湖に棲む魔物
アキヨシのダンジョンの前では、宮廷軍と冒険者の精鋭が陣を張っていた。
フェニックの背中から降りると、アルカインさんが駆け寄ってきて頭をさげた。
「ジュンイチ君、よく来てくれた。クラリスから報告は受けているよ。それで、そちらが?」
アルバインさんの所為で、僕は早くからアルカインさんに化け物のように思われている。
「はい。勇者のカズラさんと戦士のツハリーさん、そして聖女のラブリーヌさんです」
「私はここを任されている、宮廷魔術師のアルカイン・カーソルです。宜しくお願いします」
「カズラです。戦況はどうなっていますか?」
「溢れ出てくる魔物を倒すのが精一杯で、ダンジョンの奥を調べに行けないのです」
「そうですか。では、私達が調べてきましょう」
カズラさんは勇者としての初仕事に張り切っているようだ。
「ありがとうございます。このダンジョンを熟知している我が国の最強の冒険者【氷結の薔薇】をお供させて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
「【氷結の薔薇】です宜しくお願いします」
四人の女性がカズラさんの前に整列した。
「助かるわ。よろしく」
僕と同じで人とかかわるのが苦手だと言っていたカズラさんが、笑顔で握手を交わしている。
「リーダー、私達はどうするの?」
「勇者様の足手纏いになるといけないので、ここで待っていよう」
戦う術を持たない僕は、アマリアさんの問いに小さな声で答えた。本当は勇者様の案内を終了したので、すぐにでもセキハラ草原に帰りたかった。
「ジュンイチさん、出発しましょうか?」
「エエッ」
声の主を探すと、ダンジョンの入り口でカズラさんが手を振っている、
『主よ、諦めるしかないようですね』
傍でお座りしているサスケが、哀れむように見上げている。
「仕方ないわ、行きましょう」
アマリアさんが先頭に立って歩き出した。
「今回のパーティーのリーダーを決めておいたほうが良いんじゃないかな」
ダンジョンに入るとアマリアさんが皆に声を掛けた。
確かに【勇者一行】が三人、【氷結の薔薇】が四人、【名もなきジョブ】が三人と、僕の友達が四体と大人数のパーティーなので纏めるのは大変になるだろう。
「ここは、勇者様にお願いするのが良いのではないでしょうか?」
クラリスさんが一番に身を引いた。
「私は皆さんをよく知りませんし、戦うのが専門なので無理です」
カズラさんが僕を見てきたので、全員の視線が僕に向いた。
「無理、無理」
勇者様や皇帝閣下、最強の冒険者がいるパーティーのリーダーなど務まる訳がなかった。
「ジュンイチ君、人にはそれぞれ役割分担と言うものがあって、君が望むと望まざるとも、やらなければならないことがあるんだよ。我々は君が決めたことには絶対に従うからリーダーを引き受けてくれたまえ」
ツハリーさんが肩を叩いてきたので、拒否できなくなってしまった。
「前衛は我々戦士が勤めよう。剣士は魔力を温存する魔法使いを守ってくれ。それで良いな、リーダー」
「は、はい」
ここでもリーダーを押しつけられることになってしまった。
大盾を構えたツハリーさんと、大剣を携えたオルタナさんが先頭を歩き始めた。
「ジュンイチさんは、一番後ろでパーティー全体を守ってください」
クラリスさんとカズラさんとアマリアさんは、魔法使いの前方と左右を守るような配置で歩き始めた。
僕は友達に守られながら、最後尾をついていくしかなかった。
アキヨシのダンジョンは十階までしかない小さなダンジョンだったが、最下層に巨大な湖があるため全体的に湿度が高かった。
魔物はバッハの回廊より強い敵ばかりだったが、戦士と剣士のチームワークで難なく倒していった。
「あれが地底湖です」
カトレアさんが指差した先には、向こう岸が見えない大きな湖が広がっていた。
「あそこには何が居るのですか?」
「湖の主はヒュドラです。以前は私達でも倒せたのですが、今はダンジョンから出てくる魔物を倒すのでも命懸けなのです」
【氷結の薔薇】が苦戦をしている姿は想像できなかったが、それが事実ならヒュドラが進化している可能性がある。
