王都での買い物
王都ではハーモニカで小銭を稼ぎながら安宿で暮らすつもりをしていたが、研究対象には傍にいて欲しいとアルバインさん言われてカーソル邸に居候する事になった。
バーニドアはバッハレドの百倍以上はあり、人も多くて活気に満ちていて、騎士養成学校、魔術師養成学校、文官養成学校など王宮に勤めようとする者を教育する機関と、冒険者養成学校のように一般人の職業訓練所のような機関があった。
当然冒険者養成学校は下級学校と見下されていたが、宮廷魔術師団のトップに立っていたアルバインさんが、なぜか特別教官を務めていた。
本当の強者は実戦の中で生まれると言う考えを持っているアルバインさんは、引退後は王宮を離れて魔法の深淵を求めてさらなる強者を探しているらしかった。
♪・・・♪・・・♪。
「入学前に服装を何とかしないといけないなぁ」
書物が大量に並んでいる書斎でハーモニカを吹いていると、僕の頭から足元までを見ていたアルバインさんが声を掛けてきた。
「服装ですか?」
木綿の白いシャツの上に革のチョッキを着て革のズボンを穿いていたが、冒険者には似合わない格好のようだ。
「ううん。どう見ても作業着にしか見えないからな」
「テイマーはどのような格好をしているのでしょうか?」
戦士や剣士、魔法使いの格好はゲームの知識で想像がついたが、テイマーについては殆ど知らなかった。
「服装が決まっている訳ではないが、もう少し体にピッタリして防御力が高い物が望ましいな。それに、マントも欲しいかな」
アルバインさんにもはっきりしたイメージはないようで、凄くアバウトな指導だった。
「そうですか。探してみます」
「防具専門店に行けば、手頃な物が買えるんじゃないかな」
「明日、行ってきます」
王都に来て三日経っているが、まだ街には出た事がなかった。
「そうしたまえ。ユリナに案内をさせようか?」
「色々と見たいので一人で行ってきます」
ユリナさんと一緒だと落ち着かないので、慌てて申し出を断わった。
「サスケ君が一緒なら心配する事もないだろう」
アルバインさんは僕の隣で寝そべっているサスケに視線をやると、何度か小さく頷いている。
石畳の街道の両脇には露天商が並んでいて、街は買い物客で賑わっていた。
お昼前にカーソル邸を出てきたので腹が減っている僕は、串に刺さった焼肉を二本買うことにした。
「五百ギルだぜ」
「はい」
貨幣価値が分からなかったが足りるだろうと思って、革の巾着袋から金貨を出して渡した。
「おい、おい。一万ギルを出されても釣りがないぜ」
鉢巻をしている店主が困った顔をしている。
「ご免なさい。これしか持っていないんです」
巾着袋には神様から貰った金貨しか入っていなかった。
「他で買い物をして小銭が出来たら、払いにきたらいいぜ」
金貨を返した店主が、焼肉を渡してきた。
「いいんですか?」
「動物が懐く人間に悪人はいないからな」
僕の隣でお座りをしているサスケを見た店主は、笑顔になっている。
「ありがとうございます。後でお支払いにきます」
店主に礼を言うと、広場でサスケと焼肉を美味しく食べた。
(焼肉が五百ギルで、金貨が一万ギルか)
初めての買い物で、大凡の貨幣価値が分かった。一ギルが日本円で一円で、金貨は約一万円のようだ。
アルバインさんに教えて貰った防具専門店は、すぐに見つかった。
「何を探しているんだい?」
ピカピカに光った鎧や、ゲームに出てくるような防具を珍しそうに見ていると、坊主頭の店主と思われる厳つい男が声を掛けてきた。
「テイマーが着る服を探しています」
「テイマーねェ。防御に特化した革鎧だったら、これだな。普通の剣では斬れない優れ物だぜ」
店主は鉄鋲が無数に付いた革鎧を、ドサっと大きな音を立ててカウンターに置いた。
「重たそうですね」
「お前さんには着こなせないか。こっちは魔法防御に特化した革鎧だ。これなら軽い上に、初級魔法は全て撥ね返すぜ」
今度は黒光りする高価そうな、ジャケットのような革の服を出してきた。
「凄いですね。お幾らぐらいするのですか?」
「五十万ギルだ、お値打ちだろ」
「五十万ですか!」
「何だ、あまりの安さに驚いているのか?」
「あまりにも高いので驚いているのです」
アルバインさんに良心的な店だと聞いていたので、本音が出てしまった。
「予算は幾らぐらいなんだ?」
「五万ギルぐらいを考えていました」
恥ずかしくなって声が小さくなった。
「来る店を間違えたようだな。冷やかしならさっさと帰ってくれ」
厳つい店主の顔が、さらに怖い顔になった。
「この街をよく知らないので、アルバインさんの紹介で寄せて貰ったのですが、僕には不釣合いなお店のようでした。失礼しました」
