幕間1【赤いソール】の最期
俺の名前はユンケル。幼馴染のダリオとセレットを誘って冒険者パーティー【赤いソール】を結成して一年になる。
冒険者ランクもEからDに昇格して少しは強くなったと自負している。
今回請け負った仕事は、コシナダ村の近くに現れたゴブリンの調査と討伐だった。
コシナダ村に向けて馬車を走らせていると、街道を犬を連れて歩いているジュンイチと名乗るひ弱な感じの少年と出会った。
魔物が出没する街道を武器も持たずに歩いている少年に事情を聞くと、人が住んでいる所を探していると言うのでバッハレドの街を教えたが、一人で向かわせるのは危険なのでコシナダ村への同行を勧めた。
ジュンイチは近辺では見かけない黒髪の少年で、話しをしても素性が掴めず温厚で頼りなさだけが際立っていた。
小銭稼ぎをしていると言ってジュンイチが吹いたハーモニカの音色は、不思議な響きがあり聞く者を楽しくしたり和ませたりした。
コシナダ村に近づくと集落から白い煙が登っていて、ただならぬ気配がした。
急いで村に入ると昨夜ゴブリンの襲撃を受けたらしく、多大な被害と女性三人が拉致されているのが分かった。
ゴブリンは身長が一メートにも満たない下級の魔物で、全身を毛で覆われていて牙と尖った耳が特徴の生き物だ。
戦闘能力はさほど高くなく冒険初心者でも油断をしなければ負ける相手ではなかったが、戦う術を持たない村人が深夜に襲撃を受ければ勝ち目はなかったのだ。
今までにもダンジョンに出るゴブリンとは何度も戦っている俺達は、早速拉致された女性を救出するために親族だと名乗り出た村人五人と森に向かった。
戦士であるダリオの破壊力。セレットの攻撃魔法。そして俺の剣術があれば三十体のゴブリンが現れても負ける気はしなかった。
薄暗い森を進んで行くと、縛り上げた裸の女性一人を担いだ五体のゴブリンが目の前を横切るようにして奥へと駆けていった。
「カール!」
女性の名前を呼んだ村人二人が、ゴブリンを追い掛けて走り出した。
「待て! 罠かもしれない!」
「今走っていったのは、カールの亭主と弟だよ」
残った村人が心配そうな声で言った。
「俺達も追うぞ!」
ダリオが走り出そうとした時、別の方向へ同じように裸の女性を担いだゴブリンが駆けていった。
「シュン!」
別の村人が走り出して、捜索隊は纏まりが付かなくなった。
「どうするよ?」
「ダリオは右を。俺とセレットは左を追う」
俺達は二手に分かれてゴブリンを追った。
ゴブリンは知能もさほど高くなく、集団で作戦行動をするとは考えてもいなかったのだ。
村人を追って広場のような所に出ると中央に裸の縛られた女性が座らされていて、後ろには杖を持ったゴブリンと、下級魔物とは思えない煌びやかな服を着たゴブリンが立っていた。
「まさか! あれはゴブリンメイジと、ゴブリンキング!」
学識があるセレットが大きな目を見開いて、恐怖に激しく震えている。
「ゴブリンキング!」
剣を握る俺の手も震えた。ゴブリンは繁殖力が旺盛で、極々稀に人間に近い能力を持った個体が生まれると聞いた事がある。
対峙しているゴブリンがメイジとキングなら、Dランクの俺達では勝ち目が少ない。
「キー! 武器捨てろ、女、殺す! キー!」
キングらしいゴブリンが、縛った女性の首元にナイフを近づけた。
「マキ!」
女性の亭主らしき村人が膝を崩した。
他の村人も血の気を失い呆然としている。
作戦行動をとる魔物を倒すには犠牲を覚悟で、初手で一気にケリを付ける以外に勝ち目はなかったのだが。
「ユンケル……」
蒼褪めたセレットの悲愴に満ちた声が震えている。
「……仕方ない……」
俺は剣を手放すしかなかった。
冒険者である以上常に死と隣り合わせにいるが、弱者を犠牲にしてまで戦えなかった。
「マキを離せ!」
俺の剣を拾った村人が、ゴブリンキングを目指して走り出した。
「キィー! ガギー、ガキー!」
メイジと思えるゴブリンが杖を翳しながら叫び声を上げると、火の玉が村人に直撃して吹き飛ばした。
「ゴブリンが炎属性の魔法を使うなんて」
威力のあるファイアボールを目の当たりにしたセレットは、戦意を喪失して膝を崩している。
(ダリオが居たら体当たりで二体を弾き飛ばせたのに)
ゴブリンの策に嵌って戦力を分けた事を後悔したが、後の祭りだった。
苦笑いを浮かべるキングが右手を上げると、森の中に隠れていた兵隊ゴブリンがゾロゾロと現れてきて、俺達は拘束されてしまった。
「ユンケル! セレット!」
女性を担いだゴブリンを追い掛けて広場に現れたダリオは、森の中をかなり走らされたようで息を切らしている。
「キー、武器捨てろ!」
セレットにナイフを突きつけたキングが、ダリオを睨んでいる。
「クソ……分かった……」
ゴブリンキングの残忍さを考えると非情に徹するべきだったが、ダリオも仲間や弱者を見捨てる事が出来ずに盾と斧を手放した。
「キー、強い魔法使いを作れ、キー」
憎たらしいほど勝ち誇った顔のキングが、縛ったセレットをメイジの前に押しやった。
「キィー、キィー」
「クウッ……クウッ……」
セレットは猿轡を噛まされた顔を恐怖に引き攣らせて、激しく左右に振っている。
「止めろ!」
俺はセレットの黒い服が引き裂かれるのを見かねて立ち上がったが、縄尻を掴んでいたゴブリンに棍棒で殴られて倒れてしまった。
ダリオも必死で足掻いているが、拘束からは抜け出せないようだ。
「ウウッ……ウウッ……」
セレットは必死で抵抗しているが自由を奪われている身が悲しく、無残に衣服が剥ぎ取られ柔肌が露わになって行く。
「クソガ!」
俺はリーダーとしての判断ミスを悔いながら、最後の力を振り絞って抵抗を試みた。
「キー、やれ! キー」
キングが右手を上げると、無数の兵隊ゴブリンがダリオや俺、村の男衆に殴り掛かってきた。
「セ、レ、ッ、ト……」
薄らいでいく意識の中で助けられない仲間に目を向けると、裸に剥かれた白いお尻にゴブリンメイジが激しく腰を押し付けているのが見えた。
ゴブリンは同族だけではなくメスと見れば動物をも犯し孕ませる魔物で、人間が犯されると二十日でゴブリンそっくりの子供を産むと言われている。
「炎よ、我が身と、我が敵を焼き尽くせ。ファイアボール!」
魔法を詠唱するセレットの泣き声は、俺の空耳ではなかった。
ゴブリンメイジの激しい腰の動きで猿轡が外れたセレットが、辛うじて動く右手を自分の腹部に当てて詠唱していたのだ。
真っ赤な火の玉が白い肌を突き抜け、ゴブリンメイジを火達磨にした。
「……」
魔物の凌辱に耐え切れなくなった仲間の最期を見届けた俺は、激しく殴打されて永遠の闇の中に沈んでいった。