9話「環境に慣れ、結婚式の準備もし」
「魔王、娘に手を出していないだろうな!?」
過保護な父は怖そうな見た目の魔王であるマオンに対して躊躇なく言葉を発する。
怖いもの知らずというか何というか。
私はマオンに対して申し訳なさを感じていた。父が責めるかのような言い方をしたからだ。マオンは責められたと感じるかもしれない、そんな風に心配した。
だがマオンは冷静だった。
「彼女が嫌がるようなことは一切していません」
しかも丁寧。
これには、さすがの父も驚いたような顔をしていた。
「本当なのだな?」
「もちろん」
「後から嘘だと分かったら……許さないからな!」
「魔王の名誉にかけて誓います、彼女が嫌がるようなことはしない、と」
こうして私は親とも合流できた。
もう欲しいものはない。
これからは満ち足りた気持ちで生きてゆける、この魔王城の、その中で。
両親とは別室となった。私のための部屋は三人が過ごすには狭かったからだ。ちなみに、両親には、二名で暮らせる広さの部屋が与えられたようだった。二人も冷遇されているわけではないのである。
私がここへ来て半年が経った。
私も、両親も、ここでの暮らしにすっかり慣れた。
「でねー、エベーラさんがね、言うのよ。ナットゥラゥァーッル! って。それがもう皆のつぼに入ってしまって、笑いが止まらなくなったの。皆大笑いしていたわー。あーおかしー、思い出しただけでも笑えてしまうわ」
母はいつの間にやら知人を増やしていた。彼女が親しくなっているのは基本的に手伝い係として働いている女性たちである。彼女たちは魔族であり、容姿は人間のそれとは少々異なっているのだが、だからといって仲良くなれないわけではないようで。母はよく親しくなった女性との話を聞かせてくれる。
ちなみに、父は、この地ではよく食べられる青黒い木の実が気に入ったらしい。青黒い木の実が使われたお菓子が出るといつも喜んで無邪気な子どものように食す。母の分まで食べることもあるほど、父は青黒い木の実を気に入っている。
……という感じで、私たちはそこそこ楽しくやれている。
ちなみに、来週には私と魔王マオンの結婚式が待っている。もうすぐ私は彼と結ばれることとなるのだ。ついに。正式に。
「失礼いたします」
「あ、ヴァッファリーナさん!」
「魔王様より、呼び出しです。結婚式に関する件かと」
「あ、はい! では参ります。母さんごめん! ちょっと行ってくるわ」
「はーい」
今さらだが、正式に魔王の妻となったら……私はどうなるのだろう? 家庭を築く? 異種族だけれど、子を設けたりもできるものだろうか? 王の妻としてきちんと振る舞う必要もあるだろうし、そのための勉強も必要だろうか……?
想像できない。
未知の部分もあることはある。
「ご案内いたします」
「お願いします」
でも、私は、悩みばかりに脳を使うことはやめようと思う。
脳の無駄遣いはしない方が良いだろうから。
今はただ、前を向き、己にできることを一つずつやっていくしかないのだ。
「ローレニアさん! あ、あの、急に……急にすみません!」
「いえ」
「実は衣装のことで」
「衣装?」
「結婚式の後のパーティーでローレニアさんが身につける衣装のことです」
その日、私は、マオンと色々話し合って衣装を決めた。
二人で相談して決めたドレス。
身につけるのが楽しみだ。
「よ、よよ、よよ……よく! にあ、似合い! ますよそれ!」
「マオン様、ありがとうございます」
私が好きな色、紺色、その色のドレスを着ることにした。
「これならきっと、素晴らしい日になると思います」
「ローレニアさん……!」
「ありがとうマオン様、とても素敵なドレスとなりそうで嬉しいです」
でもこの時はまだ知らなかった。
……この世界とて、善人ばかりではないのだと。