参ります――手を離しそのまま人差し指と中指の間で鍵を緩慢に捻り、最後にドアロックとチェーンの装着を致します。今この場にてもっとも愛されているのは静寂ですので。深い息が漏れてしまいますね。人心地です。
自宅はやはり良いものです。安心して胸を撫で下ろしてしまいます。ゆるゆるとなりますね。この感情を言葉で表現するには如何したものか。筆舌に尽くし難しとはこのようなものなのかもしれません。
音の無い部屋。埃すら鎮まっております。静かな空気です。何もかもが止まっておりますかのような、そのような印象をお受け致します。指の先が棚の表面に触れませば、木の質感を脳が理解するのでございます。
ほんの少しだけ口角も上がってしまいますね。
服をだらしなく脱ぎ捨てながら浴場へ。シャワーを軽く浴びましたら着替えて朝食の準備を致します。下着は変えましたけれども、制服はもう予備がございませんので使いまわさなければいけません。
朝食はご飯に味噌汁、きゅうりの辛子漬けにございます。
昼食にはホットサンド。ガツンとくるものを作ります。
卵、ウィンナー、ピーマン、キャベツ、マヨネーズ、ケチャップを閉じ込めたものがお一つ。焼いたバナナとヨーグルトを閉じ込めたものがもうお一つ。
母の部屋へと参ります。膝を床へと添えてスススッと襖を開かせて頂きます。母と妹が眠っております。その無防備な様。なんと愛おしい事でしょう。傍へとより膝を下ろしますと沈み込む圧力で、母はくすぐったそうに眼を覚ましてしまいました。
頬に手を添えても嫌がられません。指に触れ持ち上げて口元へ。リップ音を響かせます。
「ねねぇ……おはよう」
「おはようございます。お母様」
母の頬を指で撫でながら、手の平を唇で弄ります。
「ぎゅーして。ぎゅー」
失礼ながらその体温を強く感じさせて頂きます。なんと温かい事にございましょうか。凍えた心が温まるようですね。わかります。
離れたくないと瞳を歪め指で服を握る母。頭の天辺にリップを響かせて、失礼ながらわたくしの温もりにて本格的にお目覚めさせて頂きます。
「ねー……離れちゃやーだ」
「チュッ。お仕事のお時間ですよ」
「うー……」
後ろから抱え耳裏や首筋、うなじ、手の甲に何度も唇を押し付けさせて頂きます。愛情たっぷりにございます。
「ふふふっくすぐったいよぉ」
「ほーら。お手洗いして、歯を磨いて化粧をしないと、遅刻してしまいますよ」
「うー……今日が休みならいいのに」
「昨日お休みだったではございませんか」
「今日もお休みがいいの」
コテンと膝の上に頭を乗せ母が二度寝の構えを致します。困った方ですね。それは許容できません。
「お母様」
「もー……」
「チュッ……起きて下さいませ」
「ぶー」
渋々ながら起きる母をトイレへと誘導しお見送り致します。
次は妹様。
部屋へと戻りますと妹様はすでに起きており狸寝入りなご様子。仕方ないですね。なんとなく気配でわかるのは盗賊としての影響かしら。
そっぽを向く妹の頬へと口付けを致します。リップ音を響かせますと妹の口元が引きつって参りました。
「起きて、朝ですよ」
反応がありませんね。仕方がございません。掛布団をめくり、布団の中へ入ろうとすると妹は飛び起きてしまいました。
「起きてる‼ もう起きたから‼」
「なぜです? ご一緒に……寝ましょう」
「もう起きたってば‼」
布団へと潜り込む途中で妹様は私を置きざりにして部屋を出て行かれてしまいました。昨日は腕の中で眠って下さったのにひどいです。起きない子にはこの手に限るとお聞きしましたけれど、その通りにございましょうか。
準備に朝食と、あっという間に学校へと向かう時間にございます。
お味噌汁が妙に沁みて困ってしまいました。
お弁当をお二人へとお渡し致します。
わたくしもだいぶ消費しております。何とか奮い立たせて登校させて頂きます。
ですが学園では一限目からぐったりとしてしまい、考えるのも億劫で授業中は何度も眠りそうになってしまいました。
姫結良さんとウィヴィーさんが話しかけてくれましたけれども、とにかく眠くてそれどころではありませんでした。
やっとお昼で先生に助けを求め、昼食後は車の中で仮眠させて頂きます。
お昼寝成功の世界線――二十分の仮眠でだいぶ回復ができました。
あまりに眠り過ぎますと起きられなくなってしまいますので仮眠はニ十分だけにございます。
何時の間にかウィヴィーさんが寄りかかっており、少し驚いてしまいました。人の体温は体温以上になんとも温いものにございます。それは肉体だけの話ではございません。ウィヴィーさんの体温と母の体温の違いに驚きます。母の方が体温が高いのですね。その体温に心の奥底がほっこりと温まるのでございます。
午後からは服を買いに参ります。
制服でも良いのですか、やはり防御面に難がございますし、なにより予備を購入するにしてもお値段が高いです。制服にもグレードはございますので一番悪いと申しますわけではございません。しかし何よりもスカートで動けばパンツが窺えてしまいます。ボクサーパンツでも窺えてしまうのは恥ずかしいのです。わたくしこう窺いまして男性ですので。
ガードルやアンスコ(アンダースコート)等を履けば良いのは重々理解しているつもりなのですが、やはり問題は防御面にございましょうか。それに……アンスコはさすがにはみ出してしまいます。ボクサーパンツが。
服屋ウィークメンを訪れ、ゲーム内御用達のズボンと上着を購入致します。
タクティカルパンツとタクティカルジャケットにございます。
タクティカルパンツはポケットの多い分厚い布製のズボンにございます。これで三千円はお安いです。制服のスカートなんて一万円は致しますからね。三分の一のお値段で防御面も優秀なのですから買わない手はございません。簡易なバックルがズボンに直接取り付けられておりますので着衣も簡単です。
タクティカルジャケットは防刃に優れた生地を使用し制作されたジャケットにございます。腕から肩にかけて金属が仕込まれており、これで五千円です。
制服の上着なんて三万円は致します。難があるとすればタクティカルジャケットはお洗濯し辛いとその点だけにございましょうか。制服は洗濯機にそのまま放り込めますがジャケットは金属を使用しておりますので簡単には参りません。この点だけは唸ってしまいますね。
