バッハレドの街(1)
初めて訪れた街の門番に盗賊に襲われた事を話したが、胡散臭い人間と思われたのか信じて貰えなかった。
ヘルトさんの手紙を見せた冒険者ギルドの仲介を得て、騎士団が現場に向かったのは夕暮れ近くになっていた。
そして今はギルドの会議室で自己紹介の後、質問責めにあっている。
目の前には怖そうな顔をしたギルドマスターのダンガンさんと、美人秘書のマルシカさんが座っている。
「ヘルトの手紙は読んだよ。無理な頼みを聞いて貰ってすまなかったね」
ダンガンさんは顔に似合わず優しい話し方をするので、不安だらけだが少しだけ安堵した。
「何の力にもなれなくて……」
ユンケルさん達の死に顔を思い出して、言葉に詰まってしまった。
「いや、冒険者でない君を巻き込まなかっただけでも、彼らを褒めてやりたいと思っているよ」
ダンガンさんが表情を曇らせた。
「ところで見かけない顔だが、ジュンイチ君はどこの出身なのかね?」
まじまじと見詰められて戸惑った。
この世界で出会った人はまだそれほど多くはないが、顔立ちが違うのを自分でも気付いていた。目鼻立ちがはっきりしていて彫の深い顔は、明らかに日本人とは違うのだ。
「それが分からないのです。気がついたら草原の真ん中にいて、途方に暮れているところをユンケルさん達に拾って貰ったのです」
「記憶はあるが、自分が何処から来たのだけは思い出せないと言うのかね」
「はい」
怖い顔で睨まれても、神様に連れて来られたとは言えなかった。
「仕事は何をしているのかね?」
「ハーモニカを吹いて小銭を稼いでいます」
この世界の成人年齢が分からないが、学生だと言っても分かって貰えないだろう。
「ハーモニカ?」
二人が首を傾げている。
「これがハーモニカです。吹かせて貰っても良いでしょうか?」
「ああ。頼むよ」
「では一曲吹かせて貰います」
♪・・・♪・・・♪。
父が好きだった[若者たち]を吹いて聞かせた。
「素敵。胸に沁みるわ」
マルシカさんが澄んだ大きな瞳で僕を見詰めている。
「吟遊詩人が奏でる音楽は聞いた事があるが、これは初めてだ。たしかに素晴らしい、もう一曲聞かせてくれないか」
ダンガンさんも気に入ったらしくアンコールをしてきた。
「では、【赤いソール】の皆さんに捧げます」
♪・・・♪・・・♪。
[アメージンググレース]を奏でると、マルシカさんが涙を流してくれた。
「小銭どころか大金が稼げそうだな」
「ありがとうございます」
ダンガンさんの言葉はお世辞として受け取っておいた。
「明日には騎士団からの報告も届くだろうから、迎えをやるからもう一度来てくれないか?」
「分かりました」
「今日の宿はギルド指定の宿を紹介するから、そこで休んでくれたまえ」
「ありがとうございます」
ギルドでの質問責めから解放されて、長い一日がやっと終わった。
ディフラントに来てまだ四日しか経っていないのに疲労困憊で、ベッドに倒れ込むとすぐに眠ってしまった。サスケが傍にいてくれるので、安心して熟睡できる。
翌日、ギルドからの迎えが来たのは昼前だった。
昨日と違って応接室に通されると昨日の二人の他に、高価そうな黒い服を着たご老人がいた。盗賊団に襲われていた馬車の中にいたあのご老人だ。
頼み事を無視して置き去りにした後ろめたさから逃げ出したくなったが、それも出来ずに席に着いた。
「わざわざ来て貰ってすまなかったね。まずは騎士団の報告によると、盗賊団は指名手配犯で今日にも王都に送られるそうだ。それと君には報奨金として金貨百枚と、ギルドからの謝礼の金貨十枚が出ておる」
「こちらです」
ダンガンさんに指示されたマルシカさんが、重そうな大きな革の袋と小袋をテーブルに載せた。
「そうですか。エッ!」
ご老人の睨むような視線が気になってダンガンさんの言葉がほとんど耳に届いていなかったので、革の袋を差し出されて驚いた。
「どうしたのかね?」
「お金を貰えるのは嬉しいのですが、持ち歩くには重た過ぎますし、今度は僕が盗賊に襲われてしまいます」
まだ一度もお金を使っていないので今も貨幣価値は分かっていないが、かなりの大金なのは間違いなかった。
「そうだな。ギルドに冒険者登録をすれば、お金を預ける事が出来るぞ」
