幕間21【氷結の薔薇】のクラリス
私はフレッツ王国で最強の冒険者【氷結の薔薇】のリーダー、クラリス。
シシナダのダンジョンでの戦いで【名もなきジョブ】の力を知った私は、ジュンイチ殿の下で修行がしたかったが、SSS冒険者に教わる事はあっても教える事はありませんと断わられてしまった。
セキハラ草原に出向く口実を探しているとき、宮廷軍が【名もなきジョブ】との連絡係りを募集しているのを知って応募した。
最強の冒険者に雑用係りはさせられないと言われ、王女様と付き合いのある私はコネを有効に使ったつもりだったが、実際には応募したのは私だけだったのだ。
宮廷軍のアルカイン・カーソル氏は【名もなきジョブ】に全面的な信頼を置いているらしく、私は月に一度の頻度で手紙をジュンイチ殿に届けることになった。
「リーダー。セキハラ草原に行くのは構わないけど、どんなに急いでも片道十日は掛かりますよ。月に一度往復するとなると、冒険者の仕事は出来なくなりますね」
フロリダに指摘されて始めて、自分の考えのなさに気づき仲間に頭を下げた。
数日後、ジュンイチ殿が連絡係りに道案内をするために来てくれるから、バーニドア近郊の草原で待っているようにと、アルカイン氏から連絡があった。
仲間と広い草原で待つこと数時間。宮廷軍からもジュンイチ殿からも連絡がなく、放置されたままになった。
アルカイン氏には採用が決まったときに、駆けだし冒険者扱いして欲しいとお願いしておいたので、以前のような最強冒険者扱いとは雲泥の差だった。
「リーダー、そろそろ帰りますか?」
「そうだな」
もうすぐ日が暮れるので、流石にこれ以上は仲間に迷惑はかけられなかった。
「ワイバーンです!」
フロリダだがバーニドアに近づいてくる大きな影を見て、ステッキを翳している。
「首都の近くに魔物が現れるなんて。皆、油断をしないように」
連絡員として試されているのかと思いながらも、警戒を疎かにはしなかった。
ワイバーンの背中に人影が見えたのでようすを見ていると、草原にゆっくりと着地してきた。
「お待たせしました」
「ジュンイチ殿!」
まさかワイバーンに乗って現れるとは想像もつかなかった。
「【氷結の薔薇】の皆さん!」
お互いに驚いて言葉が続かなかった。
「アルカインさんに言われて連絡係りの人を迎えに来たのですが、どこに居られるか知りませんか?」
「私がアルカイン氏に任命された連絡係りです」
「クラリスさんが、ですか? 冗談は止めてくださいよ」
「冗談ではありません。よろしくお願いします」
私が頭を下げたので、仲間もジュンイチ殿に敬意を示してくれた。
「お忙しいクラリスさんが連絡員をされるぐらいでしたら、僕のほうで適任者を探しますよ」
「私では駄目でしょうか?」
「そうではありません。最強の冒険者に雑用をして貰うのが申し訳ないのです」
「ジュンイチ殿とバーニドアのパイプ役が雑用だとは決して思っていません。私に連絡員をさせてください」
「私達からもお願いします」
仲間全員が頭を下げてくれた。皆も【名もなきジョブ】の力を認めているのだ。
「分かりました。一つだけお願いがあります、僕を呼ぶのに敬称をつけないでください。皆さんのほうが断然に格上なんですから」
ジュンイチ殿がどうしても譲らなかったので、そこは折れるしかなかった。
「今日は道案内をしてくださると言うことですが、今から出立するのは無理ではないでしょうか?」
完全に日が落ちれば真っ暗なってしまうので、出立は明日にするべきだと考えた。
「クラリスさんだけでしたら、二時間ほどでセキハラ草原に着きますし、帰りは五分もあれば戻れますので閉門までには間に合いますよ」
「……」
ジュンイチ殿が言っておられることが、まったく理解できなかった。
「遅くなりますし、出発しましょうか?」
「は、はい」
「フェニック、頼んだぞ」
「はい。主様」
ワイバーンが人間の言葉を喋ったので驚いた。
「フェニックって、いつも肩に乗せている鳥ですか?」
「そうです。空龍のフェニックです」
「空龍って、ドラゴンですか!」
ジュンイチ殿が連れていたのがドラゴンだと知って足が震えた。仲間達も驚愕に頬を引き攣らせている。
「さあ、乗って下さい」
「エエ!」
フェニックの背中に乗ったジュンイチ殿が手を差し伸べてきた。どこまでも規格外の行動に、ただただ従うしかなかった。
広い背中の上でわずかの突起に摑まって震えていると、ひと羽ばたきしたフェニックがゆっくりと浮上して飛び始めた。
「ヒィー!」
馬の数倍、いや数十倍の速さに悲鳴を上げて、必死でしがみついた。
山を越え、海上を渡ると、すぐに広い草原が眼下に広がった。
「着きましたよ」
飛行中、私を見ないようにしていたジュンイチ殿がフェニックから飛び降りた。
「ここが、セキハラ草原ですか?」
フェニックから降りた私は足が震え、声が震えた。
「そうです。皆を紹介したいのですが、今日は時間がありませんから今度にして、バーニドアに戻りましょう」
小さくなったフェニックを肩に乗せたジュンイチ殿が神殿に向かわれたので、フラつきながら追いかけた。
初めて冒険者ギルドで会ったときは頼り無さそうに見えていたのに、今はその背中が物凄く大きく見えた。
「この転移魔方陣でバーニドアに戻ります。次にセキハラ草原に来られるときは、この魔方陣と部屋をイメージしてワープしてきてください。カトレアさんの魔力があれば可能でしょう」
