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冒険者との出会い


 眩しい光が消えると子犬を抱いた僕は、爽やか風が吹く草原に一人で立っていた。遠くに山並みが見えるだけで、街らしきものはなく人の気配は全くしない。


(ここは何処なんだ? それにこの子犬では、僕を守れないだろ)

 神様の言葉を思い出しながらも、いきなりの放置プレイに泣き出しそうになった。


 服装は見慣れた学校の制服ではなく、木綿のようなごわごわした生地で出来た白いシャツの上に革のチョッキを着て、革のズボンを穿いていた。

 周りをキョロキョロしていると子犬が手の甲を舐めて何か訴えようとしているようだが、今日出会ったばかりの犬と意思の疎通など出来る訳がなかった。

 とにかく明るい内に人が住んでいる所を探さないと、今日にでも死んでしまう状況なのに子犬は無邪気に手を舐め続けている。


「何なんだよ」

 動物を飼った事がなかったので、犬に話し掛けるのは初めて気恥ずかしかった。


「クゥ、クゥ」


「何を言っているか分からないよ。そうだ、先ずは名前を付けないとな。太郎が良いか? 二郎が良いか?」

 抱え上げた子犬をジーッと見詰めながら、真顔で聞いてみた。


(犬に一生懸命に話し掛けるなんて、引き篭もり症候群まっしぐらじゃないか)

 と、我ながら自分の精神状態が疑われた。


「クゥ、クゥ」


「違うのか? 僕を守ってくれるのなら、格好良く猿飛佐助のサスケにしようか?」

 子犬がボキャブラリーのなさを嘆くような顔をしたので、アニメにでも出てくるような名前を言ってみた。


「ワゥー!」

 子犬がひと吠えするとその躰が急速に大きくなり、抱いている事が出来なくなった。


「な、何が起きているんだ!」

 地面に下ろした子犬はライオンほどの大きさになると、僕の前でお座りをして尻尾を振っている。


「サスケが気に入ったのか?」

 驚きながらも恐る恐る頭を撫でてやると、真っ白な毛並みはフワフワと柔らかく暖かかった。


『主よ。名前を付けて頂き、ありがとうございます』


「エ~~ッ! 犬が喋った!」


『何をそんなに驚いておられるのですか。主が話し掛けて来たのではないですか』

 サスケが首を傾げている。


「そうだが。エ~~ッ! 会話が成立している。それに犬にしては大き過ぎないか」

 あまりの驚きに思考が纏まらなくなっている。


『どうかしましたか?』

 疑問符を投げかけてくる、賢そうなサスケの顔をまじまじと見詰めた。

 サスケが声を出しているようには見えないので、頭の中に直接話し掛けられているようだ。


「動物と話が出来る自分が信じられないんだよ」

 異世界に飛ばされた事も信じられない僕は、頬っぺたを抓ってみた。痛みがあるので夢ではないようだ。


『僕は主に命を助けられた恩を返すために、神様にフェンリルの力を授かったのです』


「フェンリルってなんだ?」


『特別な知恵と力を持ったオオカミの先祖が、フェンリルと呼ばれていたのです』


「オオカミ? サスケは犬じゃなかったのか?」


『神様に与えられた力を引き出して下さったのは、名前をつけて下さった主ですよ』

 サスケが嬉しそうに、顔や体に頭を擦りつけてくる。


「分かった、分かったが少し大き過ぎないか?」

 押し倒されそうになって慌てていると、サスケが普通の犬の大きさになった。


「大きさが変えられるんだ」


『はい。もっと大きくなって主を背中に乗せて走る事も出来ます』


「そうなんだ、頼りにしているよ。先ずは人が住んでいる所を探しに行こうか」

 この世界がよく分かっていないので、まずは歩いて人里を探すことにした。




 地道の街道らしきものは見つかったが人影はなく、右か左か進む方向に迷ってしまった。


「こんな時はコイン占いだよな」

 ポケットを探ると十枚の金貨が入った革の巾着袋が出てきた。貨幣価値は分からないが、神様が持たせて下さった物だろう。


(こっちが表で、表が出たら右。裏が出たら左)

