表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

Contemporary novels

Goodbye youthful days

作者: よた

『一か月記念日おめでとう☆ 11月下旬に大学のBクラスの忘年会のおかげで、メール✉しはじめたね! 実は私はその時から……君が気になってたよ(笑) だから、アドレス知れてラッキーって思ってました!!☆ でも、最初の方は私から喋れなかったよね(汗) 嫌われてしまうのではないかと、とても不安で怖かったから、メールつまらなくないか聞いたんだ(汗) 段々と素でいられるようになって、電話やデートしたよね♡ 電話で印象に残っていることは…… 君が「もっとべったりしてきていいよ」って言ってくれたこと!♬ それと、弾き語りしてくれたこと!♬ 一つ目のほうは聞いてて恥ずかしかったけど、す――っごく嬉しくて身体が熱くなりました(笑) 多分その日から、私は君に頼るようになり、もっと君のことが好きになった気がするよ☆(笑) 弾き語りしてくれた時は、本当に!!! 本当に!!! カッコ良くて☆ やっぱり私は君が好きなんだな――って、思ってたんだ♪ 正直、聞くまでは普通なんだろな――って思ってた(笑) でも、本当に上手くて、意外な一面でした♡♡ 他にも色々なところに行って、遊んだり色々なことを経験して、先週ちょっと喧嘩じゃないけど、ギクシャクしたり……。それでも、お互いが好きになるっていうことは、すごいことだと私は思ってるよ。幸せだよね♡♡そうだと思わない? 甘えすぎ、頼りすぎ、わがまま言い過ぎ、だらしなさすぎ……こんな女の子なのに好きになってくれて、ありがとう♡ 私、もっとしっかりしなきゃって思うし、君が言うように勉強もしなきゃいけないと自分でも分かってる。でも、君との思い出も同じように大切だよ! お互いが必要としている関係でありたいね☆☆ 君と出会えて、こういう関係になれたこと、本当に、不思議☆☆奇蹟☆☆運命☆☆いつもありがとう♡そして、ごめんね(-_-;)』


『お誕生日おめでとう!!☆ そして検定お疲れ様!!! 合格しますよーに♡ もう20代の男性だよ!!(笑) お酒ちょっとでも慣れた方がいいよ☆ きみと呑みに行けたらいいな♬(笑) 誕生日プレゼントめちゃめちゃ迷ったよ(>_<) 気に入ってくれたらイイナ……♡ わたしが全部一人で買いに行ったんだからね!! メンズ店いーっぱい見て気まずかった↓↓(笑) 君のいつも着てるブランド以外にもかっこよくて、そんなに高くないお店あったよ(^.^) まぁ、メンズ服はレディースに比べると高いが! 本当は靴あげたいんだけど分からないしね……諦めた☆(笑) 一緒に買いに行こっ! スニーカー以外ね♡ 今日が20年間生きててよかったって思えるような一日になればいいな☆ こんなバカな女の子を好きっていつも言ってくれて、ありがとう♡♡ 私は、君と付き合って色々と変われたよ!! 自分を必要としてくれる人がいるって分かって、初めて生きてて良かったなぁって思いました。その分、感謝の気持ちを込めて選んだプレゼントなんだ♪ だから何も気を使わないでいいよ! その代わり、私のことを大切にしてください。将来は大切だけど、いまこのときを大切に過ごしたほうが、一度の人生だからいいと思う。君が笑ってくれると落ち着くよ☆ 甘えたいときは甘えてね♡ 泣きたいときは泣いていいよ♡ まだ、君のことは分からない面もあるけど、このままなんでも話せる仲でいられたらいいなぁ☆ 私の一番の理解者は君だよ♡ 生まれてきてくれてありがとう!! 出会えて幸せです☆☆ I love you』


『ハッピーバレンタイン♡ 今年は、クッキーチョコレートケーキ!! よくばりのきみのために作ったよ♡♡ これたべて、検定の勉強の疲れが癒されますように☆ いつもありがとう!!☆ これからもあきれるほど愛してね♪ ずっと好き☆ Love so sweet』


 ◇


 早春の候、春時雨――まだまだ春というには名ばかりで、大学の図書館から見える学生は、皆、コートやジャンパーを羽織っていた。東京は三月のはじめごろまで、真冬の寒さが続くという。季節は繰り返し、三月を過ぎれば暖かい風が吹きはじめる。四月になれば、眠っていた蕾が開いて、春の訪れを人々に伝える。