店主に申し訳なくて頭を下げた。もう少し手頃な店を探さないと、装備品一式を揃えたらギルドに預けてあるお金を使っても足りなくなってしまう。
「アルバインさんって。アルバイン・カーソル氏のことか?」
「そうです」
「大魔導師アルバイン・カーソル氏とは、どんな関係なんだね」
「アルバインさんには色々とお世話になっていて、今はカーソル邸で居候をさせて貰っています」
「アルバイン・カーソル氏の御紹介なら、そう言ってくださいよ。勉強させて貰いますので、お好きな商品を選んでください」
店主の態度が明らかに変わっている。
「しかし、高すぎて僕には手が出ませんよ」
「このまま帰って貰うと、アルバイン・カーソル氏に怒られますので、何か買っていってくださいよ」
厳つい顔の店主が客に媚を売るといった、変わった状況になっている。
「どうしたものかなぁ」
上位的な立場に慣れない僕は、言葉にさえ迷ってしまった。
『主よ。ハーモニカを吹けば、何か反応があるのではないですか?』
『そうかな』
「ご主人。ここでハーモニカを吹かせて貰っても構いませんか?」
「ハーモニカ? 何だね、それは?」
「楽器なんですが、大きな音は立てませんので、お願いします」
「好きにしてくれていいよ」
「ありがとうございます」
♪~~~♪~~~♪‼。
サスケが躰を寄せてきたので、〔夢の中へ〕を静かに奏でた。
♪~~~♪~~~♪‼。
暫く吹いていると、部屋の隅に置かれている木箱の底の方から淡い光りが洩れた。
「ご主人。あの木箱には何が入っているんですか?」
「売れないので処分しようと思っていた服や、壊れた武具が入っているんだが?」
「中を見せて貰っても構いませんか?」
「構わないぜ」
店主には淡い光りが見えていなかったのか、怪訝そうな顔をしている。
確かに木箱には、使い道が分からない武具が数点と、古ぼけた革の服が一枚入っていた。
『その服が光っていたようですね』
『サスケには、この服の性能が分かるか?』
『ハーモニカには反応していましたが、古い服にしか見えません』
「ご主人、この服は幾らですか?」
「その革鎧は止めておいた方がいいぞ」
店主は僕が持っている服を見て首を横に振っている。
「どうしてですか?」
「それは十年以上前に知り合いに頼まれて引き取った、呪われた革鎧なんだよ。棚の奥で埃を被っていたんで捨てる事にしたんだが、そんな形をした服だったかなぁ」
「これが呪われた革鎧ですか? どのような呪いが掛かっているのですか?」
古ぼけた服は高校で着ていたブレザーに似ていて、どう見ても革鎧には見えなかった。
「ワシにも分からないんだ。上位の冒険者だった奴が、ダンジョンの最下層で手に入れたと言っていたなぁ」
店主は古い記憶を思い出しているような話し方をした
「そうですか。これを売ってください」
ハーモニカに反応した事が気になって、思い切って買うことにした。
「それは処分する積もりだったんだ、タダで持っていっていいぞ」
「そう言う訳にはいきません、五万ギルで売ってください」
「値切る奴はたくさんいるが、捨てると言っている物に金を出そうとは、変わっているな」
店主が初めて笑顔を見せた。
「売って貰えますか?」
「そこまで言うのなら一万ギルでどうだ。ただし呪われても責任は持てないぞ」
「分かっています。では、これでお願いします」
「どうかしたか?」
「九千ギルにまけて貰えませんか?」
巾着袋から金貨を出して、焼肉の支払いを思い出した。
「なんだ、急に金がおしくなったか?」
「ここに来る途中で焼肉を買ったのですが、細かいお金がなかったので支払いが出来ていないので、お釣りが欲しいのです」
「本当に変わった奴だな、名前を聞かせてくれないか?」
「ジュンイチです」
「ジュンイチか、覚えておこう。お釣りの二千ギルだ、取っておきな」
店主は笑いながら銀貨を二枚渡してきた。
「ありがとうございます」
「何か要るのもがあったら来てくれ、歓迎するぜ」
「分かりました」
銀貨を巾着袋に入れると、受け取った服を着てみた。
サイズがかなり大きくて防御力が高まるどころか、動き難くいほどだった。
(失敗したかな)
『主よ、ハーモニカを吹いてみたらどうですか?』
僕を見上げているサスケが笑っているように見えた。
「ご主人、ちょっと失礼します」
♪~~~♪~~~♪‼。
サスケから魔力供給を受けながら[風よ光りよ]を奏でると、ブカブカだった服が縮んでサイズがぴったりになっただけではなく、シミもシワもない綺麗な紺色のブレザーになった。
「どうなっているんだ?」
「僕にも分かりません、アルバインさんに聞いて見ます」
「何か分かったら教えてくれよ」
「分かりました。また来ます」
古ぼけた服が真新しくなった事に驚いている店主に頭を下げると店を後にした。