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バッハレドの街(2)


 ギルドの前には昨日の御者さんが操作する、豪華な馬車が止まっていた。

(軽いケガで済んだんだ、良かった)


「サスケも乗せても構いませんか?」

 あまりにも綺麗な装飾に、動物を乗せる事に気が引けた。


「構わないとも。主より魔力があるとは、賢い犬……」


「どうかされましたか?」

 乗り込んできたサスケの頭を撫でたアルバイン・カーソルさんが、表情を強張らせて固まってしまっている。


「君は、この犬の正体を知っているのかね?」


「はい。フェンリルです」

 アルバイン・カーソルさんの顔が真っ青になっている。


「君は何者なんだね。魔力を持たない人間が魔物、それも上位魔獣をテイム出来る筈がないだろ!」


『僕は子犬の時に主に命を救われたので、主を守っているのです』


「サスケ。いや、サスケ君が喋っているのか?」

 アルバイン・カーソルさんにもサスケの声が届いたのか、さらに目を見開き驚いている。


『そうですよ』

 サスケがアルバイン・カーソルさんを見上げている。


「信じられん。フェンリルが人間に懐くなんて」


『主よ。この人の記憶は消した方が良いのではありませんか』


「僕にそんな事が出来るのかい?」


『簡単ですよ[忘却]を吹けば、特定の記憶を消す事が出来る筈です』


「待て、待ってくれ。君達の事は誰にも話さないから、記憶を消さないでくれ。儂にもっと君達の事を研究させてくれないか?」

 驚愕していた筈のアルバイン・カーソルさんが、まるで若者のように目を輝かせている。


「簡単に消せるのなら、今消さなくもいいんじゃないかな」


『主がそれで良いのでしたら、構いませんが』


「アルバイン・カーソル様、僕に魔法を教えて頂けませんか?」


「君には魔力がないから、魔法を使うのは無理だよ」

 アルバイン・カーソルさんが申し訳なさそうに首を振った。


「それは分かっています。魔法の種類とか使う方法などを教えて貰いたいのです」

 ディフラントの世界が魔法と剣の世界なら知っていても損はないだろうし、テイムについても知りたかった。


「いいとも、教えて上げよう。儂からもいいかな?」


「何でしょうか?」


「サスケ君が言った[忘却]とは何かね」


「これで奏でる音楽の事です。記憶は消しませんので聞いて下さい」


 ♪・・・♪。


 [忘却]は難しい曲なので一小節だけで吹くのを止めた。


「良い音がするが、それは何かね?」


「ハーモニカと言う楽器です。もう一曲聞いて下さい」


 ♪・・・♪・・・♪。


 今度は自信のある[遠くへ行きたい]を奏でた。


「素晴らしい」

 アルバイン・カーソルさんが盛大な拍手をして下さった。


「ありがとうございます」


「着いたようだな。また聞かせてくれたまえ」

 馬車は豪邸の前で止まった。




「お帰りなさいませ、旦那様」

 五人のメイドが玄関に迎えに出ていた。


「おじいさま、お帰りなさい」

 美しいドレス姿で出てきたのは、昨日馬車に乗っていた少女だった。


「ただいま。お客様を連れて来たから食事の準備を頼むよ」


「かしこまりました」

 メイド達はすぐに屋敷の中に消えていった。


「ユリナ・カーソルです。昨日は助けて頂いてありがとうございました」

 少女はドレスの裾を摘まんでお辞儀をしているが、顔は明らかに怒っていた。長い金髪の細面の美人だが、目尻が吊り上がっている。


「は、はい」

 身なりはみすぼらしいし、少女は怖いので逃げ出したくなった。


「貴方に助けて頂かなくても、おじいさまと私の魔法で退治出来たのですがね」

 ユリナさんはクルリと踵を返すと、屋敷の中に入って行った。


「気性が荒い孫娘ですまないね」


「いいえ。昨日の僕の態度が悪かったので仕方がないですよ。サスケもお屋敷に入れても大丈夫でしょうか?」


「もちろん、構わないとも」

 アルバイン・カーソルさんに案内されたのは、豪華なソファーが置かれた応接間で座るのが躊躇われた。


「遠慮する事はない。食事の準備が整うまで、話し合おうじゃないか。この年になって好奇心を掻き立てられるような事があるとは思ってもいなかったよ」

 アルバイン・カーソルさんは、サスケの頭を撫でてご機嫌になっている。


「教えて頂きたいのですが、テイムとはどう言う意味なのでしょうか?」

 馬車の中で出来なかった質問をした。


「テイムとは野生の動物や魔物を手懐けて、手足として働かせる事だよ。そして、テイムを行う人間の事をテイマーと呼ぶんだ。冒険者の中にもテイマーはいるが、優秀なテイマーは数人しかいないんだよ」


