幕間17宮廷軍のピエール
私はソフト帝国宮廷軍第三部隊の隊長のピエール・レンブラント。
統制品である米を買い求めている者がいると憲兵から報告があり詰所に行くと、学者と付き人と言った感じの二人連れがいた。
ジュンイチと名乗ったひ弱な少年は私の威圧に臆してオロオロと落ち着きをなくしていたが、学者風のエイアイは顔色ひとつ変えていない。
人が住まない北の大地から来たと言う二人の正体の判断がつかず、王宮で皇帝閣下の側近をされているラファエル・デボルド・ヴァルモール公爵様にお任せする事にした。
万が一、勇者様の関係者だったら大変な事になるのだ。
皇帝閣下の裁定は結審の先送りだった。即断即決が身上の皇帝閣下にしては珍しい事だった。
私は皇帝閣下の命を受けて、二人の言っている事が本当か調べるために部下を連れて、北の大地に赴く事になった。言い分が真実でなければ二人を、仲間がいれば仲間も、勇者様を騙った罪で処刑するように命じられている。
皇帝閣下のお考えは分からなかったが、戦闘能力が全くないように見える二人を調査するために、私は騎士四十人と魔術師十人を引き連れての遠征となった。
見聞だけの部隊編成にしては大きいので驚いたが、真に驚いたのは付き人だと思っていた少年の方が主だったことだ。
戦場に向かう訳ではないので武装も少なく、旅は順調に進んだ。
野営で少年と会話を交わしたが多くは語らず、ペットの犬と一緒にいる事が多かった。
それでも五日間も共に旅をしていると、お互い名前で呼び合うようにはなった。
「大変です、魔物の群れです!」
国境の山中で先行させていた兵士が駆け戻ってきた。
「数は?」
「二、三百はいると思われます」
兵士の言葉が信じられなかった。そんな魔物の大群は見た事も聞いた事もないのだ。
数からしても勝てる筈がないので撤退を指示しようとしたが、空にも魔物が飛んでいて囲まれてしまっていた。
ここはまだソフト帝国の領内なので我々軍人は国のために死を厭わないが、同行している戦闘能力のない二人の事が気になった。
「ジュンイチ君、貴公達を守りきれそうにない。隙を見て逃げてくれるか」
何とか二人だけでもこの場から逃がしてやりたかった。
「気にしないで下さい、僕がお国を訪れたのが原因なのですから。サスケ、フェニック、勝てるか?」
緊急事態にもかかわらず、ジュンイチはペットに話し掛けていた。
「ご主人様、兄と弟を呼びましょうか?」
ジュンイチの肩に乗った鳥のような生き物が、人の言葉を喋ったので腰を抜かしそうになった。
「ここまで飛んで来るには、時間が掛かるだろう」
「ご主人様に力を頂いていますので、思念で場所を伝えます。二人なら魔方陣を使いこなせるでしょう」
「そうか、なら呼んでくれ。それと、仲間に注意するように伝えて貰ってくれ」
「分かりました」
「ジュンイチ君、君は一体何者なんだね?」
魔物の大群に囲まれているのに、少年には慌てたようすが全く見えなかった。
「テイマーです。テイムした友達が魔物と戦ってくれるそうですので、皆さんは自分達の命を守る事だけを考えて下さい」
戦闘能力がなさそうな少年が簡単に言っているので、戦の怖さを諭そうとしたとき、
「人間、降伏するなら配下にしてやるぞ!」
と、黒い鎧を着たリーダーと思われる魔物が出てきた。
「魔族が何の目的で来たのだ!」
私は隊長としての責務を果たすために、死を覚悟して魔物と対峙した。
「南の大地は魔王親衛隊副隊長の私、エンデル・ガーデンが支配する事になったのだよ」
「何を勝手な事を言っている!」
「降伏しなければ殺すだけよ」
エンデル・ガーデンと名乗った魔物が大槍で地面を突くと、地震のような激しい揺れが起き、兵士達が慌てふためいている。
魔物の力に驚愕しながらも、負け戦を覚悟して剣に手を掛けた。
「後は私達に任せて、おさがり下さい」
今まで姿の見えなかった恰幅のいい壮年の男性と、裾の長い青い服を着た二枚目の青年が私の前に現れた。
「君達は?」
「ご主人様の友達です」
「ご主人様?」
少年に目をやると巨大した犬の頭を優しく撫でているので、全てを任せて身を引いた。
♪~~~♪~~~♪‼。
少年の友達と魔物との睨み合いが続く中、聞き覚えのない音が響いてきた。
♪~~~♪~~~♪‼。
兵士も魔物も動かない中、服の裾をなびかせている少年が何かを口に当てて、心地良い音を奏でているのだ。
♪~~~♪~~~♪‼。
どんな力が働いているのかは分からなかったが、体が温かくなってくると立っていられずに座り込んだ。
魔物も座り込んで空を見上げているので顔を上げると、空が神秘的な色に染まっていた。
♪~~~♪~~~♪‼。
空から降り注いでくる暖かい光を浴びると、闘争心が薄らぎ武器を手にしている事が無意味に思えてきた。
不思議な音がやみ、空が元に戻っても、その場に恐怖はなく安らぎだけが漂っていた。
銀色に輝く巨大な犬を従えた少年が、エンデル・ガーデンと名乗った魔物のリーダーと話し合っているので、
「ジュンイチ殿、貴方様は天上人なのですか?」
と、聞いてしまった。
「僕はただの人間ですよ!」
少年は叫んだが、兵士達からも魔物からも畏敬の視線が向けられていて、私もただただ崇拝の念を抱くだけだった。
ハーモニカを使って魔物全員を疑似人間の姿に変えた少年、いや、ジュンイチ様は全員を北の大地に連れて行かれる事になった。
南の大地を抜けて海に出たが、三百人が乗れるような大きな船は用意出来なかった。
「ポセイドン、何とかならないか?」
ここでもジュンイチ様は少しも慌てる事なく、友達に無理難題を仰っている。
「海の中に道を造りますから、私の魔力が切れそうになったら補充して下さい」
ジュンイチ様の言葉を迷う事なく聞き届けられたポセイドンが、巨大な龍に姿を変える海に飛び込んでいった。
巨大な犬といい、巨大な龍といい、ジュンイチ様のお供をしている友達に驚いていると、突然海が割れて北の大地に続く道が伸びた。
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ときおりジュンイチ様がハーモニカを吹かれるなか、馬と馬車と魔族が渡り終えると、海は元に戻り穏やかな小波が打ち寄せていた。
次々と起こる神の御業に、人が住めないと言われている北の大地で、何が起きていても不思議ではないと思えた。
爽やかな風の中を進んでいくと、青々とした草原の中に立派な礼拝堂が立っていて、小さな集落が出来ていた。
司祭様に有り難い話しをお聞きした私は帰国を部下に命じたが、全員が北の大地で暮らしたいと申し出てきた。
私も同じ思いだったのでジュンイチ様に相談すると、快く受け入れて下さった。
見聞を終えて報告のため国に帰ろうとすると、私ひとりなら種籾を受け取りに行くついでに送ると仰ってくださった。
勿論、辞退したのだが、送っていった方が早くて安全だからと意思が硬かったのでお願いする事になった。
巨大魔方陣を使っての転移を体験した私は、ジュンイチ様に従えて生きる事を決意した。