追加にて五千円のタクティカルブーツを購入致します。つま先部分と足裏が分厚く金属板が仕込んでございます。少々重たいですが安全面を考慮致しますと我慢しなけばいけませんね。もちろん防水です。膝までへの水の侵入を防いで頂けます。
しばらくはこれで十分にございましょうか。
服を揃えましたらミラパへ――カードで【迷宮イザナギ】を検索致しますと、今日は十三の人が見受けられました。珍しい……とは考え難いですね。まだ統計はそれほど取れておりません。どのミラパにどれだけの人がいるのか、統計が足りません。
今日【裏イザナミ】はご遠慮しておきましょうか。
機関に赴きカウンターへと参ります。
一ヶ月三千円の個別ロッカールームをお借りして着替えて準備です。
荷物をロッカーへと収めタクティカル衣装一式を身に着けてカードをポケットへと仕舞い込みます。武器は必要ございません。まだ戦う気がございません。主力戦闘スキルがございませんので仕方がありません。手荷物は全て鏡の中へと収めても良いのですが、人前で鏡は使用できません。カードだけはどうしてもそのまま持ち運ばなければいけません。
今回は【迷宮コトアマツ】へと向かいます。
日本三大ミラージュパレスの一つです。
迷宮【コトアマツ】、【タカムスビ】、【カミムスビ】のこの三つが日本三大ミラージュパレスと呼ばれております。
初心者から上級者まで優しく包み込むようにお強くして頂けます。
着替えを終えて個室を抜けようと――壁へのノック音が耳へと入りまして首を傾げてしまいます。わたくしに御用のある方等そうそうおられませんから。
「申し訳ありません。月見寧々さんですね? 機関職員の立花みぞれです。お忙しいところ大変申し訳ありません。少々お話がございまして、お時間よろしいでしょうか?」
わたくしに御用でお間違えないようですね。
簡易な仕切り、カーテンを開きますと機関職員の立花みぞれさんが佇み視線を向けておられました。視線が逸れません。素敵ですね。
「はい。大丈夫です。何かございましたでしょうか?」
「ここではちょっと……申し訳ありませんが、場所移動をお願いしてもよろしいでしょうか? 本当に申し訳ございません。どうしてもお話しておかなければならない重要事項がございます」
「そうなのですか」
何事かと存じます。
嫌な予感が致します。ここまでの低姿勢となりますと逆に知っておかなければまずい気配がして参りました。案内されたのは防音設備の整った部屋にございます。部屋の中には女性職員が一人、気まずそうに佇んでおられました。ドアがしっかりとミゾレさんにより施錠される音が致します。おっと、これは逃げられませんね。
彼女の靴の音だけが響き、もう一方の傍へと参りますと唐突に頭を下げられました。
「本当に申し訳ございません」
「何がでしょうか? 何も説明を受けておりません」
「リナさん、ちゃんとお話して」
もう一人の方はリナさんと名乗るそうにございます。
「はいぃい……。あの、ですね。あの、こんな大事とは考えていなくてですね」
「リナさん‼ 完結に‼ 言い訳しない‼」
「はぃいいい‼ 情報漏洩しました‼ ごめんなさい‼」
「ごめんなさいじゃないでしょう? 申し訳ありませんでしょう⁉」
「申し訳ありませんんん‼」
「まずは事情の説明を求めます」
「そうですね。お席にお座りください」
椅子を引き、席へと腰を下ろさせて頂きます。
正面にはみぞれさんがその隣にリナさんが腰かけます。
「今回の事情についてご説明させて頂きます。今回、競売に出品された品物が、実は初めて確認されたアイテムでして。競売に出品する際に、担当した職員が情報を漏洩、貴方の名前と何処で発見されたのかを第三者に対して伝えてしまったのです」
おっとっと。
「それはそれは……非常によろしくありませんね」
「ごめんなさい‼」
ごめんなさいでは済まない話かもしれません。
相手によっては私及び家族に対して何等かのアクションがあるかもしれない事案にございます。なんせ七百万もの大金で取引されてしまったアイテムの情報です。しかも無名の新人が取って来られるようなアイテムで、それは……人によっては簡単にお金を稼ぐ手段の情報ともなり得るわけです。とは申しましたものの、わたくしもそこまで深く考えてはおりませんでした。いけませんね。
「非常によろしくない。非常によろしくありませんね」
「本当に申し訳ない限りです」
「ここでお話致しましたのは大事にしたくないと、そのような申し出を願い出るためにございましょうか」
「……誠に申し訳ありません。どう償えば良いのか、私達自身も計りかねております」
「謝ってる。謝ってますよね。そこまで……そこまで言わなくていいじゃないですか‼ ちょっと名前と場所を言っただけですよ‼ 大事なんてそんな‼ パラハラです‼ 脅しです‼ モラハラです‼」
おっと……当の本人が事の重大さに気づいておられないようですね。
「貴方はちょっと黙っていて」
「先輩‼ 私、そこまで悪い事しましたか⁉ こんな‼」
「リナさん。貴方は重大な契約違反を犯したのですよ? 機関の対応によってはそれ相応の対応と罰金も発生致します」
「対応? 罰金? ……そんな」
「ちなみになのですが、どのような方にお話になられましたのでしょうか?」
「……パーティーです。五人組の……何かパッと稼げないかと愚痴を聞いたので、寧々さんと言う方が、イザナギ迷宮で宝箱を発見したそうですよって……それだけ、グスッ。そんなっこんなのもダメなんて、知らなくてグスッ。それが七百万で売れたって」
ミゾレさんへと視線を移しますとミゾレさんと視線が交わります。血の気が引いておりますね。そのように緊張なさってはお体に悪いです。喉が渇いているかのような何と申し上げたらよろしいのかと悩むようなそんな仕草をなさっておられます。
「それ以外の方には伝えておりませんか?」
「……ちょっと口が滑っただけなんです」
カードで競売履歴を表示。七百万で売れているアイテムはいくつか存在致します。そのほとんどがスキルブックのようにございました。スキルブックとはその名の通りスキルを覚えられるアイテムにございます。センスと呼ぶ方もいらっしゃいます。
「時期はお伝え致しましたか?」