 しかし私たちの蕾が開くことは、おそらくないだろう。蕾は春を待つ間に腐り、別れの予感という悪臭を放っている。せめてこのときが長く続けと、私は願っているが、それは散るのを待つ儚い願いだ。


 午前中の授業を終えた私は一人、図書館の二階の窓際で時間を潰していた。そこは最近の私の特等席だ。なぜなら、そこから彼の取っている講義の教室が見えるからだ。今日が彼の、学期最後の講義だった。しかし彼は、この学期が終わるまで、私がわざと図書館の二階から覗いていることに気がつくことは、ついになかった。本当に――糞真面目か。ちょっとくらいよそ見をしたっていいんだよ? そしたら私が見えて、君の可愛い彼女がニッコリ微笑んでるんだよ? だのに、だのに、どうして君は一度も振り向かないかなぁ?……


 講義終了のチャイムが鳴って、皆が席を立って教室を出て行くと、私の気分もすこしはましになった。彼が階段を下りて、図書館へやってくるからだ。思った通り、彼は図書館側の出口からやってきた。彼はちらっと私のことを見る。


 しばらく待っていると、彼がパンパンに膨らんだ手提げを肩に担いでやってきた。いったい何をそんなに入れているのやら――それが、彼と付き合って一番の謎だ。


「おまたせ」


 彼が後ろで囁いた。図書館の中だから気をつかっているのではなく、彼はもともと、ぼそぼそと喋る。正直、たまに声が聞こえない。


「待った! ねぇ、どこ行く?」


「ちょっと勉強したいんだけどさ……」彼は気まずそうに視線を一瞬後ろへ向けた。


「もう図書館は飽きたよ……」


「期末テストは?」


「レポート……」


「終わったの?」


 私は首を横に振った。彼が答える。


「ちょっとだけ待ってくれる?」


 私は隣の席の椅子を引いてやった。すると彼が隣の席に座って、重たい鞄をテーブルの上にズドーンと置き、教科書と筆記用具を取り出した。


「ねぇ、その中身、何入ってるの?」


「教科書」


「それだけ?」


「パソコン」


「ロッカーに置いとけばいいのに……」


「盗まれたらいやだろ?」


「盗まれません、――そんな古いやつ」


 彼は「念のためだよ……」と言ってシャーペンをカチカチと押して芯をだしはじめた。それからずっと無言で勉強をはじめた。彼女の前で普通に勉強をするって、どうなのよ?――私はじっと彼の横顔を見つめてやった。しかし、彼が振り向くことはなかった。彼の勉強が終わるまで、私は課題のレポートに取り掛かることにした。


 ◇


 私のレポートもすっかり終わり、彼の気が済む頃には、外は真っ暗になっていた。図書館の自動ドアを出て、古い六号館を横目に大学の門を出る。春とはいえ、日が短い。空気は乾燥していて、手の甲はハンドクリームを塗らないと外套の繊維に引っかかる。彼の手は冷たくて、乾燥していた。私は彼の手を温める。


 大学の最寄り駅は二つあって、私達はそれぞれ別の駅から通学していた。私達がいま向かっている駅までの近道は住宅街で、何の変哲もない路地に街灯がともっていた。その間、私達は無言になって、会話はほとんどない。最後の講義はとっくに終わっていたので、学生たちもほとんどいない、二人だけのしじまであった。私はこの静けさが一番苦手だ。


「ねぇ、――どっか行く?」私は口を切った。


「いいよ」


「どこにする?」


「うーん……」すると彼は歩きながら遠くを見つめたまましばらく考えた。「池袋」


「また池袋?……もうなんかさ、飽きちゃったよ」


「あんまり遠くに行きたくないし……嫌だ?」


「うーん……」別に彼といれればどこでも良いのだが――「じゃあ、いいよ」


「漫画喫茶でいい?」


「うん!」


「じゃあ、決まり」


 彼がそう言ったとき、目の前に一匹の猫が座っているのが見えた。私はその猫に見覚えがあった。私は彼と一緒にその猫に近づいた。この猫はリズちゃんといって、時々大学の通学路に出没する名物猫である。彼女は人通りの少ない路地の生垣の下で、毎日ちょこんと座っているのだ。