「どうしてですか?」


「自分より弱い人間には、何者も従わないからだよ」


「それはそうですよね」


「失礼だが、上位魔獣であるフェンリルが君に従っているのは奇跡だと思うよ」


「フェンリルってそんなに強いのですか?」


「儂が指揮していた宮廷魔術師団が束になっても勝てないだろうな」

 アルバイン・カーソルさんは無防備に寝転がっているサスケを見て、ため息を漏らしている。


「暴れたりしないように気をつけます」


「それよりも君が死んだりしない事だな。君が殺されでもしたら、サスケ君が暴れだして手が付けられなくなるだろからね」


「分かりました。ご忠告ありがとうございます」


「儂からも一つ聞いてもいいかね。昨日、あそこで何があったのか、詳しく話してくれないか。決して口外はしないと約束するから」

 アルバイン・カーソルさんは真剣な表情をしている。


「自分でも信じられないのですが、ハーモニカで子守歌を吹くとすべての生き物が眠ってしまうのです」


「嘘だろ! 一定範囲の生き物を眠らせる魔法、スリプルを魔力のない君が使えると言うのかね」

 アルバイン・カーソルさんが食い入るように、僕の顔を見詰めている。


「そのような魔法があるのですか?」


「あるにはあるが、活発に活動している人間や動物に掛けるのは非常に難しい魔法なんだよ」


「そうなのですか」

 アルバイン・カーソルさんと話しをしていると新しい知識がどんどん入ってくるが、今までの世界とのギャップが大きすぎて理解が追い付いて行っていない。


「その子守歌とやらを、聞かせてくれないか」


「そんな事をしたら、お屋敷の中が大変な事になりますよ」


「構わん。儂も眠ってしまったら、この紙にメッセージを書いてから起こしてくれたまえ」

 アルバイン・カーソルさんは白紙の紙とペンをテーブルに置くと、何か分からない呪文を唱え始めた。


「僕は字が書けないのですが?」

 ディフラントの言葉は分かるが、読み書きが出来ない事はマルシカさんとの遣り取りで分かっていた。


「大丈夫だ、君の思いが紙に残るように簡単な魔法を掛けたから」


「そうですか。サスケ、おいで」


『やるのですか?』


「この世界で生きていくには、この世界の事を知るのも大事だからな」


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 サスケが躰を擦り付けてきたので、[シューべルトの子守唄]を吹き始めた。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 傍で聞いていたアルバインさんは直ぐに寝息を立て、暫くして屋敷のどこかで何かが割れるような大きな音がした。


 アルバイン・カーソル様、眠り心地はいかがでしたか? と、白紙の紙に走り書きをすると、


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 [夜明けの歌]を奏でた。


 目を覚ましたアルバイン・カーソルさんはメモを見ながら、静かに演奏を聞いている。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


「毎晩でも君のハーモニカを聞きながら眠りたくなるほど、気持ちが良かったよ。それから儂を呼ぶときは、アルバインと呼んでくれたまえ」


「アルバイン様ですね分かりました。機会があればまた聞いて下さい」


「楽しみにしているよ。ところで先ほど冒険者に登録したのだから、王都にある冒険者養成学校に入学しないかね? 期間は半年間だが、魔法の事や魔物の事について勉強が出来るぞ」


「僕が冒険者養成学校にですか?」

 突然話題が変わったので驚いた。


「養成学校にはギルドマスターの推薦があれば、誰でも入れるんだ」


「魔法も使えないし、剣を握った事もありませんよ」


「君にはテイマーの才能があるじゃないか、それだけで十分さ。それに他にも力を秘めていそうだから、儂に君を研究させてくれないかね」

 アルバインさんは僕とサスケを交互に見て、目を輝かせている。


「よろしくお願いします」

 ご老人の圧倒的な気迫に負けて、小さく頷いてしまった。十年間だけとは言え、この世界で生きていくにはそれなりの知識が必要なのだから。


「おじいさまお食事の準備が出来ましたので、食堂にお越し下さい」

 ユリナさんが応接間に顔を出したのは、学校の説明を聞き終えた時だった。




 二十人以上が座れそうな大きな食卓に肉や魚の豪華な料理が並んでいた。


「いつもと食器が違うな?」

 上座の椅子に腰を下ろしたアルバインさんが、壁際に並んでいるメイドに声を掛けた。


「申し訳ありません、急に眩暈がして割ってしまいました」

 五人のメイドが一斉に頭を下げた。


「そうか、ケガはなかったか?」


「はい、ありがとうございます。ただ予定しておりました料理の一部が駄目になってしまいました」

 メイド長と思われる女性が、申し訳なさそうに頭を下げている。


「仕方ないさ。料理を取り分けて貰えるかな」

 原因が分かっているアルバインさんは、僕を見て微かな笑みを浮かべている。


「何をお取りしましょうか?」


「好き嫌いはありませんの、お願いします」

 僕はメイドさん達に悪い事をしたようで、まともに顔が上げられなかった。


「分かりました」

 三枚の取り皿に盛られた料理は全てが美味しくて、ディフラントに来て初めてお腹が一杯になった。


「ユリナ、ジュンイチ君も一緒に王都に行く事になったから、仲良くしなさい」


「はい、おじいさま」

 向かいに座っていたユリナさんが睨んできたので、思わず身を縮めてしまった。


「ジュンイチ君、明日の朝出立するから荷物を纏めて、冒険者ギルドの前で待っていてくれたまえ」


「分かりました。今日は御馳走になりありがとうございました」

 上流階級の生活は息が詰まりそうで、礼を述べるとそうそうに豪邸を後にした。


 こうして思いもよらない展開で、僕とサスケはフレッツ王国の王都にある冒険者養成学校に通う事になった。


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