「……いいえ」
「アイテム名はお伝え致しましたか?」
「いいえ」
「そうですか。では、しばらく様子を見ましょうか」
リナさんの返答を得てミゾレさんと視線を合わせます。
「そう……ですか?」
ミゾレさんの表情は若干の苦味を帯びておりました。
この案件は取り扱いを間違えれば大事となってしまう事案にございます。機関の失態として取り上げられれば職員は処分を、大事となればわたくしのプライベートにも十分に影響を与えて参ります。それは双方にとってよろしくありません。立花さんはそれらを十分にご理解なされているようですね。
「個人情報の漏洩は機関にとって重大な規約違反です。明記されております以上どうしようもございません。その信用があるからこそ機関はその体裁を保っているのです。重ね重ね申し訳ありませんでした」
「私本人の名前で競売登録されたわけではございませんし、競売履歴からアイテムを特定するのは難しいかと存じます」
「じゃあ‼ 許されるってこと⁉」
「ですが私が七百万もの大金を所持しているという事実から、私や私の家族を襲う輩が現れる可能性は十分にございます。リナさんは今回良くない事……」
「そんな……そこまで言わなくても‼ 脅してるの⁉」
「リナさん‼」
「をしましたね」
話を遮らないで頂きたい。
「現状ですが相手もリナさんのお話を話半分程度でお耳に入れているのではないかと存じます。今後は情報を漏洩しないように努めてください。大事となりましたならば真実味も増し、わたくしに対する危険性」
「そこまでひどい事しましたか⁉ そんな大事になるような事ですか⁉ 貴方何様ですか⁉」
「……も高まります。ミゾレさんはそれを危惧してこうしてお話を回して下さったのですよね?」
「リナさん‼ ……おっしゃる通りです。そして教育が足りず、申し訳ない限りです。……リナさん」
「そんな悪い事してないもん……」
「リナさん‼」
「申し訳ありません‼ もう言わないです‼」
本当にわかっていらっしゃるのか。
今後の対応についても考えなければいけませんね。
リナさんが今後私の話を振られました時、しっかりと対応し受け流せますでしょうか。懸念です。加えまして人の話に最後まで耳を傾けないのは如何なものか。プライベートでは許されますがこれはお仕事と命のかかったお話にございます。不満も溜まってしまいますね。それを責めても仕方がございません。失敗を叱る行為に意味等ございません。失敗をどう補い覆すかが重要なのではないかとわたくしも考えております。そのフォローを如何するのか。それが上司の役目なのではないかとも考えております。わたくしも完璧かと問われれば当然ながら完璧ではございません。どうあっても覆せない失敗を犯す事はわたくしにもございます。自分を守るためならばどのような行為も厭わない。そのお気持ちも理解できてしまうのでございます。ですのでリナさんを責める等とは致しません。
リナさんの対応につきましてミゾレさんがいらっしゃらなければわたくしにとって深刻な事態になっていたでしょう。ミゾレさんがいらっしゃって心の底から良かったと感じております。最悪の対応であればわたくしは溜飲を飲まされていたでしょう。
「ミゾレさん、二人でお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……わかりました」
リナさんには退出して頂きミゾレさんとお二人でお話致します。
「今回の件、私の監督不行き届きです。ご迷惑をおかけ致しました。大変申し訳ございません」
「謝罪は受け取ります。よろしくないのは確かです。謝罪で済めばそれに越した事はございません。しかしながら今後実害が現れた時にはしっかりと対処して頂けますようお約束頂けますか?」
「はい。その折には、私、立花みぞれが誠心誠意努めさせて頂きます」
「それと……以降、私の対応につきまして、立花さんが一人で担当して頂いけますようお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……それは、専属になる。……と申しますお話でしょうか?」
「いいえ、そこまでは申しておりません。私は現在ソロですし新人です。まだイザナギ迷宮にしか向かっておりません。カード記録をご覧頂ければご理解頂けるかと存じます。機関が目をかけるまでもない相手である事は、その事はわたくしが一番良く理解しております。それを加味した上でも今回の誠意ある謝罪は大変良いものだと存じます。現在立花さんには専属パーティーはございますか?」
「……いいえ。私もまだまだですので」
「立花さんの対応は大変素晴らしいものです。今後良いパーティーとの専属契約が成されるかと存じます。お休みの時は仕方がございませんが、いらっしゃる時はカウンターにて私の対応だけお願い申し上げたいのです」
「……承りました。この立花が誠心誠意努めさせて頂きます。また丁寧な応対に対してお礼を申し上げます。心よりお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。休みの日についてはお教えしますので、ご活用なさってください。私の連絡先です。どうぞ」
そこまでしなくても良いのですが。
手を握られてしまいましたね。私が考えるよりも情報漏洩は機関にとって重い違反なのかもしれません。今回のミゾレさんの対応は大変素晴らしいものでした。私等取るに足らぬ存在です。もっと無下に扱ったり、むしろ内容を広めたり、何なら知らぬ存ぜぬで通せた事案にございます。立花さんの誠意が良くわかります。問題には致しません。ぶっちゃけると面倒ですし。
やっと解放されましたので【迷宮コトアマツ】へと参ります。
これから目立つ行動さえしなければその内関心も無くなるでしょう。
迷宮【裏イザナミ】へ行けないのは痛手ですが、頃合いを見計らえば侵入できないわけでもございません。
噂よりプレイヤーには察せられてしまうかも知れませんね。
しかしながら寧々ならばイベント的に遭遇していてもおかしくない事案にございます。データーをぶっこ抜いて色々試して見なければわからない情報もございますし、近づかず白を切り通せば避けられる問題でしょう。
