急ぎ帰都する
バッハレドに戻った僕達を待っていたのは、ゆっくりする時間ではなかった。
「旦那様、ご自宅からご連絡ありまして、すぐに戻って欲しいそうです」
「何事だ?」
「よくは分かりませんが、若旦那様からのご要請だそうです。馬車の準備は出来ておりますので、すぐにご出立を」
メイド長が玄関先で待ち構えていて、一気にまくし立てている。
「儂には構うなとあれほど言っておいたのに」
アルバインさんが苦虫を噛み潰したような顔をされている。
「よほどの急用なのでしょう、僕達は乗合馬車で帰りますので先に戻って下さい」
「いいえ、皆様もご一緒にと言う事です」
「僕達もですか?」
「はい、さようでございます」
メイド長が頭を下げている。
カーソル家では邪魔者扱いされていると思っていたので、合点がいかなかった。
「湯浴びをしてからではダメかな?」
アルバインさんは生乾きの服を摘まんで、メイド長に抵抗を試みている。
「ダメでございます。すぐに王都に向かうようにと、ダンガンさんからもお言葉がありました」
長年別宅を仕切ってきているやり手のメイド長は、一歩も譲らなかった。
「仕方がない、行くか」
アルバインさんは渋々僕達を促すと、四頭立ての早馬車に乗り込んだ。早馬車には御者が二人乗っていて、交代で馬車を走らせるようだ。
「何があったんですかね?」
「分からないが、よほど重大な事が起こったのだろうな」
アルバインさんは腕組みをして、目を閉じてしまった。
魔人を倒した勝利の余韻もなく、馬車の中は重苦しい空気に包まれて皆が黙ってしまった。
早馬車は三日掛かるところを夜も走り続けて、二日目の朝には王都に到着した。
正門の門番が馬車を止めると、鎧姿の騎士が駐屯所から飛び出してきた。
「お待ちしておりましたアルバイン様。自宅には戻られず、このまま王宮に向かって下さい。国王様がお待ちになっておられます」
騎士は最敬礼をしてアルバインさんに話し掛けている。
「このような格好で国王に謁見しろと言うのか?」
「はい。裸でも良いから連れてこいと言うご命令です」
「何があったか知らんが、この者達は降ろして行くぞ」
「いいえ。ご一緒願います」
「勝手にしろ」
アルバインさんは不貞腐れてしまった。
僕もとんでもない事に巻き込まれて行くようで、気が気でなかった。
フレッド君とジュリアナさんもソワソワしているが、サスケだけは横になって寝ている。
「御父様、お待ちしていました」
馬車が王宮に着くなり、アルカインさんが駆け寄ってきた。
「何事だ。儂はもう王宮とは関係のない人間だぞ」
「御父様、ダーダー王国の王都がゾンビによって壊滅に近いそうです」
アルバインさんの不機嫌さを他所に、アルカインさんの顔が引き攣っている。
「ゾンビによって国が滅びるなどあり得ないだろが」
「それだけでは無いのです。ゾンビが我が国にも侵攻をしてきていて、すでにダーダー王国との国境近くのアシナダ村にゾンビが現れたと言う報告が入っています」
「国王は何をされているんだ。すぐに討伐隊を派遣されたのだろうな」
「はい。騎士団五十人と魔術師団二十人を派遣されたのですが、伝令の者を残して全滅したもようです」
アルカインさんの表情がさらに険しくなっている。
「宮廷魔術師が二十人もいて、ゾンビが焼き払えなかったのか?」
「申し訳ありません。それで陛下が御父様を呼ぶように申されたのです」
アルカインさんとお供の魔術師が深々と頭を下げている。
「分かった、国王にお会いしよう。この者達には食事を与え、湯浴びをさせてやってくれ。それと新しい早馬車を用意しておくように」
アルバインさんはアルカインさんに指図を出すと、王宮の奥に入って行かれた。
兵舎に隣接した休息室に案内された僕達は、シャワーを浴びて食事にありつく事ができた。
「大変な事になっているみたいね」
「リッチの復活って本当だったんだな」
「これからどうなるんだろうな」
城内は慌ただしく、ただオロオロしている僕達に関心を示す人間は殆ど居なかった。
「もしかして、君達はアルバイン殿のお弟子さんなのかい?」
食堂の片隅で味の分からない食事をしていると、白いローブ姿の青年が声を掛けてきた。僕達がアルバインさんと同じ馬車から降りてきたのを見ていたようだ。
「はい。アルバインさんのお供をさせて貰っています」
「大魔導士のアルバイン殿と一緒に居られるとは羨ましいね。今回のゾンビ騒動もアルバイン殿なら、直ぐに収めて下さるだろうな」
「皆様もお仕事ご苦労様です」
まったくの場違いにいる僕は、青年と会話する言葉を持たなかった。
「私も宮廷魔術師団の一員としてはゾンビ退治に行きたいのだが、王都防衛の重大任務があるのでここを離れられないんだよ」
「それは大変ですね」
青年は宮廷の魔術師である事を自慢したいようだ。
「君達もアルバイン殿の弟子なら、いずれは宮廷魔術師団に入団できるよ」
「そうですかね」
僕達は魔法が使えないので返事に困ってしまった。
「頑張りたまえ。入団したら私が鍛えて上げるからね」
「よろしくお願いします」
「リーダー! 出発の準備が整ったので行きますよ」
魔術師の青年と一方的な会話をしていると、休息室の入り口でアルバインさんが大声を出して手招きしている。
「はい。すぐに行きます」
「リーダーだって?」
狐につままれたような顔をした青年は、キョロキョロと辺りを見回している。
「彼がアルバインさんも一員になっている【名もなきジョブ】のリーダーなんですよ」
フレッド君が青年に囁いたが、先に立った僕は驚愕に目を見開いた青年の顔を見る事が出来なかった。




