王都バーニドアへ
王都までは馬車で三日も掛かるそうで、狭い馬車の中はとても気まずい時間だった。
ユリナさんと向かい合って座っているのだが、彼女は一言も話さず鋭い眼差しで僕を観察するように見ている。
「ユリナはフェンリルを知っているかな?」
ユリナさんの隣に座っているアルバインさんが話し掛けた。
「はい、おじいさま。大昔に生息した伝説の魔獣ですね、文献で読みました」
「どれぐらい知っているのかな?」
「はい、体長は五メートルほどで、額に角があり、一国の軍隊に匹敵する力があったと記憶しています。フェンリルがどうかされたのですか?」
「近々、我々の前に現れるような予感がしているんだ」
アルバインさんは、僕の横で寝転がっているサスケに視線を向けている。
「ご冗談ですよね!」
ユリナさんが美貌を引き攣らせている。
「ううん。儂の夢は正夢になる事が多いからなぁ」
アルバインさんは腕組みをすると、瞑想するように目を閉じた。
「もしも、もしもですよ、フェンリルが現れたら、どうすれば良いのですか?」
勝ち気なユリナさんが真剣な表情になっている。
「決して敵意を向けない事だな」
「おじいさまが宮廷魔術師団を率いられても、勝てないのですか?」
「勝てないだろうな」
「そんな……」
言葉をなくして馬車の外を見詰めるユリナさんが遠い目をしている。
サスケのモフモフ頭を撫でる僕は気が重かった。もしも、サスケの正体がバレたら謂れのない迫害を受けるのは間違いないだろう。
川の近くで馬車が止まり一日目の行程が終わった。
「今日はここで野宿だな。焚き木を集めてくれ」
アルバインさんは迷いが吹っ切れたのか、笑顔でサスケの頭を撫でている。
ここは王都に向かう街道の休息地点になっているのか、焚き火の跡が幾つも残っていた。
焚き木を集め終わると夕食の準備が始まった。
昨日は火を着けるのに苦労した焚き火だが、枯れ木の山にアルバインさんが手を翳すと一瞬で燃え上がった。
「どうした、驚いたような顔をして」
「魔法を見たのは初めてでして」
「着火なんて、火属性魔法の初歩よ」
ユリナさんはアルバインさんの魔法に驚いている僕を見て、嫌味な笑みを浮かべている。
「そうなのですか」
「貴方からは魔力を微塵も感じないけど、今までどうして生きて来られたのかしら」
「ユリナ、仲良くするように言っただろ」
「ごめんなさい、おじいさま」
ユリナさんはアルバインさんに謝りながら僕を睨んでいる。
夕食は御者を務めているカイジさんが作った肉入りのスープと、柔らかいパンと焼き肉だった。
「おじいさま」
「どうしたんだ?」
「この辺りは動物の水飲み場にもなっている筈なのに、今日はウサギ一匹見ないのですが何かあったのでしょうか?」
怪訝そうな表情をしたユリナさんが、静まりかえっている周りを見回している。
「そんな日もあるさ。儂はジュンイチ君と少し話しがある、明日は夜明けと共に出立するから、食事を済ませたら早く休むように」
「見張りはどうなさいますか?」
「心配ない。明日に備えてカイジも早く休むように」
「分かりました、旦那様」
カイジさんは大人しく、必要なこと以外喋らない人だった。
ユリナさんは不機嫌そうな顔をしているが、アルバインさんには逆らえないようで馬車に戻って行った。
「ジュンイチ君、ハーモニカを聞かせてくれないか」
「静かにしていなくて大丈夫ですか?」
「サスケ君がいるんだ、心配はない」
「しかし」
暗闇に目を向けると、何かに見られているようで体が震えた。
「野生動物は敏感だから、サスケ君の気配を感じて隠れているんだよ」
「しかし、魔物が」
ゴブリンがコシナダ村を襲って来た時の事が思い出された。
「街道に現れる魔物はダンジョンから迷い出たはぐれだから、滅多に現れる事はないんだよ」
「そうなのですか」
アルバインさんは僕の怯えようを見て、クスクスと声を漏らして笑っている。
たとえ魔物が現れも大魔導士さんと一緒にいるのだと自分を納得させ、チョッキの内ポケットからハーモニカを取り出すと、
♪・・・♪・・・♪。
[月の砂漠]を静かに奏でた。
♪・・・♪・・・♪。
「心が安らぐね。今度はサスケ君の魔力を借りて子守唄を吹いてくれないか、それと明日の朝は君のハーモニカで起こしてくれたまえ」
アルバインさんは楽しそうに僕を見て微笑んでいる。
「しかし、魔物が……」
『主よ、心配ありません。魔物の気配は一切ありません』
サスケが擦り寄ってきた。
「何かあれば起こしてくれればいい」
アルバインさんは横になると目を閉じた。
♪~~~♪~~~♪‼。
子守唄なら同じ効果があるのか確かめたくて、今回は[竹田の子守唄]を奏でてみた。
♪~~~♪~~~♪‼。
アルバインさんはすぐに静かな寝息を立て、野営地は静寂に包まれていった。
サスケのモフモフに包まれて眠った僕は、早い朝を迎えた。
♪~~~♪~~~♪‼。
皆が元気に目覚めるように[新しい朝が来た]を、気合を込めて吹いた。
♪~~~♪~~~♪‼。
「いいね、こんな清々しい朝は久し振りだよ」
起き上がって背伸びするアルバインさんは、満面の笑みを浮かべている。
「申し訳ございません。朝食の準備をしなければならないのに寝過ごしてしまいました」
「構わないさ。朝食はパンと、昨夜のスープの残りだけで十分だから」
慌てるカイジさんにアルバインさんは優しかった。
「おはようございます」
「おはよう。良く眠れたようだな」
オジイ様に挨拶しているユリナさんも晴れやかな表情をしているので安心していたが、走行中の馬車の中は昨日より気まずかった。
黙ったまま馬車の外を見ているユリナさんは、僕とは一度も目を合わそうとしないのだ。
「ジュンイチ君、何か聞かせてくれないか」
流石にアルバインさんも耐えられなくなったのか、ハーモニカの演奏を要望してこられた。
「分かりました」
♪・・・♪・・・♪。
[旅立ちの歌]や
♪・・・♪・・・♪。
[思えば遠くに来たものだ]など、旅に関係がありそうな曲を数曲吹いたが、ユリナさんはチラッと僕を見ただけでまた外を向いてしまった。
サスケの力を借りないただの演奏では、人の心は動かせないようだ。
三日間気まずい思いをしながら、フレッツ王国の王都バーニドアに到着した。