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初めての一人旅



 森の奥を調べに行った【グレイトソール】のブライさんが、一人で村に戻ってきた。


「皆、ゴブリンは退治したから、ご遺体を運び出すのに手を貸してくれないか?」

 ブライさんの報告には、喜ばしい事と悲しい事があった。ゴブリンは退治出来たが、【赤いソール】のメンバーと村の男衆が全員殺されていたのだ。


「分かりました」

 覚悟はしていたのだろうが、報告を聞いた村長さんは深く項垂れていた。


「ジュンイチ君は、ユンケル達の馬車を森の近くまで持って来てくれないか?」


「はい、すぐに準備をします」

 ショックだった。一日だけだったとは言え、一緒に旅をした人が亡くなってしまったのだ。


 馬車に馬を繋ぐのに手間取ったが、無事に森の近くに移動させる事が出来た。

 森から運び出されたご遺体は正視出来なかった。両親の死に顔が思い出されて、胸が張り裂けそうになった。


 村人のご遺体は近くの墓地に埋葬され、【赤いソール】のメンバーは一番近い街、と言っても馬車で二日は掛かるバッハレドに運ぶ事になった。


「ジュンイチ君、我々は別の村の魔物退治に行かなければならないので、君だけでバッハレドへ行ってくれないだろうか?」


「独りでですか?」

 ヘルトさんの言葉に耳を疑った。ディフラントの世界に来てまだ二日、右も左も分からないでいるのだ。


「冒険者ギルドへの手紙を書くから、それを持っていけば手厚く迎えてくれるから」


「分かりました」

 不安になりサスケを見ると、小さく頷いているように見えた。


「それは君の犬かね?」


「はい。サスケと言います」


「賢そうな犬だが、昨夜は吠えたりしなかったかね?」


「吠えたりはしていませんが、何故ですか?」


「昨夜この辺りに、オオカミの群れが現れた形跡があるんだよ」

 ヘルトさんはサスケを見詰めている。


「オオカミですか。村長さんにも教えおいて上げないと、村が襲われたら大変ですよね」


「もう話してある。この辺りの森にオオカミはいない筈だと、村長も驚いていたよ」


「そうなんですか」


「サスケ君が一緒なら、バッハレドへの旅も心配なさそうだな。よろしく頼んだよ」

 ヘルトさんはサスケの頭を撫でると、仲間と出立の準備を始めた。


『主よ。あの人物は、僕がゴブリンを倒した事を薄々感じているようです』


「そうなのか。悪い事をしたんじゃないからいいじゃないか。それより、馬車なんて操作した事ないぞ」


『馬は僕の言う事を聞きますから心配はいりません。主は手綱を持っているだけで大丈夫ですよ』

 大人しく寄り添って歩いているサスケを見た人は、僕達が会話をしているとは誰も思っていないだろう。


 亡くなった村人の埋葬が終わり人々は手を合わせているが、直ぐに復興に向けた忙しい日常が待っているのだ。

 ここは力を持たない者がのんびり田舎暮らしが出来るような穏やかな世界ではなく、生きていくためには冷酷無比にならなければならない世界なのだ。

 コシナダ村は荒らされてよそ者を受け入れる余裕はなく、僕がこの村に残る事を誰一人望んではいなかった。


 ♪・・・♪・・・♪。


 丘の上に立った僕は、亡くなった人のために[葬送行進曲]を奏でた。


 ♪・・・♪・・・♪。


 悲しみを乗り越えるために、ハーモニカを吹く事が自分にも必要だったのだ。




「皆さんもお気をつけて」

 翌朝。ギルドへの手紙を受け取ると、初めて御者席に座って手綱を手にした。


「よろしく頼んだぞ」

 【グレイトソール】のメンバーに見送られてコシナダ村を出発した僕は、ゴブリンに攫われた女性達がその後自害した事を知る由もなかった。


 ♪・・・♪・・・♪。


 人の姿が見えなくなれば手綱を持っている必要もなくなり、のんびりとハーモニカを吹きながらの旅になった。


 荷台には三人の遺体が乗せてあるが、気にしないように心掛けている。意識すれば恐ろしくなるからだ。

 ユンケルさん達と出会った草原の道を抜けると、山道に差し掛かった。ヘルトさんの話では、今日中にはこの山を越せる筈だ。


『主よ。この辺で馬を少し休ませた方がいいですよ。山は一気に越えた方が安全ですから』


「そうしようか」

 隣に座っているサスケが仕切ってくれるので、楽な旅だった。




 さほど高くない山を越えて見渡す限りの草原地帯に出ると、地平線に西日が落ちようとしていた。

 街道沿いの開けた場所で馬車を止めて、一夜を過ごすことにした。

 夜になれば真っ暗になるので火を燃やしたかったが、マッチもライターもないので途方に暮れてしまった。


『主よ、如何しましたか?』


「火をつける方法がないかと思ってなぁ」


『でしたら焚き木を集めて、ハーモニカを吹いて見られたらどうですか』

 ハーモニカを吹いて火が点くとは思わなかったが、サスケに手伝わせて枯れ木を集めて回った。


 小さな枯れ木の山を作ってハーモニカを取り出すと、サスケが躰を軽く押し付けてきた。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 童謡[たきび]を奏でていると枯れ木から白い煙が出て、やがて赤い火が燃え上がった。