「ご主人様、水の中から何か出てきます」
静かだった水面の動きを見ていたポセイドンが、微かな変化に気づいた。
「ヒュドラか!」
全員に緊張が走った。
「海龍!」
水しぶきをあげて出てきたのは、半透明の龍の姿をした魔物だった。
「確かに私に似ていますが、ここは湖ですから湖龍ですね」
ポセイドンが真顔で僕の言葉を訂正してくる。
「あれを知っているのか?」
「いいえ、初めて見ました」
「エイアイ、あの魔物は何者なんだ?」
「水中に生息する蛇が、巨大化したものだと思います」
「ヒュドラなのか?」
「ヒュドラでしたら、頭が複数ある筈なのですがね?」
「全員、湖から離れろ!」
魔物が大きな口を開けたので叫んだ。敵の強さが分からなかったし、沖から離れているので戦士や剣士では手が出せないのだ。
「一時撤退だ!」
湖からぞくぞくと出てくるリザードマンの群れと戦っていたツハリーさんが、前衛を連れて戻って来た。
魔物の口から吐き出される白い霧のようなものが次第に広がり、視界が悪くなってきている。
「ここから攻撃できる魔法はありませんか?」
賢者であるフロリダさんに聞いてみた。
「なくはないが、命中率が下がるし、当たったとしても殆どダメージを与えないだろうな」
「皆さんはどうやってあれを倒したのですか?」
「フロリダの魔法で湖を凍らせ、私の魔剣とオルタナの大剣で倒していたんですが……」
クラリスさんは自信がなさそうだ。
「そうですか、やってみましょう。水属性の魔法が使える人は、湖を凍らせてください」
戦略がない僕は、クラリスさんの戦法を真似ることにした。
「やってみます。古の力を持って湖を凍てつかせ、敵の動きを封じよ」
フロリダさんが杖を翳して詠唱を始めると、強い青い光りが全身から溢れ出し始めた。
「水属性はあまり得意じゃないけど支援するわ。冷たい風よ、我が魔力を持って湖を凍らせよ」
ユリナさんが翳したステッキからも、青い光りが溢れ出した。
「私達は魔法強化の支援をするわ」
カトレアさんとラブリーヌさんが右手を翳すと、フロリダさんとユリナさんの体が白い光りに包まれた。
「ブリザード!」
「フリーズ!」
二人の魔法が発動すると、一気に大気が冷えていくのが感じられた。
ミシミシと音を立てて水面が凍り、リザードマンが倒れていった。
「湖が凍ったら、やつの首を取りに行くぞ!」
ツハリーさんが気勢を上げている。
戦況がこちらに傾いたので胸を撫で下ろしていると、張り始めた氷を割って赤い色をした湖龍が顔を出して、火を吐き出した。
「やはりあれはヒュドラですね」
氷を解かす魔物を見詰めるエイアイが、こともなげに言っている。
「ヒュドラには幾つ首があるんだ?」
「本体の力によって違いますが、三つから六つです」
「あれが三体以上って、どれだけ強い化け物なんだよ」
「ご主人様なら、何とかできますよ」
肩に乗ったままのフェニックは落ち着き払っているし、ポセイドンもまったく動こうとはしていない。
「やはり出てきたわね」
「クラリスさんはヒュドラの正体を知っていたんですか?」
「詳しく知っている訳ではないのです。ただ冒険者の間では戦うたびに色や能力が違うと噂になっていましたが、二体同時に出てくるとは聞いていません」
クラリスさんの自信のなさの原因を知らされた。
「敵が進化している訳ですか」
「そうだと思います」
【氷結の薔薇】の四人が項垂れてしまっている。
「私達に任せて。ラブリーヌ、お願い」
「俺にも頼む」
「任せて。我が友に神の力を与えたまえ」
「待ってください。勇者様には魔人メフィストを倒して頂かなくてはなりません、ここは【名もなきジョブ】に任せてください」
勇者様一行の特訓が終わっていないことは、アマリアさんから聞いていた。
「私達なら、あれを倒せます」
カズラさんが初仕事だけに張り切っている。
「先に言っただろ、我々はリーダーに従うと。ジュンイチ君、頼んだぞ」
「何が起きるか分かりませんから、カズラさんとツハリーさんは、皆を守ってください」
「分かった。気を抜くなよ」
ツハリーさんがカズラさんを諭して後方へ下がっていった。