改札を抜け【迷宮コトアマツ】へと向かいます。ホームには沢山の人達がおり、波音のように談笑し佇んでおられました。参りました列車の中へと乗り込んでゆきます。見知った顔もございます。Eクラスの方達ですね。Dクラスの方々もちらほらとお見受けできます。
学生ではなく探索者を生業として生活している方々もいらっしゃるようです。お祭りに参りますかのように何処か賑わっており高揚しているようなざわめきも。まるで雨音のようにございます。ささめきことですね。
さすがに人が多いです。
【迷宮コトアマツ】は緑の多いミラパです。
下層へと下る迷宮にて一層から五層までが表層にございます。六層から十四層までが中層、十五から十六層までが深層となっております。深層は特に敵のレベルが跳ねあがり、最下層には【コトアマツ神】が鎮座しておられます。
【コトアマツ神】は普通に攻略するだけではまず勝てないエンドコンテンツにございます。人が完全に降すのも不可能な存在と設定もございます。
これは他の神々とも共通にて。
どの神様にも敬意を払うべきだからにございます。
降す等恐れ多いことにございます。
人の身では神とは対等になれないのかもしれませんね。
ミラージュパレスとは迷宮の最奥にある神様の御殿を指す言葉にございます。
このゲームの趣旨がそもそも神様に会いに行こうよ。神様の存在する御殿へ向かおうよ。なのですから。
列車が止まりました。皆さん気合を入れるように降りてゆきます。頼もしい限りですね。わかります。空気の質感に変化が生じます。さわやかと申しましょうか。清廉と申しましょうか。
踏み出した足の裏。柔らかい植物の感触に優しさを感じます。包み込んで頂ける。そのような気持ちになってしまうのでございます。
入り口から森に囲まれております。懐かしい光景に瞼がやや伏せてしまいます。わかります。岩で四方を囲まれた出入り口。つい手を伸ばし指先で触れ――砂めいたと申しましょうか若干のざらつきに頬が緩んでしまいます。
今回はわたくし戦闘は致しませんので、ですので出没するモンスターはなるべく無視致します。
さてこの迷宮にて、日本三大迷宮にて出没致しますモンスターは所謂妖怪と呼ばれる者達です。
全て黒いシルエットで影のような存在にございます。
表層なら小さな【鬼】とか【泥田坊】とか【馬骨】とか【猫又】とかが出没致します。
【七人みさき】なるモンスターがたまに通りかかりますが、罪のない一般人には一切意味のないモンスターにございます。罪とは所謂プレイヤーキルを指します。
初心者殺しをやらかすプレイヤーキラーを牽制するモンスターにございます。
私も過去何度か攻撃を受けました。わたくしもぶっ――失礼致しました。対処させては頂きましたが、なかなかにお強い方々でした。訂正ながら申し上げますがわたくしは初心者狩り等は致しておりません。
【気配断ち】を行いながら【パルクール】を使用し宝箱を漁るのが今回のお仕事にございます。
わたくし盗賊です。戦いとか無理なので武器もないですし。
皆思い思いに武器を持ち戦っておられます。醍醐味ですよね。成長し新しいスキルを覚えて試すたびに高揚して参ります。わたくしもその一人です。強敵を倒した時の達成感、新しいスキルの強さを実感した時の高揚感は一入ですから。わかります。
わたくしはそんな方々を横目に宝箱漁りです。ハイエナです。
場所はあらかた理解しておりますので巡回致します。右回り、左回り、どちらでも構いません。敵も強くありませんので宝箱にもあまり良いものは入っておりません。とは申しましたものの、低確率にて良いアイテムも十分に含まれております。超低確率にございますが。
一層はそこまで広くございません。
五層まで向かいましょうか。カードで時刻を視認致します。母の退社時間まであと二時間ちょいちょい。ちょちょいのちょいちょい。
途中で【七人みさき】に出会いました。前世ではお世話になりました。
逃げる準備をしつつ接敵を試みます。
向こうが頭を下げて参りましたので頭を下げます。通り過ぎてゆきました。心臓に悪いですね。前世ではぶっ――相対させて頂きました。
スキル【気配断ち】を使用しておりますので視界に入らなければ敵はアクティブになりません。【泥田坊】と【馬骨】は視覚で索敵できませんので【気配断ち】さえ行っていればまずアクティブにはなりません。
優しい神様です。【コトアマツ神様】。さすがです。低層では敵は強くありませんし先ほども申し上げた通り宝箱からは低確率ですが良いアイテムも出土致します。
はえー。しゅごい。
五階でも結構人がおりますね。職業探索者の方達です。学園の卒業後はライセンスが得られます。ライセンスを得られれば卒業後もミラージュパレスへ挑むことが可能です。
安全にお金稼ぎをするのでしたら五層前後で十分にございましょうか。朝から籠れば最低でも一日一万円は稼げるでしょう。十分にございますね。
中層からちょっと敵も強くなりますし索敵も容易ではなくなります。
亡くなる可能性があるとすればこの上、六層からにございます。ですが宝箱の中身、グレードも上がりますので中層に参ります価値は十分にございます。五層は人が多いですので六層へ参りましょうか。
六層からは天狗系が多くて視認索敵がございます。【気配断ち】だけではダメかもしれません。ちょっとだけ、ちょっとだけ。
六層へ下りますと森はさらに深みを増します。苔むした木々が聳え立ち、【河童】とか【妖狐】とかが出没致します。気を付けるのは【絡新婦】でしょうか。
実は入り口を昇った裏に一個宝箱がございます。
木造りのからくり箱。これが【迷宮コトアマツ】の宝箱にございます。
漁られたばかりらしくリポップまでは時間がかかりそうですね。
人が参りますと嫌なので離れましょう――近場で一つ。一つだけ。【絡新婦】の巣を視認致しました。近場ですが誰も触りませんね。気をつけながら進みます。【絡新婦】等の毒持ちモンスターは経験値に反して美味しくありませんので無視されてしまいます。仕方ありませんね。
使役すると可愛いです。何時か使役するのも良いかもしれません。使役すると手の平サイズに変化致しますのでペット感覚で飼えます。もちろん餌は必要ですけれど。
宝箱を発見――運が良いですね。中身は無いかもしれません。撫でた感覚では誰も触れていない気配を感じます。鏡から針金を取り出し解錠を試みます。