「そうなのですか。しかし、僕に冒険者は無理です」
【赤いソール】の最後を思い出すと体が震えた。
「登録をしても仕事を請け負うかどうかは、自由だから心配する事はないよ。マルシカ、手続きをしてあげなさい」
ダンガンさんは僕の怯えた表情を見て、察して下さったようだ。
「はい。ではこちらに必要事項を記入して下さい」
マルシカさんから、バインダーに挟んだ書類を受け取って愕然とした。言葉は分かるのに、見た事のない文字で全く読めないのだ。
海外旅行をした事はないが他国に行くとこんな感じになるのかと、思考も行動も固まってしまった。
「私が代筆しましょうか?」
「お願いします」
マルシカさんが優しく微笑んで、手を差し伸べて下さったので助かった。
「質問に答えて下さい。お名前はジュンイチさんでしたね。年は幾つで、仕事は何をされていますか?」
「十七歳で、仕事は特に何も……」
「吟遊詩人でしたね」
マルシカさんは僕の返事に関わらず書類を記入していく。
「では最後にこれを握って、名前を名乗って下さい」
五センチほどの小判型のプレートを渡されたので言われた通りにすると、十桁の数字と思われる文字と名前が浮かび上がった。
「これでジュンイチさんは、F級冒険者として登録されました。どこの街に行っても冒険者ギルドで仕事を請ける事が出来ますし、お金の出し入れが可能です。このプレートをなくされると再発行に銀貨一枚が必要ですから、気を付けて下さい」
マルシカさんは鉄製のプレートに鎖を通すと、首に掛けてくれた。
「ありがとうございます。早速ですが、このお金を預かって貰えますか?」
テーブルに置かれている革の袋を、マルシカさんの方へ押した。
「分かりました。では、プレートをお預かりします」
マルシカさんは金貨百十枚とプレートを手にすると、応接室を出ていった。
「手続きが終わったようだな。ところで一つ聞きたいのだが、七人の凶悪盗賊をどうやって捕縛したのかな?」
同席していたご老人が初めて口を開いた。
「昨日は置き去りにして申し訳ありませんでした」
恐縮して立ち上がると、深々と頭を下げた。
「その事なら気にしておらん。ダンガンから聞いたぞ、荷馬車には冒険者の遺体が乗っていたんだな。孫娘に見せなくて良かったよ。それに、危ない所を助けて貰ってありがとうな」
ご老人がニコやかな笑みを浮かべて頭を下げている。
「あの時は必死だったので、よく覚えていないんです」
「君からは魔力を微塵も感じないんだが、盗賊をどうやって倒したのか教えて貰えないかな」
ご老人はどこまでも穏やかな話し方をされる方だった。
「こちらは、王宮で宮廷魔術師団を指揮されていた、魔導士のアルバイン・カーソル氏だ」
ご老人を不可解そうに見ていると、ダンガンさんが教えてくれた。
「魔導士様……」
ゲームでの知識がどこまで合っているか分からなかったが、魔導士と言えばかなり上位の魔法使いだと認識している。
「今は隠居して孫娘に魔法を教えている、ただのジジイだよ」
「それでは、昨日僕の目の前で盗賊団が全員意識を失ったのは、アルバイン・カーソル様の魔法だったのですか。凄いです!」
「何を言っているんだ、儂は魔法など使てはいなかったぞ。盗賊に囲まれた時、不思議な音が聞こえて来てその後の記憶が曖昧になっているんだ」
「そうなのですか。でも、僕は盗賊がバタバタと倒れて動かなくなったので、縄で手足を縛っただけなんですよ」
傍で横になっているサスケの事には触れなかった。
「不思議な事もあるもんですなぁ。まあ、盗賊団が一網打尽になって、めでたしめでたしですよ」
ダンガンさんはご老人との会話を長引かせたくないのか、この場を纏めようとしている。
「そうじゃなぁ。ジュンイチ君とやら、昨日の礼に食事に招待したいのだが、一緒に我が家に来てくれないか?」
「ありがたいのですが、この格好ですから」
「身なりなど気にする事はない。ダンガン、彼への用件は終わったんだろ?」
「はい。終わりました」
ダンガンさんはご老人に頭が上がらないようだ。
「よし。ジュンイチ君、一緒に来たまえ」
入金の終わったプレートを受け取ると、強引なアルバイン・カーソルさんに着いて行った。