「私達はどうしたらいいの?」
「アマリアとユリナは僕を守って。サスケ、フェニック、ポセイドン頼んだぞ!」
♪~~~♪~~~♪‼。
コートの内ポケットからハーモニカを取り出すと、[ともだち]を吹きながら湖に近づいた。
♪~~~♪~~~♪‼。
氷が解けた湖からリザードマンが再び現れてきたが、アマリアさんの剣とユリナさんの魔法が僕を守っていてくれた。
♪~~~♪~~~♪‼。
サバイバルナイフと合体したサスケは宙を蹴って駆け、空龍となったフェニックは宙を飛び、青く輝く剣を手にしたポセイドンは水面の上を平然と歩いている。
♪~~~♪~~~♪‼。
大口からウオーターボールを飛ばしてくる半透明の頭はポセイドンが斬り飛ばし、火を吐く赤い頭はサスケの爪が切り落とした。
♪~~~♪~~~♪‼。
「まだ来ます」
僕の横にいるエイアイが状況を分析している。
♪~~~♪~~~♪‼。
新たに現れた緑色のヒュドラは竜巻を起こし、紫色のヒュドラは毒を吐いて攻撃してきた。
♪~~~♪~~~♪‼。
湖の上空に広がったオーロラから魔力供給を受けるサスケ達には、ヒュドラが幾つ首を伸ばしてこようが敵ではなかった。
♪~~~♪~~~♪‼。
四つの頭を飛ばした切り口をフェニックの吐き出す炎が焼くと、四足の巨体が水中から浮かび上がってきた。
♪~~~♪~~~♪‼。
「あれを倒さないと、ヒュドラの頭は再生します」
エイアイが進言してくる。
♪~~~♪~~~♪‼。
ヒュドラは頭のなくなった首をムチのように動かして、サスケ達を攻撃してきている。
♪~~~♪~~~♪‼。
ポセイドンが剣撃を飛ばすが、ヒュドラの本体は水の膜に覆われていて攻撃が通じなかった。
♪~~~♪~~~♪‼。
サスケとフェニックも近づけないでいる。
♪~~~♪~~~♪‼。
(魔石に集中攻撃だ)
思念を飛ばしながら、[絶対0度&氷点]を奏でると、オーロラの中から青い光りだけが湖に降り注ぎ、氷河で見つかったマンモスのように一瞬でヒュドラを氷漬けにした。
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青色に光るヒュドラの胸にフェニックが火を噴きつけ、サスケが爪で傷を付けると、ポセイドンが剣撃で魔石を弾き飛ばした。
ヒュドラが湖に沈んでいくと霧も晴れ水面も穏やかになった。
(終わったか)
戦いの中でハーモニカを吹き続けるのはさすがに疲れた。
「ご主人様、魔石です。それとヒュドラの躰からはポセイドンの気配が感じられましたから、ワインドウルフの時と同じように魔人メフィストが関与していたと思われます」
小さくなって肩に止まったフェニックが報告をしてきた。
「そうか、ご苦労さん」
いつもの大きさに戻ったサスケ達を連れて、皆のところに戻った。
「流石は師匠、見事な斬撃でした」
カズラさんがヒュドラを仕留めたポセイドンに尊敬の眼差しを向けている。
皆には上空に広がるオーロラは見えていても、ハーモニカを吹くことで僕の体から八色の光りが溢れ出し、その光りがサスケ達にいつも以上の力を与えているのは分かっていないようだ。
『ポセイドン、何も言わなくていいぞ』
オルタナさんもポセイドンに熱い眼差しを向けているので、僕のことを口止めした。
「ヒュドラに複数の姿があるのは分かっていましたが、四つの首が同時に出てくるとは驚きました。流石は【名もなきジョブ】の皆さんです、ありがとうございました」
「見ての通り、頑張ったのは友達ですから。これでこのダンジョンも落ち着くでしょうから、戻りましょうか?」
クラリスさんに青色の魔石を渡した。
「この魔石がヒュドラを強くしていたのですか?」
「そうです。合成魔石と言う特殊な魔石です。アルカインさんに調べて貰ってください」
「分かりました」
「このダンジョンには、地上に戻る転移魔方陣はないのですか?」
「はい。確認されていません」
「そうですか。仕方がありません、歩いて帰りますか」
また何かが出てくると嫌なので急いでダンジョンから出ると、報告はクラリスさんに任せてセキハラ草原に戻った。