日ノ本系ダンジョンの錠は基本的に閂ですので構造が単純ですし、解錠も楽です。罠もほとんどございません。
ぱかり。
中身は、【ウッドソード】、【アロマ】の瓶が二つ、【宝珠】、【一分銀】が三つでしょうか。上々ですね。ここでアイテムを全て取るのはBadです。宝箱だけ漁る盗賊はハイエナとかハゲワシとか泥棒とか呼ばれてしまいます。ハイエナさんとハゲワシさんに失礼ですよね。わかります。
上から二番目のアイテムを一つ頂くのが盗賊として暗黙の了解となっております。
さて【ウッドソード】は眺めたままの木の剣にございます。稀にスキルや魔術付与がございますので除外致します。次に【アロマの瓶】ですね。この世界の回復系アイテムは全て【アロマ】です。ニオイを纏わせて癒します。おそらく【アロマ:ピーチ】でございましょうか。もっとも初歩の回復アイテムにございます。綿密には鑑定して頂かなければどうにもなりません。状態異常を治す【アロマ:スターベリー】等は優れた抗生物質ですので医療にも転換でき、機関が積極的に高値で買い取ると授業で教えて頂きました。これはゲーム時にはなかった仕様にございます。
【宝珠】。黄色い透き通った珠ですね。おそらく【雷鳴宝珠】でございましょうか。投擲致しますと電撃が発生し遠隔攻撃が可能となるアイテムにございます。
武器に装着することも可能ですので、回数制限は一回にございますが、雷鳴剣は結構なお手前です。
【雷鳴宝珠】は黄色い五百円台の円状の珠で、素人でも十分に判断できる品物です。【雷鳴宝珠】。ありがたく頂きましょう。
【一分銀】はそのまま【一分銀】です。四角い銀の塊で持って帰りますとグラム単価にはなります。値段は銀の相場と含有量によりますけれども、迷宮内アイテムの特徴としてまず百パーセントの銀から構成されております。
普通は不純物等が僅かでも含まれているはずなのですが、百パーセント銀で構成されております。そのためミラパ産はすぐに判別できてしまい、グラム単価の価値しかございません。
一つが約九グラム。カードで銀のグラム単価を調べたところ一グラム百五十円程度と表示されております。【一分銀】一個で千三百五十円ぐらいの価値となります。自給換算としてはアリですね。
初心としては良い稼ぎなのかしら。と私は考えます。
これ以上進むと接敵致しますので五層へ戻ります。
わたくし、なぜここで宝箱を漁っておりますのでしょうか。
モナド【盗賊】は【裏イザナミ】でアイテムを取得しお金を稼ぐために取得したはずなのですが、【盗賊】をする意味がございませんね。こんな所へ来て気付くわたくしにございます。ブラフにはなりますでしょうか。
お金に対する人の欲は何処までも貪欲にございますから、それを踏まえれば無駄ではなかったとそう考えた方がよろしいでしょうか。
わたくしも経験がございます。アップデート後、新アイテムが追加され、それが競売へと出品されますと出所ストーキングが始まります。
名前を検索して何処のミラパへ挑んでいるのかを探られます。プレイヤーの皆さまは大変頭が良いです。美味しい金策にはあの手この手で飛びつきます。
幸い現在のカードには名前検索はございません。ですが尾行するのはゲームよりも簡単です。なにせログアウトと逃げ道がございません。機関には何処へ挑んだのか履歴も残りますしね。
五層から一層への帰りがけに幾つか宝箱を漁りました。ほとんどが開封済みで空ですね。売れないと判断されたアイテムが放逐されている場合はございます。
得たアイテムは未鑑定【アロマ】が三つ、【土盾宝珠】が一つ、【アメジスト】、【メノウ】、【オパール】、【一分銀】が三つ。時間も時間ですのでそそくさと迷宮を後に致します。
当たりは【翡翠】なのですが、さすがに【翡翠】はお高いですので出土されても頂けませんね。他の方に御譲り致します。
【土盾宝珠】ですが、これは土の壁がせり上がり盾となる宝珠です。ただ錬成速度が遅いので使いどころは限られるかもしれません。私は試しに一回使ったきり、使ってないアイテムにございます。
列車に乗り機関へ――ホームへ降り改札を抜けカウンターにてタクティカルパンツのポケットからアイテムを取り出し立花さんへと提出致します。
立花さんは少し驚いておりました。表情に出さないように努めておりますが眉毛が刹那上下したのを見逃しませんでした。
これの何がダメなのか。これでも何か引っかかるのか。何が引っかかるのか。
「こちらのアイテムの鑑定と換金ですね。承りました。責任を持ち処理致します」
「よろしくお願いします。何か、引っ掛かりましたか?」
「いえ……初めてにしては持ち帰るアイテムの量が多めでしたので、表情に現れてしまいましたね」
「そうなのですか?」
「ソロとしては上々です」
「運が良かったのです」
「……【雷鳴宝珠】ですか。……そうですね。運が良かったですね」
ナンデスカ。おっしゃりたい事はおっしゃって下さい。お願いします。
【雷鳴宝珠】ダメなの。あえーなんでダメなの。何がダメなの。教えてー。あえー。なんで。なんでダメなの。
「【雷鳴宝珠】は機関で買い取りできますが如何致しましょうか?」
悩み参考までに【雷鳴宝珠】を競売にて確認致しますと五千円前後。出品数が多いです。それでも売れ行きは良いような印象を受けます。雷鳴宝珠はそこまで強い攻撃ではないはずですけれど、便利ですし低層では普通に戦うより楽です。付属の麻痺も良いですしね。
「【雷鳴宝珠】は電力会社が新たに作られましたエネルギーに直結しております。電力会社が積極的に買い取っているのです」
「はえー……」
そんな設定はなかったはずにございますが、私が知らなかっただけなのかもしれませんね。
「新しく家庭用電力として注目されているのですよ。これ一つで一般の方一週間分の電力を賄えます」
「はえー……」
「そのための設備を用意するのにまだ四千万ほど料金がかかりますが」
「はえー……ちなみに一般の方一人という計算ですか?」
「……うーん。そう……なりますかねぇ」
はえーしか申し上げられませんね。
色々お耳に入れたいのですが母の退社時間も迫っておりますので帰るわたくしです。
カードでモナドを視認。熟練度の上昇は微々たるものですが仕方がありません。
