第1章 たぶん、きっと、それは
最初は大学の先輩後輩。
それからサークルで一緒になって、話すようになって。
君の知的な横顔が好きだった。
頭のいい会話も、それを鼻にかけない姿も好きだった。
「恋心って理論的に説明できると思う?」
「・・・難しいんじゃないでしょうか。」
「僕は君で証明したいと思うんだけど。」
「それって。」
ある日のサークルでの会話。飲み会と化したその片隅で君がそんなことを言った。
しばしの間呆然とする私。顔を真っ赤にして外方を向く姿に今のが告白だったと確信を持たざるを得なくて、つられて赤くなる私に気が付いた君は、プッと噴出した。
「そこまで真面目に考えてくれるなんて、僕は幸せ者だな。どう?僕と付き合ってくれる?」
「私でいいんですか?」
するりと君の手が、私の首元を通ってネクタイを持ち上げる。そのまま剣先に口付けをすると薄らと微笑んだ。普通は男装した女なんて選ばないだろうに。君のその恋心には嘘偽りがなかった。だから私は同じように君のネクタイを手に取るとそっと口付けをした。おいお前ら何してんだよと他の仲間が声をかけてきて私たちは少し距離を取った。君がこっそり、またあとでと囁く。それに頷くと仲間の中に2人して紛れていった。
それが君との恋の始まり。幸せの始まり。
君と出会って早3年。
先に大学を出て就職を決めた君と、今年卒業して同じように就職を決めた私。2人で暮らし始めたワンルームは少し狭いけれど暖かさで満ちていた。朝早く出ていく君を見送る私。たまには早く一緒に出たりもして。それはそれはすごく充実した生活を送っていた。
君と作る食事が好きだった。君の背中を流す時間が好きだった。君とメイクをし合う時間が好きだった。
君と過ごす時間の全てが愛おしくて、永遠にこの時間が続けばいいのにって思った。
それは突然現れた違和感。
お揃いのメイクポーチに入っていた異物。
君が使わない赤色のリップティント。
メイク道具は全部お揃いにしていたから、私が持っていないものは持っていないはずなのに。そもそもメンズメイクでそのタイプのリップはまず選ばない。選ぶとしたら・・・。
「ねぇ、そのリップどうしたの。」
「えっ、あぁ、と、友達が間違えて入れたみたいだ。今度返しておくよ。」
「そう、早めにね。」
選ぶとしたら、女装する人か女。
私たちの周りに女装家はいない。となると消去法で・・・。
そこまで考えて首を左右に振る。君が浮気なんてするわけない。そもそもこれだけで浮気を疑う方が失礼な気がする。だけどもし、これが浮気だとしたら。
相手の女からの宣戦布告。
「ねぇ、アイライン引いてあげる。」
君の声で顔を上げる、すっと目を細めれば幸せそうにライナーを持つ君がいた。
気付いてないとでも思った?君が嘘をつく時の笑い方。
あぁ。これは黒だ。
たぶん、きっと、それは、私が気付かないふりをすることで回避することができたんだと思う。
この恋が終わりを迎えてしまうことを。