ジュンイチ殿の説明に「はい。はい」と頷くことしか出来なかった。
「この部屋をしっかり記憶したら、次はバーニドア近郊の草原をイメージしてください」
私は言われるままに脳細胞をフル回転させた。
「イメージできたら行きますよ」
♪~~~♪~~~♪‼。
魔方陣の中央に二人で立つと、ジュンイチ殿がハーモニカを吹き始めた。
一瞬で風景が変わり、私達はバーニドアが見える草原に立っていた。
その後、カトレアに転移の方法を伝授したジュンイチ殿は帰っていかれ、私は正式に連絡員として働くことになった。
「クラリス、セキハラ草原に行って、ジュンイチ君を呼んできてくれ」
アキヨシのダンジョンの前で指揮を取っておられるアルカイン氏が険しい顔をされている。宮廷軍と冒険者の精鋭が陣を張って三日目のことだった。
ダンジョンから溢れ出てくる魔物の戦闘力が今までより数段アップしていて、このままでは近くの街の住民が襲われる可能性が出てきたのだ。
「分かりました。行ってきます」
セキハラ草原の墳墓内にある転移魔方陣の部屋をイメージすると、カトレアに大量の魔力を注ぎ込んで貰って転移した。
カトレアの話では一度の転送で魔力を殆ど使い切るそうで、魔方陣を多用している【名もなきジョブ】が使っている魔力がどこから来ているのか分からないが、想像を絶するものだと驚いていた。
定期連絡以外で私が姿を見せたのにジュンイチ殿は落ち着き払っていて、勇者様一行を紹介されたのでこちらが驚いてしまった。
「勇者様ですか。フレッツ王国で魔物が暴れているのです、助けてください」
不躾なお願いにもかかわらず快く引き受けてくださったので、ホッとしたのもつかの間、ジュンイチ殿がフェニックで現場に向かうと言われたのでうろたえた。
「どれ位で来て頂けますか?」
フェニックでの移動は信じられないほど速いのだが、私は二度と乗りたくはなかった。
「そうですね。人数が多いですが、明日には行けると思いますよ」
と、ジュンイチ殿が言われたので、逃げるように転移魔方陣で送って貰いアルカインさんに報告をした。
アキヨシのダンジョンから溢れ出してくる魔物は強く、気を抜けば私達でも負けてしまう戦いが続いた。
「ジュンイチ君、よく来てくれた」
フェニックの背中から降りたジュンイチ殿に駆け寄ったアルカインさんの顔には、はっきりと安堵の表情が浮かんでいた。
勇者様一行がダンジョンの奥を調べに行くことになったので、私達が案内係りを務めることになった。
フレッツ王国で最強の冒険者と呼ばれていた私達が、雑用係りを務めるようになったのは決して力が衰えたからではなかった。敵対する魔物が強くなったのと、私達以上の実力者が現れたからだ。
ジュンイチ殿は勇者様一行を送ってきたので帰ろうとされたが、カズラさんに呼ばれて渋々ダンジョン探索に加わってくださったので胸を撫で下ろした。
アキヨシのダンジョンは大きくはなかったが、最下層に地底湖があり魔物もリザードマンなどの水辺を好むのが多かった。
カズラさんもツハリーさんも桁外れに強くて、オルタナも私も足手纏にならないように下がっているしかなかった。
今回の探索隊のリーダーを任されたジュンイチ殿は、最後方で全体に目を光らせておられた。
地底湖までは楽勝だったが、ヒュドラが姿を現すと戦況が一変した。
「全員、湖から離れろ!」
ジュンイチ殿が叫んだ。
ヒュドラは沖から離れていて戦士や剣士では手が出せなかったし、賢者や魔導師が揃っている魔法使いの魔法が通用しなかった。
以前は一体しか現れなかったヒュドラの首が二体になり、水属性と火属性の魔法で同時攻撃を仕掛けてきた。
「私達に任せて。ラブリーヌ、お願い」
「ワシにも頼む」
勇者様一行がヒュドラ退治に動こうとしたとき、
「待ってください。勇者様には魔人メフィストを倒して頂かなくてはなりません、ここは【名もなきジョブ】に任せてください」
と、ジュンイチ殿が前に出てこられた。
(あんな化け物をどうやって倒すのか?)
私達には想像がつかなかった。一体のヒュドラを退治するのに【氷結の薔薇】は総力を使ったのだ。
勇者様一行が引き下がると、ジュンイチ殿がハーモニカの演奏を始められ、地底湖の上空に美しいオーロラが広がった。
眷属のサスケがフェンリルになり、ジュンイチ殿の肩に乗っていたフェニックが空龍になり空を翔ると、青い刃の剣を携えたポセイドンは水の上を地表を歩くように進んでいった。
ハーモニカを吹いておられるジュンイチ殿をリザードマンが襲うが、アマリアさんとユリナさんが守っていて近づくことも出来ないようだ。
二体のヒュドラの頭が切り落とされると、さらに二体のヒュドラが現れたが結果は同じだった。眷属達の力がどこからきているのか分からなかったが、巨大な本体も倒して青色の魔石を回収してきた。
「終わりました。これでこのダンジョンも落ち着くでしょうから、戻りましょうか?」
「この魔石がヒュドラを強くしていたのですか?」
ジュンイチ殿から青色の魔石を受け取った。
「そうです。合成魔石と言う特殊な魔石です。アルカインさんに調べて貰ってください」
「分かりました」
「このダンジョンには、地上に戻る転移魔方陣はないのですか?」
「はい。確認されていません」
「そうですか。仕方がありません、歩いて帰りますか」
ジュンイチ殿は何事もなかったかのように、悠然と先頭に立って歩き出された。