【イザナギ迷宮】を検索。七人ですか。様子見ですね。
実はわたくしは二億貯めなければいけません。
二億貯めるのは難しくないですか……。
考え直して御覧になられても二億円等と、わたくしには通常何年かかろうとも稼げない金額に感じて参りました。
なぜ二億稼がないといけないのかと問われれば、欲しいアイテムがあるからにございます。
一つは【ルージュオブルージュ】。特殊な口紅で七千万致します。何を申しているのかと申し上げれば七千万円致します。ガチです。
次のアイテムが【ファムファタル運命の五番】にございます。こちらは香水です。値段は九千万円です。何を申しているのかと問われてもお値段なんと九千万円です。はえー。
この二つはどぎゃんか(どうにか)して手に入れないといけんばい。と誰しもが考えるアイテムにございます。
プレイヤー毎にお一つご用意されていたアイテムです。しかしながら現在の様子から鑑みるに各一つしか存在しないでしょう。頭が痛くなって参りました。
ロッカーで着替えます。このロッカールーム。仕切りがカーテンと簡易なものですし、貴重品はしっかりとロッカーへ仕舞わなければいけません。わたくしは鏡がありますので関係ございませんけれど。
タクティカル一式は二着ないとダメでしたね。反省です。
洗濯をしなければならないことを失念しておりました。機関では洗濯機を借りられますので洗濯は十分に可能です。しかしながら御洗濯しにくい上着ですので除菌スプレー等を購入し吹きかけるのが良いでしょうか。靴を脱ぎますとムワリと桃のニオイが致します。うわ。美味しそう。
路面電車に乗り込み手持無沙汰となりましたのでカードを眺めます。
母と妹からのショートメールが幾つかございますね。パパッと返信致します。母からのショートメールは小まめに返さなければいけません。返信も早いのですがそれがなぜだかほっこり致します。
終りましたら競売情報を表示。欲しいスキル紙片がいくつかございます。競売はセドリ目的にもご利用頂けます。お金稼ぎはまず競売から……がセオリーなのですけど。
欲しいスキルは【強肩】と【遠投】。【スライディング】は……あれば良いでしょうか。
この世界には【スキル紙片】がございます。【スキル紙片】はモナド関係なくスキルを覚えられます。【スキル紙片】で習得したスキルは全モナド共有ですので習得するだけ得です。ただしなんと申したらよいでしょうか。
スキル【指力】……とか妙なスキルが多いです。
この【スキル紙片】により習得したスキルは日常でも発動可能なものがあります。【強肩】スキルは意外と高いですね。百二十万ですか。【遠投】スキルは七十万円。高すぎませんか。【指力】は五十万ですか。吐きそうです。失礼致しました。元の金銭感覚だとお戻しになりそうです。と申しましょうか……在庫がねーです。在庫がありやがりません。在庫がございませんね。吐きそうです。
モナドに関しまして、プランを考え直しましょうか。
先にモナド【道殉】を取得致しましても、【モンスターテイカー】のスキルが無ければわたくしの通常攻撃は不完全です。
モナド【モンスターテイカー】を取得したとしても【ロックイーター】と戦えますでしょうか。いえ、無理をしてスキップし【ロックイーター】と戦わなくとも良いですね。急がば回れ。地道に参りましょうか。
ちなみに【ロックイーター】はその名の通り岩を食べ吐き出すモンスターを指します。大体岩を吐きます。
モナド【モンスターテイカー】にて【ロックイーター】よりスキル【ロックブラスト】を覚える事が可能です。この【ロックブラスト】は岩を投げる技でして、工夫すれば攻撃の起点となるお強いスキルにございます。
母の会社、最寄りの停車駅で降りまして会社まで参ります。少々早めでしたでしょうか、母が出て来られるのを待ちます。
空きテナントが視界に入りますね。この辺りはまだ発展途上です。これからどんどんお店が増えて参ります。わたくしの欲しいアイテムも出品されるかもしれません。悩ましいですね。
チラリと隣へ視線を移しますと、八柳大童子キラリさんがおりました。何をなさっているのでしょうか。隣に立っておられます。凛々しいご様子、さすがです。ふとましい。ふとましいですね。その体に埋もれられれば最高かもしれません。
具を埋める……今日の夕食はおにぎりに致しましょうか。
そういえば昨日ナンパ師を迎撃して頂きましたね。そのお礼はした方が良いでしょう。キラリさんの傍まで行きまして頭を下げます。
「昨日はありがとうございました」
「……あぁ? あぁ」
「ちょっと待っていてくださいね」
キラリさんはミネラルウォーターを好みます。
近くの自販機でミネラルウォーターを買い、キラリさんの元へ戻り差し出します。
「お礼です」
「……いや、そんな品物を貰うほどじゃない。あぁいう手合いは俺の客にも迷惑を被っていたからな」
「お気持ちですので、どうぞ」
「……そうか。ありがとう」
「いいえ。ですが一言申し上げさせてください」
「なんだ?」
「暴力はいけません」
「おっおう」
母が会社のドアを開き現れたのを視認致しました。
「では」
キラリさんに頭を下げ母の元へと向かいます。
抱き締めて参ります母を受け止める私です。
「今日もお勤めお疲れさまでした」
「お粗末様でした」
それは別の意味に存じます。頬が綻んでしまいますね。
大沼さんと高橋さん、今日はご一緒では無いのでしょうか。
腕を組み真っすぐお家へと帰ります。仄菓さんはお疲れのご様子。電車の中では寄りかかり眠ってしまいました。足元が広角にならぬよう手で押さえます。
皆さん母の美貌が気になるご様子。わかります。なんと整った寝顔にございましょうか。
「なんか桃のニオイしない?」
「ねー。めっちゃいいニオイするね」
すみません。それはわたくしの汗のニオイです。ごめんなさい。許してください。
お家へと帰る途中で妹様と合流致しました。こちらを発見すると顔が一瞬綻び、再び口を結ぶご様子がお可愛らしいですね。母と妹と手を繋いで帰ります。
二人の手が温かくて気持ち良いですね。
「今日はどうでしたか? ちゃんとお勉強はできましたか」
「告られた」
「相手は誰ですか? 身長は何センチですか? 将来の展望等は伺っておりますか?」
