キャンメロの日常 8
「痛いから! やめて!」
「あなたね! 何してくれてるの! わたしのお嬢様がせっかく持たせてくれたエメラルドが棚の下にいっちゃったじゃないの!」
マイラがわたしを抑えていない方の手で棚の下を指差した。どうやら、ティアラがコロコロと棚の下に転がってしまったらしい。
「取ったら良いじゃん……」
「手が入らないわよ!」
マイラが睨んでいる棚の下は、たしかに狭くて高さは1センチもなさそう。
「棒か何かで取ったら?」
「棒なんて入らないような場所に入っちゃし、暗くて見えないわよ」
ジッと見下ろすマイラの視線に嫌なものを感じる。
「だから、もっと小さくなってあなたが取りに行きなさい」
「えぇ、嫌だよ……」
1センチを下回るサイズの怖さは、当然マイラにはわからないだろう。
普通の子たちの呼吸が脅威になるサイズ。虫に餌と思われてしまうサイズ。踏み潰されても気付いてすらもらえないサイズ……。そんなのできるだけ回避したい。
「あんたが取ってくれないと、わたしが怒られちゃうのよ! あんたがわたしの手を噛んだからこんなことになってるんでしょ? 責任取って何とかしてよ!」
さらに力を加えられた。これ以上強く押さえつけられたらちょっとヤバいかも……。
苦しくて、気を失いそうになったときに、とんでもない声量が外から聞こえてきた。
「キャンを虐めたら許さないよ!!」
「メロ……」
わたしはメロディの方を見て、弱々しく微笑んだ。窓から手が入ってくる。
「な、何よ!?」
わたしを押し付けていたマイラのことをメロディが容赦なく握る。マイラはわたしの手を離してくれたから、今のうちに息を整える。
「とりあえず、今のうちに……」
マイラがいなくなり、集中して元のサイズに戻ることができた。
マイラはメロディに握られたまま外に連れ去られていったみたいだ。落ち着いて元のサイズに戻ってから、わたしは窓に近づいて、外を見た。立ち上がると、校舎よりも大きくなったメロディが目線の先にマイラを持っている。
マイラは怒っているメロディを見て、泣き出してしまった。本来は穏やかなメロディでも、10倍程のサイズになったら、とても怖いみたいだ。
「キャンに謝って!」
「キャ、キャンディ、ごめんなさい」
マイラは瞬時に謝った。あれだけプライドの高いマイラをあっさり謝らせるほど、今のメロディの目線は高いのか。まあ、冷静に考えたら生身で地上15メートルほどの高さに置かれたら怖くないわけがない。ほんのちょっとだけ、マイラのことを可哀想に思ってしまう。
「もういいよ、メロ」
メロディがわたしの声を聞いて、ゆっくりとマイラを教室に戻した。
「ごめんなさい……」とマイラは青ざめた顔で小声で謝った。素直に謝ってくれるあたり(メロディに脅された効果があるとはいえ)、マイラは根は悪い子ではないのだけれど、逆にそんな普通の子の力ですら凶悪になるのがこのサイズ。まあ、それは巨大なメロディに関しても同じことが言えるのだろうけれど。
「おーい、メロディ。サッカー早く戻ってくれよ」
呼ばれてキャンディが振り向いた。
「あ、戻るね!」
「ちょ、その大きさで来るなって!」
大きな地響きを響かせながらサッカーゴールよりも大きな足で戻っていった。メロディが足をゴール前に置いておくだけで、もう負けることはなさそうだ。