「リズちゃーん、こんにちは!」と私が挨拶すると、


「ミャーゥ……」リズちゃんが答えた。


「見てみて! 反応してくれた!」


「うん……」彼は猫を眺め名がら固まっていた。


「君も触ったら?」


「いいよ、猫苦手だから」


「猫が苦手? ――えぇ? なに? 怖いの」


「ち、が、う、よ! 猫アレルギーなの!」


「えぇー、かわいそうに……こんなに可愛いのに」


「ミャーゥ……」リズちゃんがまた返事した。


「ねー」私はリズちゃんを撫でてやった。


「かわいいのはわかるんだけどさ、触るとなるとね……」


 彼は両手をジャンパーのポケットに入れたまま言った。私はそんな彼を見上げてぼうっとしていた。白い息が空へと登っていく。すると彼が言った。


「もういく?」


「うん!」


 私はそう言うと、立ち上がってリズちゃんにさようならした。


 そのあと私達は電車に乗って池袋へと向かった。


 ◇


 人の波が東口からサンシャイン通りまで続いていた。どこか懐かしさを感じるタカセビルのケーキ屋の前を通ると、そのまま左へ曲がって騒がしい通りへと向かった。メイド喫茶のメイドが寒い中チラシを配ったり、居酒屋のアルバイトが客引きに勤しんでいる。


 私たちはそれらを交わしながら池袋の漫画喫茶に到着すると、二人で昔のテレビ番組やミュージックビデオを見たり聴いたりした。その漫画喫茶の部屋は座敷になっていて、横になれるくらいの広さがあったので、そこへ寝転がって、膝枕をしたり、キスをしたり、そうやってだらだらとすごした。


「近くで見るとやっぱりカッコいいね……」と私が言うと彼は、


「そう?……」と言って、照れ隠しに鼻で笑ってみせた。


「それと君のアレは元気だねぇ……そんなにしたいのかい?」と私は彼のわき腹に手を突っ込んでやった。


「やめろ馬鹿っ! するわけねーだろこんなところで!……」彼はびっくりしたように身体をおこした。


「かわいい……」私は寝転がってそのまま彼のことを見て笑った。


「うっせーな……」そのとき、彼は大きく息を吸って、「へっくしょんっ!」と大きなくしゃみをした。


「どうしたの? 風邪でも引いた?」


「さっきから鼻水が出てさ……それと瞼も痒い」


「あぁ、もしかしてリズちゃん?……」


「おまえ、手、洗ったのかよ?」彼は弱々しい声を出しながら、鞄の中にあるティッシュを取り出した。


「洗ってない」


「まじか……」彼は涙を流しながら鼻をかんだ。


「ティッシュもっとあげようか?」


 彼は黙ったままティッシュを受け取って、鼻をかんだ。漫画喫茶ではいつも二時間ほどゆっくり過ごす。そのあと居酒屋かファミレスに行って、一緒にご飯を食べる。お決まりのデートコースだ。


 一通りのルーティンが終わると、私達は改札口へと向かった。駅前では誰かがキーボードで弾き語りをしている。人混みはまだ途絶えていなかった。


 いけふくろうの側を通ると、誰かを待っている人達がいて、懐かしい気持ちになった。そういえば最初のデートは映画館だった。作った人には悪いが何を見たのかよく覚えていない。


 改札を通り抜けた時、私は立ち止まる。彼が手を離そうとしたとき、彼が振り返り、思った通り困ったような顔をする。私は彼の襟に腕を回し、彼がちょっとだけかがむとキスをした。唇が離れた後、私が「それだけ?」と言うと、彼は「勘弁してよ……」と答えた。


 じゃあねと別れて、私は湘南新宿ラインのホームに立った。そして、山手線のホームのほうを見ると、彼が立っているのが見える。彼も私のことを見ていて、手を振ってみせる。私も一緒に手を振った。でも、すぐに電車がきて彼の姿が見えなくなった。


 ◇


 そして翌日、今度は私が大学二年最後の講義を受け、いつものように図書館で待ち合わせした。何も変わりのない、ごく普通の、退屈な一日になるはずだったあの日、――私達は別れることになった。