「これが魔法なのか?」

 ライターも使わずに火が点いた事に我ながら驚いた。


『神様がハーモニカに付与して下さった力ですから、魔法とは少し違うかも知れません』


「そうか、そうだな。食事にするか」

 異世界に来て魔法が使えるようになったのかと喜んだが、サスケの答えに少し落胆した。


 焚き火の傍に腰を下ろすと、ヘルトさんに貰ったパンとビーフジャーキーのような干し肉をサスケと分けて食べた。

 黒くて硬いパンはあまり美味しくはなかったが、干し肉は香辛料が効いていて悪くはなかった。

 夕食を済ませるとする事もなく、サスケのフワフワした毛に包まれて眠った。



 一刻も早く街に着くように、翌朝は日の出と共に出立した。

 細かった街道は辻で広くなり、走りやすくなり安全そうに見えた。バッハレドまでの道筋は、ヘルトさんに詳しく教えて貰っているので迷う心配はない。


「どうしたんだ、急に止まって?」

 太陽が頭上に差し掛かった時、サスケの指示で走っていた馬が何の前触れもなく止まった。


『前方から血の臭いがするのです』

 サスケがクンクンと鼻を鳴らしている。


「こんな広い街道にも魔物が出るのか?」

 血の臭いと聞いて不安がよぎる。


『魔物の臭いはしません。数人の人間と、馬の臭いがするだけです』


「誰かケガでもしているのかも知れない、行ってみよう」

 少し走ると、馬車を囲む馬に乗った一団が見えてきた。


「誰か来たぞ!」

 向こうもこちらに気づいたようで、剣を振り上げた三人が向かってきた。


『主よ、盗賊です。子守歌を吹いて下さい』


「こんな時にまでハーモニカかよ」

 野蛮な男達を前にしても落ち着いているサスケに文句を言ってみたが、他に手立てがないのでチョッキの内ポケットからハーモニカを取り出した。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


(ここで死んでも自害じゃありませんからね)

 心の中で呟くと、盗賊よ眠れと念じながら[シューべルトの子守唄]を吹いた。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 恐怖に震えながらも物心ついた時から慣れ親しんでいるハーモニカの演奏だから、自然に手と口が動き曲を奏でている。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 ドサッと大きな音がしたので恐る恐る目を開けると、三頭の馬と男が倒れて動かなくなっていた。


『遠くまでハーモニカの効力を届かせるために、吹き続けて下さい』

 躰をくっ付けてきているサスケが、演奏を促してくる。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 言われるままにハーモニカを吹き続けると、異変に気づいた四人の男も馬と共に倒れた。


「どうして、この馬車の馬は平気なんだ」


『平気ではありませんよ、じっとしていたから立ったまま眠っているのです』


「なるほどね、馬は立って寝ると聞いた事があるよ」

 馬車から降りてみるとすべての生き物が眠っていて、まるで自分達以外の時間が止まっているように静かだった。


 襲われていた豪華な馬車の御者は腕に矢が刺さっていて、ドアの開いた車内には身なりの良いご老人と、十代と思われる女性が眠っていた。

 盗賊が乗っていた馬に縄があったので、七人の男の手足を厳重に縛り上げた。




『主よ、やりましたね!』


「ああ。だがこれからどうするんだ?」


『このままにしておいても、時間が経てば目を覚ましますよ』


「そうなのか。だが馬車の人達が気になるしなぁ」


『目を覚ますような曲を吹けば、起きると思いますよ』


「しかし……」

 盗賊が暴れ出すのが怖かった。


『武器を取り上げ、縛ってあるから心配いりませんよ』


「それもそうだな」


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 サスケが太腿に躰を擦り付けて来たので、[夜明けのうた]を奏でた。


「な、何をしやがった!」

 拘束に気が付いた強盗が罵声を浴びせてきた。


 ハーモニカは父親に教わっていたので曲がみんな古いが、音楽は場所や時代を越えて共通なのだと知った。


「ウウウッ!」

 サスケが牙を覗かせて低い唸り声を出すと、恐ろしい顔をした大男達が静かになった。


「君は?」

 馬車を覗くと、目覚めたご老人が声を掛けてきた。


「気が付かれましたか。僕は通り掛かった旅の者です」


「そうか助けて貰ったようだな」


「ウウン……」


「ユリナ。大丈夫か、ユリナ!」


「おじいさま。はい、大丈夫です」


「良かった、良かった」

 ご老人は孫娘と思われる少女を抱きしめて泣いている。


「あの~~。僕、急いでいますので失礼します。バッハレドに着いたら、ここでの出来事を伝えておきますので助けが来てくれますから」


「待ってくれ。儂らもバッハレドの街まで乗せて行って貰えないか?」

 ご老人は馬車の操作が出来ないのか、お抱えの御者がケガをして困っているようだ。


「ダメなんです。ごめんなさい」

 ケガ人もいるし三人の事は気になったが、荷台に遺体を乗せているとは言えなくて御者席に座ると馬車を走らせた。

 ヘルトさんから聞いている行程だと、あと一時間も走ればバッハレドに着く筈だと自分を納得させながら。


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