11話「そして訪れる、結婚式の日が」
ドレスを破壊されたことには驚いたけれど、犯人は捕まったわけだし、もうそこまで気にすることはないだろう。
確かに、私の存在を良く思わない者もいるのかもしれない。
けれどもそれとは対照的に私のことを良く思ってくれている者もいるのだ。
誰もが私の存在を不快に思っているわけではない。皆が私の存在を鬱陶しく思っているわけではない。
だから私は前を向く。
敢えて良いところへ目を向けるようにする、というのも、生きやすくするための一つの手だろう。
そんな風に思いつつ迎えた結婚式前日の夜。
「ローレニアさん」
自室にいたところ、魔王たるマオンが訪ねてきた。
「あ! マオン様」
彼の黒く長い髪を目にするだけでほっとできるようになってきた。
慣れとは不思議だ。
今はもう彼に恐ろしさは感じない。
「そ、その……」
彼は何か言いたいようだが少しばかり躊躇っている様子。
切り出す勇気が足りないのか。
「何ですか? 何でも言ってくださいね」
言いたいことを言いやすいように、と考え、そう声をかけてみると。
「明日……よろしく、お願い、します」
やがて彼はそう言った。
「え。わざわざそれを?」
思わず本心をこぼしてしまう。
さすがに失礼だったか、とも思ったけれど、彼は案外不快感を覚えている様子はなくて。
「そうです。伝えておこう、と、思い」
「こちらこそ! よろしくお願いします!」
マオンと話していると心が柔らかくなる。
「共に、幸せに……なりましょう」
「はい。ありがとうございます、そして、お互い幸せになりましょう」
始まりは捨てられたことだったけれど、それでも、私たちは関係を深めてきた。少しずつ積み重ねてきた。だから、今はもう、彼と生きることに迷いはない。これも、彼が待ってくれたから。彼が無理矢理結婚を求めなかったからこそ、結ばれようと思える今がある。
意外な形の始まりでも。
幸せな未来を信じたい。
「「「我らの王、魔王様! ご結婚おめでとうございます!」」」
結婚式は無事執り行われた。
警備は厳重。
しかし事件が起きかけるようなことはなかった。
その日の夜、パーティーの最中。
夜風を浴びにベランダへ出ていると。
「ローレニアさん、涼み中ですか」
背後から声をかけてきたのはマオン。
「あ、はい。そうなんです。お話していたら少し暑くなって。それで、少し涼もうと、ここへ出ていました」
ここは心地よい。
爽やかな乾いた風が通り過ぎてゆくから。
「……あ、えと、もしかして……じゃ、邪魔でした?」
気を遣うような顔をするマオン。
このままだと罪悪感を感じさせてしまう、と思った私は、念のためはっきりと伝えておく。もし彼が悩んだり悶々としたりしたら可哀想だから。
「いえ。そんなことはありません。むしろ、来てくださってありがとうございます」
「あ……な、なら、良かった……です」
彼の手にはグラスが二つ。
「よければこれ、飲みませんか?」
「飲み物ですね」
「は、はい、そうです。このジュース、確か、前にローレニアさんが気に入ってたと思い。お好きかな、と」
「そういえば。確かに、以前美味しく飲んだ記憶があります」
「では……差し上げます。よければ、どうぞ。飲んで……くださいどうぞ」
「ありがとうございます!」
グラス一つを受け取る。
向かい合い、同じグラスをそっと手にする。
「で、では……か、乾杯」
「はい。乾杯!」
二人、グラスを寄せ合った。