第3章 選んで選ばれて選ばないで
私を見ている君は本当に私を認識しているのだろうか。
まるで私を通して誰かを見ているようで、気味が悪かった。私達は恋人同士のはずなのに、どうやらすれ違ってすらいないらしいということに気がついたのは、リップと水族館の件から、更に数日経った日のことだった。
「今日も格好いいよ。」
彼がアイシャドウのフタを閉じながら微笑む。ありがとうと答えて私は鏡を見た。どこからどう見ても男に見えるその姿に満足すると、彼の方を向き直る。
この偽装はいつまで続くのだろうか。
彼は何事もなかったかのようにどうした?と微笑みを崩さない。私の向こうに彼女を見ているというのに。
その事に気が付いて、私はぎゅっと唇をかんだ。
付き合うってことは相手に選ばれるということ。
選ばれたのは、選ばれているのは私のはずなのに。なぜかこんなにも苦しい。
「ねぇ、今度水族館に行かない?」
「え?」
彼からの突然のお誘い。ぽかんと口を開け、思わぬ出来事に驚きを隠せずにいる。
「そんな驚かなくても。最近遠出してないでしょ。行かない?」
「・・・いいよ。」
「やった。お出かけ嬉しいな。」
嬉しそうに彼が言う。可笑しいな、あんなに冷め始めていた気持ちが揺れ動く。
好きなの。本当に彼が好きなの。
その事に気が付いて、私は力んでいた肩の力を抜いた。
その瞬間。
ピコンと彼のスマホから通知音が鳴る。
その通知は。
『先輩、今夜ご飯でもどうですか?♡』
私を絶望に叩き落とすのには十分だった。
彼がスマホを隠す。
「友達、今夜飲み行こうって。」
「そう。行ってらっしゃい。」
彼から目を背けてスマホを操作する。そこには楽しそうに返事をする姿があった。
あぁ、一瞬でも浮ついた私が馬鹿だった。