穏やかな日々
大所帯での帰還には、仲間達に大いに驚かれた。
特に三百人近い魔族の集団には警戒されたが、共存の提案に反対する者はいなかった。
礼拝堂を訪れマググリさん達と話しを終えたピエールさんが、面会に来られた。
「ジュンイチ様、国に帰りここでの見聞を皇帝閣下に報告して、貴公が希望される量の種籾を送るように進言して参ります」
ピエールさんが片膝をついて首を垂れるので何度も止めて欲しいと言っているが、敬称と共に改善されそうにないので帰国までに記憶の改ざんが必要なのかと悩んでいる。
「ありがとうございます」
「ひとつお願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
拝礼の格好で話されると、緊張して呂律が回らなくなってしまう。
「部下達がこの地で暮らしたいと申しているのですが、受け入れては貰えないでしょうか?」
「北の大地は開拓中ですので移住者は大歓迎です。皇帝閣下がお許しになるのでしたら、僕は構いませんよ」
「ありがとうございます。この件も含め、早速国に帰って報告をして参ります」
「ピエールさんが一人で帰国されるのですか?」
「いいえ。数人の部下を連れて行きたいと思っています」
「それでしたら、僕がソフト帝国の首都までお送りしますよ」
「滅相もありません」
「その方が安全で確実に種籾が手に入るので、僕がそうしたいんですよ」
記憶の改ざんが難しそうなので、問題が起きないように自分で種籾を受け取りに行く事を考えたのだ。
今回は往復転移魔法陣を使うので危険はなかったが、荷物を運んで貰うのにポセイドンとエイアイを連れて行く事になった。
僕達はピエールさんと首都の近くに転移すると、徒歩で街に入り真っ直ぐ王宮に向かった。
ピエールさんの報告が終わるのを待っていると、謁見の間に呼び出された。
皇帝閣下と面会するのに相応しい服装が想像出来なかったので、いつものロングコートで謁見に向かった。
広々とした部屋には玉座に腰を下ろした皇帝閣下と、ラファエル・デボルド・ヴァルモールさんがいるだけでガランとしていた。
皇帝閣下は軍服を着ていて、険しい顔で僕を見ている。
「皇帝閣下に置かれましては……」
片膝をついて挨拶をしようとしたが、全くさまになっていなかった。
「君がジュンイチ殿か、堅苦しい挨拶はいい。ピエールの報告によると私の方が跪かねばならないが、座ったままで勘弁願いたい」
「とんでもありません。厚かましいお願いを聞き届けて頂いて有り難く思っています」
皇帝閣下の態度にド肝を抜かれた。
「米と種籾は必要なだけ持って行って貰って構わない。ただひとつだけ頼みたい事があるのだが、聞いて貰えるだろうか?」
「何なりとお申し付けください」
恐れ多くて何を言えばいいのか分からなかった。
「ソフト帝国とジュンイチ殿の国とで同盟を結んで貰いたいのだが、如何なものだろうか?」
「北の大地には国が存在していませんので、同盟を結ぶのは無理かと思います」
申し訳なくて深々と頭を下げた。
「それでは、ピエールとその部下は何処で暮らしたいと言っているんだ」
皇帝閣下は僕の後ろで拝礼の姿勢を取っているピエールさんに、鋭い視線を向けている。
「セキハラ草原に新しく出来た小さな集落でございます」
「お前もそこで暮らしたいと言うのか?」
「はい。ジュンイチ様の下で、武器の代わりに農具を手にしたいと思っています」
「我が国の兵士にはあるまじき腰抜けだな、勝手にするがよい。ジュンイチ殿、建国をした暁には同盟を結ぶ事を約束して貰えるかな」
「お約束いたします」
「そうか、では下がっていいぞ」
「失礼します」
無理難題を言われる前に謁見の間を後にした。
ピエールさんに案内された貯蔵庫には、米俵が山積みになっていた。
「どれほど持って行かれますか?」
「種ですから二俵もあれば十分です」
「それだけで良いんですか?」
「持てるだけ持って行きましょうよ」
ピエールさんは一俵を軽く持ち上げた。僕には動かす事も出来ない重たさだ。
ポセイドンとエイアイは二俵ずつを軽々と持ち上げている。
僕達はしめて五俵の籾を貰って北の大地に戻った。
突貫工事で二つの村づくりが行われた。
ガイアの特殊な力で土を使った建築はスムーズに進んだが、生活に必要な小道具は手作りなので時間が掛かった。
元ソフト帝国の兵士達の村はディフェンス村と名付けられ、馬や牛などを放牧して畜産に力を入れる事になった。
魔族の村はチャレンジ村と名付けられ、周辺に三十ヘクタールの水田を完成させた。
人間界での生活に慣れない魔族達には、ハーモニカを聞かせて魔力の補給が定期的に必要だったが、一曲吹けば事が足りたので苦にはならなかった。
食生活に慣れれば魔力を自家生産出来るそうだから、問題はなさそうだ。
忙しかったが穏やかで充実した半年が過ぎて、トライ村の周辺では麦が収穫時期を迎えようとしていた。
そんなセキハラ草原を見下ろす高台に立って夕焼けを眺めていると、このまま平穏な日々が続くような気がしていた。
(麦刈りが終わったら、次は田植えだな)
♪・・・♪・・・♪。
そんな事を思いながら吹くハーモニカは、楽しげな響きがあった。