 心の中で呟きながらコインを弾くと、結果は表だった。

 時計がないので正確ではないが、街道を右に一時間近く歩いたが人どころか小動物にも出会わなかった。


「ここは無人島じゃないだろうな?」

 不安になり思わずサスケに聞いてしまった。


『違います。前方から馬と人間の臭いが近づいて来ています』

 ピッタリと寄り添うように歩いているサスケが、顔を上げて答えた。


「そうなのか、安心したよ」

 耳を澄ましてみると、微かに自然にはない音が聞こえてくる。

 その音は馬が駆ける足音と、馬車の車輪が出す音だった。

 そして数分後に、三人の男女に出会う事が出来た。


「そんな軽装で何処へ行くんだい?」

 同い年ぐらいの少年が、馬車を止めて聞いてきた。

 少年が革鎧と言われる武具を身に着け、剣を下げている事に驚いた。


「人が住んでいる所を探しているのです」


「変わった人ね」

 荷台に座った魔法使いですと言わんばかりの格好をした少女が、僕を不思議そうに見詰めている。

 その向かいには鉄の鎧を着た少年も座っていて、RPGのゲームで描かれている世界そのままだった。


「街まで歩いてだと、まだ一日以上は掛かるぞ」

 御者を務めている少年が、自分達が来た方向を指差して教えてくれた。


「そうですか、ありがとうございます」


「夜なれば街道にも魔物が出るが、そのような格好で大丈夫なのか?」

 鉄鎧の少年が聞いてきた。


「やはり魔物が出るんですか?」

 予想はしていたが聞かされると怖くなり体が震えた。


「知らないで歩いているの。武器も持っていないようだし、本当に変わった人ね」

 少女が呆れたような顔をしている。


「俺達は、この先にあるコシナダ村に行くんだが、良かったら乗って行かないか?」


「いいんですか?」


「困っている人を助けるのが冒険者だからな」

 御者の少年がニコやかな笑みを浮かべている。


「ありがとうございます。サスケも良いですか?」


「いいわよ。サスケって言うんだ」

 僕は鉄鎧の少年に引っ張り上げられ、荷台に飛び乗ったサスケは少女に頭を撫でられている。


「僕はジュンイチです、宜しくお願いします」

 頭を下げると、木の板で出来た座席に腰を下ろした。


「私はセレットよ、宜しく」

 黒いワンピースのような服を着た少女が、笑顔を返してくれた。


「俺はダリオだ、宜しくな」

 体格の良い少年は不愛想だった。


「俺は【赤いソール】のリーダーでユンケルだ、宜しくな。君は何処から来たんだい?」

 ユンケルさんは馬車を走らせながら、僕が歩いていた経緯を聞いてきた。


「それが思い出せないのです。サスケを散歩させていたら眩しい光に襲われて、気がついたら草原の真ん中に居たんです」


「何処から来たのか分からないのに、名前は憶えているんだ。仕事は何をしていたんだい?」

 僕の曖昧な答えに、ユンケルさんはイブカっているようだ。


「これを吹いて、小銭を稼いでいました」


 ♪・・・♪・・・♪。


 チョッキの内ポケットからハーモニカを取り出すと、[若者たち]の曲を吹いて聞かせた。


「凄い! 何なのそれ、何かジーンと来るものがあるわ」

 セレットさんが拍手をしてくれ、ダリオさんも遅れて手を叩いてくれた。


「これはハーモニカと言う楽器です。もう一曲、聞いて下さい」


 ♪・・・♪・・・♪。


 少し難しいが冒険者には打ってつけだと思って[ドラクエ 序曲]を演奏した。


「おお。何か元気が出てくるぞ」

 気難しい顔をしていたダリオさんが、トン、トンと足でリズムを刻み始めた。


「クゥー、クゥー」とサスケも声を出している。


「たしかに、街中で吹いたら小銭稼ぎはなりそうだな」

 ユンケルさんの声も明るいものに変わっている。




 三人に気に入られて数曲吹いていると、遠くに木の柵に囲まれた集落が見えてきた。


「あれがコシナダ村だ……」

 立ちのぼる白い煙に異変を感じたのか、ユンケルさんが馬車を急がせた。

 何が起きたのか分からなかったが、村は人が走り回り大騒ぎになっていた。


「遅かったか!」

 ユンケルさんは手綱をダリオさんに渡すと、村の中に走っていった。


「何があったのでしょうかね?」


「ゴブリンに襲われたのよ。私達はギルドの依頼で討伐に来たのだけど、間に合わなかっようね」


「馬車を頼めるか?」

 ダリオさんとセレットさんも村の中に駆けて行った。


「はい」

 手綱を受け取ったが騒然とした雰囲気に、足が震えて動けなくなってしまった。


『心配いりません。ゴブリンなど僕の敵ではありませんから』

 足元に座ったサスケが頼もしい顔で見上げている。


「昨夜、襲われたらしい。何人か攫われた女性がいるらしいから、これから救出に向かうから君は村にいるんだ」

 暫くすると険しい表情をしたユンケルさん達が戻ってきた。後ろには鎌や斧を持った、殺気立った村人が数人ついてきている。


「村長には話してあるから、馬の世話を頼んだぞ」


「は、はい」

 ダリオさんに肩を叩かれると一層体が震えた。


「よし、行くぞ!」

 ユンケルさんを先頭に、討伐隊は近くの森に入っていった。


 村の中では女性も子供も必死で片付けをしていた。麦畑は踏み荒らされ、家もあっちこっちで壊されていた。


「冒険者さんの付き人の方ですね、こちらに水飲み場がありますので馬を休ませて下さい」

 腰の曲がった老人が声を掛けてきた。


「ありがとうございます」

 馬の世話などやった事がないが、サスケが二頭の馬を上手く誘導してくれている。


(どこがのんびり田舎暮らしですか? 死と隣り合わせの生活じゃないですか)