 いつも通り、大学の図書館から最寄りの駅まで向かう途中、あの暗い路地で別れ話になってしまった。話の内容としては、私がまたどこかへ行こうと誘ったのだが、彼はぼんやりと上の空で何も答えなかったのである。私はそれが気に触ってしまい、こう切り出したのである。


「ねぇ――」私は立ち止って行った。「疲れちゃった?……」


「いいや、別に――どうした?」


 気まずい空気だった。でも、声は震えて、今にも逃げてしまいたかったが、頭がかっとなって、まるで口が勝手に動いたみたいだった。


「別れる?――」


 そのとき、彼の手の温度がさっと引いて、彼は目をまるくした。そしてしばらく考えたあと、彼は「わかった――」と言った。


 自分で言い出しておいて、私のほうも帰ってきた言葉に血の気が引いてしまった。そして、そのあとに彼のいない日々が頭に浮かんで、化粧のことも忘れ、涙が止められなくなった。こんなに好きな彼にどうして別れ話を持ち出せたのか、我ながら、後になっては疑問でしかなかった。彼が否定してくれたらよかったのに、そうすれば、まだつまらない日々を一緒に過ごせたのに。


 雪が降りそうなくらい冷たい風が吹いていた。互いに手が離れ、放心状態のまま駅についてしまった。何も用事がないとき、ここでバイバイして、彼はもう一つの大学の最寄り駅から帰ってしまう。


 彼はなんて声を掛けたら良いのか分からないといった様子であった。電車が来ると、私は「じゃあね」と言って、彼の言葉も聞かずに逃げるように改札口を通って電車に乗り込んでしまった。


 電車の中であんなに大泣きしたのははじめてだった。周りの人はきっと気まずかっただろう。私はそんなこともお構いなしにハンカチに顔を埋めていた。


 家に帰る頃にはだいぶ嗚咽も収まっていたが、泣き過ぎで目が赤くなっていた。家の玄関に入るとお母さんが立っていて、「おかえり」と言った後すぐに心配そうな声で「どうしたの?」と聞いてきた。


「なんでもない……」


 今は誰とも話したくないと思っていた私は、家の階段を登って二階の自分の部屋に向かって、鞄と外套を投げ捨てると、ベッドに飛び込んだ。そしてそのままうずくまって、外行きの洋服のまま眠ってしまった。


 目を覚ましたとき、夢でないことに気がついて、もう一度がっかりした。彼と別れ話をしたその夜、私は何度か彼とメールのやり取りをしたが、別れ話のことは何か腫れ物に触るようで、切り出すことができなかった。


 いつもなら寝るまで長電話するところだが、この日はメールだけだった。何度かこういうことはあったが、今回は訳が違った。


 やり場のない不安と孤独が、暗い天井に渦巻いて、宙を舞っていた。背骨が抜けてしまったかのような脱力感を、どうにかしようとすると泣きたくなる。まだ君の匂いが残っている。


「あぁ……なんであんなこと言っちゃったんだろう……」


 天井に向かって、私は言った。いったいどうしたらおんなじ日々が続いたんだろう? 考えてもどうしようもない。わかっている。でも、頭の中は君のことばかりだ。君がいないと何もかも、空っぽだ。


 私って君と付き合う前、どうやって生きてたんだっけ――思い出せない。生きるのこんなに下手くそだったっけ。まるで魔法がとけちゃったみたいだ。なんであのまま一緒にいれなかったのかな……


 ◇


 その日以来、彼との連絡はぱったりと途絶えた。春休みに入ったことも、幸か不幸か、彼との距離をつくった。おかげで私は、彼のことを思い出さずに過ごすことができた。彼氏ができて、付き合いが悪くなった分を取り返すかのように、私は大学や高校時代の友人とアイドルのコンサートによく出かけた。すると、だんだん彼と付き合う前にあった日常を思い出してきた。


 蒸し暑い会場、黄色い歓声、煽る歌声――久しく忘れていたすべてが一気に蘇ってきて、心にぽっかり空いた穴を埋めてくれた。以前より自由が聞いたし、バイトで稼いだお金も溜まっていたから、心置きなく楽しむことができた。