「なにそれキモ‼ キモ過ぎ‼」
「貧乏でも身長が低くとも誠実な方が良いのです」
「うざっ」
「可愛い妹の事がお姉ちゃんは心配なのです」
「誰がお姉ちゃんだ」
「お母さんもお母さんも‼」
「どうしました?」
「今日もお仕事頑張りました‼ ナデナデしてください」
「はい。ナデナデ致しますね」
「手を離したらダメ‼」
両手が塞がっております。それではナデナデできません。妹様が手を離そうと致しましたので強く握って離しません。失礼ながら母には頬にてスリスリさせて頂きました。
「くすぐったいっ」
お家に帰りましたらお風呂へ入って夕食です。
夕食は手作りのおにぎりです。
塩水を作り塩梅を確認。手を浸して握るおにぎりです。
「夕食におにぎりって斬新すぎでしょ。すごい美味しいし……ナニコレ? 皮?」
「竹皮です。捨てないでくださいね」
母のほっぺにくっついた米粒を摘まみ食べる私です。いい塩梅ですね。
失った塩分と水分をたっぷり補給し、明日に備えましょう。
スライスしたトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼもご用意しております。バジルソースを添えてお召し上がりになって下さい。
焼き豚ロールと卵の甘辛タレもご用意致しました。
豚コマ切り落としを丸めてロール状に形を整え焼いたものと、ゆで卵を半分に切り添えたものに、豚肉を焼いた後の脂で作ったタレを絡めたものとなっております。
お口に合いますでしょうか。
「如何でしょうか」
「おいひいわ」
「美味しい……このカプレーゼ好き」
気に入って頂けたようでなによりですね。綺麗に平らげて頂きました。腹六分目ぐらいが夕食にはベストと考えております。
母の頬に張り付いたお米粒を失礼ながら唇で拭わせて頂きました。
「きもっ。マジきもいっ。お姉ちゃんほんときもい‼」
あん。ひどいー。妹様の罵倒は甘んじて受けます。
妹様の頬におります米粒も摘まんで食べさせた頂きました。
「ほんときもい‼」
幸せです。
夕食後は三人でのんびりとホラー映画を鑑賞致しました。
母と妹の悲鳴が木霊するお部屋です。わたくしには少々刺激が足りないご様子。仕方がありませんね。
妹様が自分の部屋へと逃亡なさったのですが、一人であることが怖いらしく戻って参りました。ひっついて参ります。母も腕と体を強く寄せ離れません。お茶が美味しいです。
妹様は来年高等部へ進学です。お姉ちゃんは心配です。その様子でミラパへ挑めるのでしょうか。もう訓練はしているそうですがお姉ちゃんは不安です。
ゲーム上では民間の方も負けます。急にいなくなります。注意しなければいけません。
ミラパで行方不明だなんてゲーム上では辛うじて受け入れられても、現在の私には受け入れがたい事案です。
人の心配している場合ではないのかもしれませんけれど、妹様がいなくなったら私は悲しいです。悲しいどころでは済みません。
今後を見据えて攻撃手段を用意しなければいけませんね。
明日から早速行動に移します。
予定を立てましょう。
まずは【スローイング】スキルを拾参《13》まで上げます。
次に【モンスターテイカー】へ転身致します。【モンスターテイカー】へ移行するにはモンスターから稀に調達できる【血石】を取得する必要がございます。
アイテム【血石】を使うとモンスタースキルを習得できるのですが、私の欲しいスキルは【石礫】、【ロックブラスト】、【アイアンブラスト】の三つです。
スキル【石礫】は【鬼】から取得可能ですが、【ロックブラスト】は【ロックイーター】からしか得られません。【ロックイーター】には一応モンスター【デイダラボッチ】も含まれておりますので【迷宮コトアマツ】で習得するのは十分に可能です。ただ【デイダラボッチ】は規格外にお強いですので現状戦うのは難しいかもしれません。
スキル【石礫】を習得致しましたら一度【道殉】へと移行したほうが良いかもしれません。モナド【道殉】は所謂気功、頸を扱うモナドです。
【スローイング】スキル、【石礫】を習得致しますと組み合わせで上位のスキル、【ショットガン:石礫】へ変化させられます。【ショットガン:石礫】自体は大して強くありません。しかしながら【スローイング】スキルや【強肩】スキル、【遠投】スキルを組み合わせると威力が上昇致します。
さらに【道殉】で【頸気功】を習得し組み合わせますと【Reショットガン:石礫】へと強化できます。
このスキルがあれば雑魚は完封できます。
ここにさらに【指力】スキルや、【石礫】ではなく【ロックブラスト】を組み合わせると強力な攻撃スキルとなります。このように組み合わせると強力になるスキルが沢山ございます。
次の日、授業そっちのけでカードをポチポチする私です。
スキル【石礫】の【血石】は五万ちょいで出品がございました。お高いですが背に腹は代えられません。品物は機関で受け取れます。
一日二日で学校の様子が変わる事はございませんけれど古村崎さんが休みです。
姫結良さんとウィヴィーさんが休み時間になられますと、こちらへと参りましたのでお話し致しました。ウィヴィーさんはクラスに居場所が無いと嘆いております。
安心してください。わたくしもクラスに居場所はございません。
Fクラス一番の役立たずだと噂されているわたくしです。
姫結良さんが話かけてこられるのが意外で不思議です。
「あのよぉ、また今度さぁ下着を買うのをよぉ、手伝ってほしいんだけど……」
その人選はミスですね。
と過ごしていたら午後、ウィヴィーさんが男性の方に呼び出されたご様子。姫結良さんとこっそり覗きにゆきます。どうやら告白のようですね。クラスに居場所が無い等と申しておりましたのに、ぐぬぬぬぬぬ。
ウィヴィーさんは小動物のようにお可愛らしい方です。お気持ちはわかります。わたくしも告白したくなります。ですが残念ながら恋愛フラグ等が一切立ちません。当然のように断っておりました。
聖女はラッキースケベに対しても強力なガードが働きます。
ちなみに聖女をやめようとすると、それをやめるだなんてとんでもない、と過去ではテキストが流れておりました。お気持ち、お察し致します。
そして姫結良さんもDクラスの田中さんに呼びだされました。