 恐怖心と共に、ディフラントシン様に騙されたと言う思いが湧いてきた。

 親を亡くしたのだろうか、幼子が泣きながら手を合わせているのを見ると胸が痛んだ。




 夜になっても【赤いソール】のメンバーも、村人も帰ってこなかった。


 胸騒ぎを覚えながら馬の傍でサスケのフワフワの毛に包まれて眠れずにいると、半鐘の音が激しく鳴り響いた。


「ゴブリンがまた来たぞ!」

 警戒に当たっていた村人の声が村中に轟いた。


 真っ暗で何も見えない中で恐怖心だけが大きく膨らんでいき、吐きそうになってきた。


『主よ。皆が眠くなるような曲を吹いて下さい』


「こんな時に何を言っているんだ。ハーモニカなんか吹いたら、ゴブリンを呼び寄せるだけじゃないか」


『大丈夫です。主のハーモニカには神様によって魔物を倒す力が付与されているのです』

 ガタガタと震えている体に、サスケが頭を擦り付けてくる。


「そんな力がある訳ないだろ。昼間吹いた時は何も起こらなかったじゃないか」


『僕を信じて吹いて下さい。ゴブリンが襲ってきたら守りますから』


「わ、分かった」


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 手の震えが抑えられずになかなかハーモニカを口に持っていけなかったが、気力を振り絞って[シューべルトの子守唄]を吹いた。


 ♪~~~♪~~~♪‼。


 暫く吹いていると、辺りが静まり返ってきた。


『人間も魔物も動物も、周辺の生き物は全て眠ったようです。ゴブリンを全滅させてきますから、ここを動かないで下さい』

 サスケの気配が闇の中に消えると、更なる静寂が襲ってきた。

 恐怖から逃れるためにハーモニカを吹き続けた。


 ♪・・・♪・・・。


 父の形見の音色が、壊れそうな精神を支えてくれている。


 ♪・・・♪・・・。


『終わりました。我々も朝まで眠りましょう』

 暫くするとライオンほどの大きさになっているサスケが、躰を擦り付けてきた。


「そうしようか」

 サスケの温もりに包まれると、安堵と共に深い睡魔が襲ってきた。




 コシナダ村は騒然とした朝を迎えた。


 昨夜の半鐘を聞いた後の事は誰も覚えていないようだ。

 【赤いソール】のメンバーや村人が戻ってこないのは気になるが、森の奥を調べに行く事が出来る強者は誰もいなかった。


 居た堪れない時間が過ぎ太陽が頭上に到達する頃に、【赤いソール】の知り合いの冒険者が村にやってきた。経験不足のユンケルさん達がゴブリン討伐に向かったのを知って、後を追って来たらしい。


「君は誰だい?」

 ヘルトと名乗った【グレイトソール】のリーダーが話し掛けてきた。


「ジュンイチです。街道で迷っている所をユンケルさん達に助けて頂いて、ご一緒させて頂いていました」


「そうか、それでユンケル達は?」


「昨日、村に着いて直ぐに、ゴブリンに攫われた村人を助けると言って、森に入って行きました。僕は……」


「分かっている」

 ヘルトさんは、軽装な身なりで泣き出しそうになっている僕の肩を優しく叩いた。


「森の奥を調べに行ってくるから、俺達の馬も世話をしてくれるかな?」


「分かりました」


「頼んだぞ」

 ヘルトさんは仲間三人と森に向かって行った。


 馬に水を与えて草を食べさせるのは、サスケが手伝ってくれるので初めての仕事でも難はなかった。

 村人達は帰ってこない人を心配しながらも、荒らされた村の復興に慌ただしく動き回っている。


「【グレイトソール】の人達は大丈夫かな?」

 四人とも冒険者らしくしっかりと装備は整えていたが、年齢は僕とあまり変わりが無いように見えた。


『ゴブリンは全て片づけてありますから心配いりません』


「サスケが遣っ付けたのか?」


『村に近づいて来ていたゴブリンは、主のハーモニカで眠っていましたから何の苦もありませんでしたし、巣窟に残っていたのもさほど強くありませんでしたから楽勝です』


「ゴブリンが何故、ハーモニカで眠ってしまったんだい?」


『ハーモニカの音色に僕の魔力を流し、曲に対する主のイメージが形になるようにしたからです』

 サスケはお座りをして、頭を撫でて欲しそうに尻尾を振っている。


「サスケは魔法が使えるのか?」


『魔法は使えませんが、主に魔力を供給する事が出来るのです』


「そうなのか。良く分からないが頼りにしているぞ」

 魔力供給とかハーモニカの能力とかは理解できなかったが、安堵感を与えてくれるサスケに感謝を込めて頭を撫でてやった。

 サスケは嬉しそうに尻尾を激しく振っていた。



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