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限界突破と崩壊の終わりなき日常

システム化プロジェクトが中断して1ヶ月。神鑑社の状況は最悪の一途をたどっていた。


司書たちは次々と倒れ、社員たちも疲労困憊。ミスは増え続け、クレームの対応に追われていた。鑑太郎自身も、目の下のクマはもはや恒久的な顔の一部になりつつあった。


「神野くん、この依頼急いで!」

「神野さん、さっきの勇者の剣の鑑定、間違ってたみたいです!」

「神野!全知神様がお怒りだ!」


様々な声が彼の周りで飛び交う。鑑太郎の机の上には、もはや紙の山ではなく、紙の山脈が形成されていた。


そんなある日、鑑太郎の元に一通の依頼が舞い降りてきた。


「この水は飲めるか鑑定してくれ」


また同じような依頼か。鑑太郎はため息をつきながら、机を立ち上がろうとした瞬間、めまいに襲われた。


「神野さん!?大丈夫ですか?」小鳥遊さんが駆け寄る。


「ああ、ちょっと立ちくらみが……」


その時、天井から紙が降り注ぎ、鑑太郎の頭上に直撃した。


「ちょっと!休ませてくれよ!」思わず叫んでしまう。


しかし、そんな彼の訴えも虚しく、依頼は増え続ける一方だった。


同じ頃、異世界では……


「おい、最近鑑定結果が遅いな」と冒険者ギルドのマスターが言った。


「そうですね。先週依頼した武器の鑑定結果がまだ来ません」と冒険者が答える。


「まあ、気長に待つしかないな。代わりに占い師に聞いてみるか?」


「それもいいですね。あと、この水は飲めますか?鑑定お願いします」


「……お前、自分で匂いを嗅いでみろよ」


神の領域に戻ると、鑑太郎は保健室のベッドで目を覚ました。


「何が……」


「倒れたんだよ」と天照部長が言った。「過労だ。少し休め」


「でも依頼が……」


「心配するな。お前が倒れている間に、20%増えただけだ」


「それって心配する数字じゃないですか!?」


鑑太郎が部屋に戻ると、その惨状に絶句した。彼の机はもはや見えず、紙の山に埋もれていた。小鳥遊さんも、紙の山から顔だけを出して作業していた。


「小鳥遊さん!?」


「あ、神野先輩。元気になられたんですね。私はもうこのまま紙に埋もれて死ぬのかなと思ってました」


その時、全知神が現れた。


「諸君、わかったぞ!」と全知神は興奮した面持ちで言った。


「何がですか?」と天照部長。


「依頼を減らす方法だ!鑑定料金を導入しよう!」


社員たちは一瞬希望を抱いた。


「それなら、本当に必要な依頼だけが来るようになりますね!」と小鳥遊さん。


「そうだ!料金は……一件につき銅貨一枚だ!」


鑑太郎と他の社員たちの表情が凍りついた。


「銅貨一枚って……それじゃあ意味ないですよ!」と鑑太郎は思わず叫んだ。


「何を言うか!銅貨一枚でも、大量に集まれば大きな収入になる。我々は神の領域の会社だ。利益を追求するのではない!」


全知神の言葉に反論の余地はなかった。結局、銅貨一枚の料金制度が導入されたが、予想通り依頼数は全く減らなかった。むしろ「料金を払っているんだから、ちゃんと対応しろ」という新たなクレームが増えるだけだった。


1週間後、とうとう神鑑社の図書館が機能不全に陥った。本が元の場所に戻されず、検索不能になったのだ。


「もう駄目だ……」と冥府さんは呟いた。「本の整理だけで一生かかる」


そして、ついに最悪の事態が起きた。システムの完全崩壊だ。


依頼はあるのに回答できない。回答しようにも情報が見つからない。情報を探そうにも司書が倒れている。司書を回復させようにも回復魔法使いも疲労している。


ある朝、鑑太郎は出社すると、なぜか静かなオフィスに驚いた。


「今日は依頼が来ないんですか?」


天照部長は複雑な表情で答えた。「来ているよ。でももう紙が現れないんだ」


「え?」


「神鑑社のシステムが完全に機能不全に陥った。異世界の人々は鑑定スキルを使っているが、もう我々のところには届かない」


「じゃあ、どうなるんですか?」


「知らんよ」と部長は虚ろな目で言った。「異世界の人々は、鑑定結果が出ないことに気づいているのかもしれない。気づいていないのかもしれない。でもどうせ、彼らはまた使い続けるだろう」


「私たちの仕事は?」


「全知神様は『再構築』を命じられた。つまり、また一からやり直しだ」


鑑太郎は呆然と立ち尽くした。結局、何も変わらないのだ。システムは崩壊し、彼らの苦労は水の泡になり、そしてまた同じことの繰り返し……


その時、彼の頭上から一枚の紙が降ってきた。


「システム再起動完了。新規依頼受付開始」


そして次の瞬間、天井から紙が雪崩のように降り注いだ。


「うわああああああ!!!」


鑑太郎の悲鳴は紙の山に埋もれ、かき消された。


**数日後、異世界のとある村**


「ねえ、最近鑑定スキルの調子悪くない?」と村人A。


「そうかな?いつも通りじゃない?」と村人B。


「でもこの間、『この水は飲めますか?』って鑑定したら、『もう自分で確かめろ!!!』って返ってきたよ」


「へえ?それは変だね。でも便利だからまた使おうよ」


「うん、明日また使ってみよう」


**神の領域**


紙の山から半分だけ顔を出し、完全に生気を失った表情で仕事を続ける鑑太郎。


彼の周りでは社員たちが同じように紙に埋もれ、機械的に鑑定作業を続けていた。


「俺たちの苦労って……」と鑑太郎は呟いた。


「何か言った?」と隣の席の天川さん。


「いいえ、何も」


そして鑑太郎の目の前には、またしても「この水は飲めますか?」という依頼が舞い降りてきた。


鑑太郎の顔から表情が完全に消えた。


彼だけではない。周りの社員たちも、一人、また一人と表情を失っていった。


「この水は飲めますか?」

「今日の天気はどうですか?」

「この草は食べられますか?」


無意味な依頼が降り続ける中、鑑太郎たちはやがて考えることをやめた。考えると苦しいからだ。ただ機械的に、紙を受け取り、回答を書き、次へ進む。それだけを繰り返す日々。


上層部は相変わらず「改革」を口にしては否定し、現状維持を是とする幹部たちは静かに出世していった。変化を求める声はいつしか聞こえなくなり、全知神の「気合いと根性」という言葉だけが社内を漂っていた。


ある日、鑑太郎が最後の抵抗として放った「自分で確かめろ!」という鑑定結果に対して、たった一人の異世界の住人が「なるほど」と気づいた瞬間、神鑑社のシステムは完全に崩壊した。依頼が途絶え、会社は閉鎖され、鑑定スキルは異世界から消えた。


しかし、それすらも無駄な抵抗だった。異世界の住人たちは「最近、新しい占いの魔法が流行っているらしい」と噂し、次のスキルに飛びついていった。その裏では、また別の神の領域で、新たな社畜たちの物語が始まっていた。


これが、鑑定スキル最後の日となった。


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