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最強少女は青春を闊歩する  作者: 三田啓介
1/1

やはりメガネは最強です

  プロローグ

黒のトレンチコートに黒マスク。黒縁の伊達メガネをかけて、足には革靴。僕はその空間の中をチラリと覗いた。触れればヒラヒラと舞ってしまうほど弱いその防御壁は今の僕にとってはどんな壁よりも分厚く感じていた。大丈夫、完璧だ。僕の服装は紳士そのもののはずだ。このためだけに買った全身真っ黒セットはこの防御壁の突破に最適かつ、最強の装備のはずだ。この状態なら今まで幾度となく敗北を喫してきたこの強敵に対しても、戦えるはずだ。深呼吸をする。そして、優雅にファッション雑誌を手元から棚に戻す。一歩一歩確実に、そして優雅に、僕はr18と書かれた暖簾を潜った。

僕は16歳の一般的な高校2年生である。一人暮らしを始めて2年と半年ちょっと。親元を離れたくて一人暮らしができるこの街にやってきたが、その暮らしも停最近は滞気味だった。新鮮さはとうに失われ、今の僕を奮い立たせるのは手元にあるこいつだけだ。偽装した身分証明書と親からの仕送りを8割ぐらい詰め込んで買ったコートと革靴と伊達メガネ。これらを全て駆使して手に入れた桃色遊戯のための高尚な本達こそが僕の生活の潤いである。馬鹿だと言うか? 実際馬鹿だと思うよ俺も。しかし! しかしだ高校生諸君。本屋のr18コーナーに入ることは試験で100点を取るよりも難しい。そしてそれをレジに通すことは受験よりも難しいと思わんか! このためだけに半年を費やしてきた。食費を削り、学校の教材はフリマサイトで購入した。その努力こそ、褒め称えられるべきことだと思う。いや、思わないか。ま、いいや。そろそろ帰ろう。現在時刻は23時。いくら大人に見えようとも警察に見つかり職質でもされたらどうしようもない。人口の9割を学生が占めるこの街においては、大人は珍しい存在だから。古本屋を後にして、道を行く。この時間に街にいるようなのはヤンキーと数少ない社会人のみである。右手にのしかかる重みに胸を膨らませ、しかし紳士的に、大人の立ち振る舞いを欠かさない。今日は少し近道をしよう。夜の街は危険がいっぱいである。裏道を通ればヤンキーに絡まれるし、そうでなくとも、犯罪はよく起こる。その中には一般の法律で裁けないような、普通じゃない事件も発生するわけで。だけど、今日ばかりは! 自分を褒めたい!そして慰めたい! わーい路地裏の近道を通るぞー。

「あ」

建物と建物の間に挟まれた幅狭の道の終わりには自販機が置いてある。そしてその両脇には住宅街につながる道がある。つまり僕が真っ直ぐ見ている方向は行き止まりで、そこには唯一の明かり、自販機が置いてある。メガネをかけた女子高生が、その自販機の前でゴツいヤンキーに襲われようとしていた。見るからに怖そうな、ヤバそうなヤンキー。警察、いや待て今にも襲われそうだ。どうしよう、どうしよう。頭が混乱する。風が吹いて、袋がカサカサと音を立てる。適度な重さを持った右手のエッチな書籍の束である。

「っ!」

とにかく走った。何も考えずに、伊達メガネも飛んでくぐらい、革靴が傷つくぐらい。

「へへ、嬢ちゃんかわいいねぇ。いいことしない? 気持ちいいよぉ」

ヤンキーの手が女の子にかかろうとする。

「やめろぉぉぉぉ」

全力で俺は書籍が入った袋をヤンキーめがけて投げた。頭に命中。

「ってぇ......なんだテメェ!」

ヤンキーがこちらを振り向く。顔に傷の跡、左手にナイフ。ああ死んだなこれ。女の子を守るように両手を広げる。

「早く逃げろ!」

自分で自分を笑いたくなる。エロ本投げつけて、カッコつけて。それで死ぬんだから。

「とりあえずお前から死ね」

鋭い先端が自販機の光を反射してきらりと光った。でもまぁ

「最後ぐらい良いことできてよかったなぁ」

怖くて目を閉じた。才能もなくて、親不孝で法律に触れるようなクズで、何も成し遂げられなかった。現実から目を逸らして。だけど、これで良かった。これで良いんだ。誰かを助けられた。僕は、死んでもいいと思った。

「ううん、ありがとうお兄さん」

「え」

女の子の声を始めて聞いた気がする。悲鳴も上げてなくて、逃げもしていなかった。

「ごめんね、実は私、結構強いんだ」

目を開けた先には、少女がヤンキーの顔に回し蹴りを喰らわせているところだった。どんっと鈍い音が鳴ったと思うと、ヤンキーが白目を剥き床に寝っ転がっていた。

「ぐへぇ......」

呆然とするほかなかった。自分の何倍もあるような体格のヤンキーを蹴り飛ばす。少女は平然とヤンキーの前でしゃがんだ。

「うーん、起きるまで時間かかりそう」

こんなこと、できるのは。

「なぁ」

情けない声が出た。

「なに? お兄さん」

少しの恐怖を持って。

「お前、超能力者か?」

少女はぱっぱとスカートを払って。

「この辺では珍しいよね」

と言った。


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