姫結良さんは決闘だと考えていたそうですが、ウィヴィーさんと眺めておりますとどうやら告白のようですね。姫結良さんは顔を真っ赤にして田中さんを蹴りました。
白黒のニーソックスが良く似合っております。
人は恋をして滝を昇り竜へと変わってゆきます。マーベラス。素敵です。
残念ながら田中さんは断れてしまったようですね。ですがその勇気、誉れです。ファイトですよ。告白してからが勝負です。
「俺、まだ……付き合う気ねーよ」
帰って来た姫結良さんにございます。
「と申します事は、いずれ田中さんと付き合う気がある。と言うことでございましょうか?」
「んなわけねーだろ。田中から離れろや。なんで田中限定なんだよ‼ あいつの事なんか微塵も興味ねーよ‼ 彼氏とかマジありえねーだろ‼」
田中さん。これは脈が無さそうです。どんまいです。
「ウィヴィー、お前はどうなんだよ? なんで断ったんだよ」
「うーん……なんだろ。なんか違う気がして。あとよくわかんない」
後よくわからない力が働いているようですね。わかります。聖女の教示は甘くございませんからね。仕方がありません。わたくしが責任を持ちお友達を頑張ります。
プレイヤーと申しましても、好感度は上昇致しますが恋愛フラグは一切立ちませんからね。
「お前は……お前はどうなんだよ。寧々よぉ」
二人がわたくしを眺めます。告白された二人を前にして、告白すらされていない私はどうすれば良いのでしょうか。友達も……なのに恋愛等夢の又夢。
「……好きな奴とかいねーのかよ」
「なんと答えたら良いでしょう。なんとも答えられませんね」
「なんだよそれ‼ 教えろよ‼ 好きな奴をよ‼」
「母と妹でしょうか」
「お前それ身内じゃねーか‼ ふざけんな‼ 家族はノーカンなんだよ‼」
理不尽にキレられる私です。そう申されましても。
青春ですね。はえー。なんともポカポカ致します。
午後から二人と別れ機関へと赴きます。ウィヴィーさんと姫結良さんにお誘いをお受けしましたがやんわりと断らせて頂きました。はずなのに、はずなのですがウィヴィーさんが後に続いて参ります。おかしいですね。ウィヴィーさんがおります。行き先が同じですか。それは仕方がございません。
受付で立花さんから【血石:石礫】を受け取ります。
「なにそれ」
「良いものですよ」
モナド【モンスターテイカー】になるにはこれを食べる必要があります。難儀ですね。
水道でしっかりと洗い、口に含む私です。
味はありませんでした。
消えてなくなったのでカードでモナドを確認致します。【モンスターテイカー】が追加されておりました。【盗賊】から【モンスターテイカー】へと移行致します。
移行する前に【イザナミ迷宮】の人数を把握致します。六人ですか……。
少し気持ちがささくれる私です。なんでも思い通りに等ならないでしょうと自分に言い聞かせます。
「なにしてるの?」
「カードで空いているミラパ、迷宮を確認しております」
「そーなんだ」
ウィヴィーさんの質問の意図を判断しかねます。舌の上が渋くなる私です。
「では……ウィヴィーさんまた」
スカートの両端を摘まみ、お嬢様ムーブでお辞儀をする私です。聖女様の前ですからね。これぐらいの見栄は仕方がございません。
ロッカールームへ赴き、カードを表示して使用致します。
試着室のようにカーテンで仕切られた簡単な個室にございます。別に隠しているわけではありませんので不意に誰かに眺められたとしても仕方がございません。故意でなければのお話ですが。
そしてカーテンを抜けて中に入ったらウィヴィーさんが中まで入ってこられました。
「ウィヴィーさん?」
「なーに?」
困った方ですね。私が困った方です。
「……ウィヴィーさん。貴方は女性用更衣室を使用しなければなりません」
「ツキミンは?」
おっとツキミンとは私の事でしょうか。ニックネームをつけて頂けるとは、これはもはやもう友達と語っても過言です。過言でした。友達はそう簡単にはできない。身に染みております。木枯らしが目に染みますね。
「私はここで着替えます」
「ふーん。どうぞ」
どうぞ。えっ。どっどうぞ。どうぞってどうぞ。
「ウィヴィーさんがそこへおられますと着替えられません。それとウィヴィーさんは女性用更衣室を利用しなければなりません」
「絶対?」
「はい」
「どうしてもダメ?」
緩慢に移動を始めるウィヴィーさんです。こちらを窺いながらも。
「ダメです。女性用更衣室を利用してください」
「なんで?」
ため息が漏れそうになりますね。ここはしっかりウィヴィーさんに自分の可愛さ、そして儚さについて理解して貰わなければいけません。わたくしが襲ってしまいます。
「……ウィヴィーさん。貴方は、可愛いです」
「なんて?」
「ウィヴィーさん。貴方は可愛いのです」
「えっ、いやっあのっそうじゃなくて……あの」
「私は心配です。ちゃんと更衣室を利用して着替えて貰わないと……もっとご自分を大切になさってください。わたくし、こう窺いまして男です。襲ってしまいますよ? 貴方は可愛らしい事を自覚なさって下さい。唇を奪って欲しいですか? お胸を触りましょうか? スカートに手を伸ばしましょうか? ご理解頂けましたか?」
多少キツメの台詞ですが、相手を考えるのなら多少キツクても申し上げるべきかと存じます。
「うー……」
なぜか唸り声をあげ、威嚇するウィヴィーさんがおられます。お可愛らしいですね。
例の力が働いているようです。わかります。大丈夫。私は大丈夫です。何が大丈夫なのかをご理解しておりませんが大丈夫です。ふふふ。
ウィヴィーさんが緩慢に後ずさり、カーテンの隙間からこちらを窺っております。もう一人妹が出来たようにと浸るのは妹様に失礼でございましょうか。
「ウィヴィーさん」
「うー……」
唸りながらカーテンを閉めるウィヴィーさんです。そしてロッカーから取り出したタクティカル装備一式が考えていたよりもモモ臭くて驚きました。
視線を感じて振り返りますと隙間からウィヴィーさんがこちらを窺っておいでです。
「ウィヴィーさん」
「ちっ」
油断も隙も無いのだから。
「ところで……なんでこんなにモモくさいの?」
「うーっ」
おそらく顔が真っ赤となっていたでしょう。ついついウィヴィーさんを威嚇してしまいました。わたくしの体臭です。ぐぬぬぬぬぬ。