第2章 幸せの崩れる音がした
リップの件から数日。
私たちは休日にもかかわらず別行動をしていた。
君は友人とショッピングモールに外出。私は家で資格試験の勉強。
・・・の、はずだった。
私は今、駅前ロータリーに居るし、君は水族館行きのバスを待っている。
横目で2台のスマホを操作する。1台は君から連絡が来る自分用。もう1台は君のスマホ操作を覗く用。
『勉強頑張ってね。』
シンプルなメッセージを送ったかと思うと、君はそのまま慣れた手つきで別のアカウントを開いた。見たくない。そう思いつつも私の感情は何も言えないままその操作を眺めていた。
『もうすぐバス乗るよ。デート楽しみだな。』
『楽しみにしてます♡』
ハートの絵文字が嫌でもそういう関係なのだと認めざるを得なくなっている。
確実な証拠が欲しい。君が私を愛していないという確実な証拠が。
同じバスに乗り込む。隠している女装をしてしまえばよっぽどの親友でもない限り見抜くことはできない。君も例外ではないようで私に気付くことなく、スマホ越しの彼女に夢中になっていた。
「わぁ、素敵。」
「ここは相模湾の大水槽と言ってニュースでも取り上げられるくらい有名なんだ。円形の水槽にはおよそ・・・。」
彼のYシャツに仕込ませた盗聴器を聞きながら録音も怠らない。後ろのカップルに隠れて2人の証拠である写真も欠かさず撮影する。ストーカーかもななんて思いながら、会話の続きを聞く。そのうち、水槽内でショーが始まり2人はキラキラした目でそれを眺めていた。
「今日は君に頼んでしまったけれど、本来なら・・・。」
「・・・ですよね。応援しています。」
ジジと嫌な音を立てて、盗聴器にノイズが走る。今何か大切な会話を聞き逃した気がするが、構わずに盗聴を続ける。2人は大水槽から移動してペンギンの水槽のほうへ向かいながら、手を繋いだ。頭に血が上る。ダメだ、ここでキレて出て行っても何にもならない。決定的な証拠を、もっと決定的な証拠を!
「彼女も好きなんだ、ペンギン。夫婦間についてたとえに出したりしてね。その時の楽しそうな顔、いつ見てもいい。」
「素敵な彼女さんですね。」
片手を口元に当て彼女が微笑む。その反対の手が握りこぶしを作っているのを見逃さない。シャッターに収めながら、後をつける。
なんだろう、この虚無感。分かってしまえば最後なのに分かりたくないその気持ちが先に出てしまう。
ペンギンを手で追いかけながら彼女が彼に微笑む。
その姿に自分を重ねてしまって。
幸せだったはずなのに。その場所は・・・。
「ね、キスしませんか。」
「ん、あぁ。」
その場所は私の場所だったのに。
カメラを持つ手が震える。だけど、写真はきれいに二人のキスシーンを収めていた。
帰り道、彼女の家まで送った彼がなんの気無しにアパートの扉を開けた。あとから入りコンビニに行っていた体を装う。
「お買い物楽しかった?」
「あぁ、楽しかったよ。」
彼に手を伸ばせば優しく掴んでくれた。もう離さないでほしいのに私はその手を振りほどきたくなった。
もう、私達の間に普通の幸せは訪れない。