愛
「あんたさ、あたしのこと好きでしょ」
唐突な台詞だった。
隣の席になって2時間ちょっと。
そんなことを言ってきた彼女は、名前すらわからない。
「え」
とりあえず手に持っていたシャーペンを落下させ、わからないと言った表情で俺は苦笑いをしてみた。
「ね、あたしわかるんだから」
彼女は短く揃えて切った前髪を横に揺らしながら、無邪気に笑ってそう言った。
「……」
俺はと言うと、笑ったときに右頬にだけできるえくぼになぜか見とれて、押し黙っていた。
「ねえ」
いま、あの時よりも大分綺麗になった隣の彼女に問う。
「俺たちが初めて話したとき、おまえ何て言ったか覚えてる?」
きょとん、とした顔で彼女は俺を見つめた。
そしてふいに、笑顔になる。
いまも変わらない。
彼女は右頬にだけえくぼができる。
「あれね」
「うん?」
「そうであればいいなって思ったの」
それでね、言っちゃった。
彼女は小さく零す。
まるで悪戯をして叱られた子どものように、少しだけ縮こまった。
「そう」
最初から、俺はしっかり彼女に踊らされていたわけか。
なにが嬉しいのか、俺の頬は勝手に緩む。
「ほら、早く」
そんなデレデレな表情をしていたら彼女に急かされた。
そっと手を握る。
「幸せになろうね」
僕らは今日、結婚します。