 そんな私のことを見た友人たちは、どうやら私と彼氏が別れたことを、思ったよりも早く悟ったらしかった。――だから何? 私はそう思っていた。そんなことは気にせず、今を思いっきり楽しもうと、はしゃいだ。でも、友人はみんな私にずっと付き合っていられるほど暇ではないようで、連絡をとって一緒に遊びに行こうと誘っても、予定が合わないことも多々あった。そういうときは、「一人で行くか……」と荷物を持って出かけた。おかげでファンクラブのなかで一目おかれるほどになった。嬉しいやら悲しいやら――複雑な心境だ。


 春休みはあっという間に終わってしまい、すぐに大学の友達には彼氏とのことを聞かれた。気がつかれるのは時間の問題だったから、隠すことなく打ち明けた。ほんのちょっとだけ心は軽くなったけれど、やっぱり傷までは癒えなかった。


「ねぇ、それじゃあさ――」と大学でよく昼食を一緒にとっている友人が言った。「一緒に婚活パーティーってやつ行ってみない?」


 私は友達に言われるがまま生まれてはじめて婚活パーティーへと向かった。会場は六本木のバーで、背の高い椅子に座って、いろんな男性が二人グループでまわって来て、十分間くらい会話する。男性はみんな年上で、仕事のことや趣味のことを話していた。しかし、興味のない男の話を聞いても魅かれるようなことはなかった。何と言えばいいか、文脈……そう、文脈がないのだ。彼との思い出で作られた文脈と比べてしまうと、圧倒的に足りないのだ。


 表情が晴れぬままパーティーは終わった。一応何人かと連絡先を交換し、私と友人は会場を去った。「きょうは残念だったねぇー」と友人が言って、駅へと向かい、別れて家に帰った。


 しかし後日、婚活パーティーで知り合った男性の一人と、頻繁に連絡を取るようになった。最初はなにか罪悪感のようなものがあったが、彼への反抗心が背中を押した。その人と話していると、付き合いたての頃の、初々しい感じが戻ってきた。それから何度かその人と遊びに行くようになった。


 ◇


 春休み以降――大学三年生の大学生活は、必修科目もほとんどなくなり、講義らしい講義もほとんどなくなって、各々が好きなことをやっていて、呑気なものであった。しかし、就職活動の次期も近づいてくると、同期生のスーツ姿が目立つようになっていた。面接の受け答えや、履歴書の書き方講座などもはじまって、徐々に大学生活に色が失われて行った。みんな服装も顔の雰囲気も変わって、なにか高いところを見つめていた。それは彼も同じで、図書館で彼が座っている席を横切っても、何やら真剣そうにパソコンにむかっていたり、就職試験の勉強をしていたりと、私にはちっとも気がつかなかった。


 ある日、私はしびれをきらして、彼の隣の席に座ってやった、――が、彼は無反応。じっと隣で彼の目を睨みつけてやった。すると、ぱたっ――と彼の手が止まった。


「なに?」彼は私のほうを向いて言った。


「なんで一言も喋ってくれないの?」


「はぁ?――だって別れんだろ?」


「別れたけど、友達でしょ?」


「そういうことじゃ……」


 彼は苦笑いして答えた。しかし私のことを避けているわけでもなかった。どうやら彼も私に気を遣っていてくれたようだった。私は思い切ってこう言った。


「ねぇ、ちょっと遊びにいこうよ」


 こうして私と彼は、池袋へと向かった。そしてこの前と同じ、漫画喫茶へ行って、二人で音楽を聴いたり映画を見たりした。久しぶりに彼と一緒にいたから、ざわついていた心が和んだような気がした。


 そして私は、いつものように彼の膝の上に腰掛けてしまった。そのとき突然、急に背筋が凍りつくような気がした。彼は、私のことを、友達としては見れないようだ、ということに気がついたのである。そして私も……


 携帯のアラームが鳴って、漫画喫茶を後にすると、私達は駅に戻り、改札口に入ったところで別れた。それ以来、彼とは一切口を聞かなくなってしまった。


 ◇


 それからの一年は、ほとんど思い出という思い出がない。目立った行事もなく、就職活動が終わり、卒論に取り掛かる。そのときには、卒業までの単位もすべてとれてしまっていたため、大学へ顔をだすこともなかった。結局、彼の姿を見たのは、大学卒業の日だけだった。


 卒業式では、彼が壇上に上がって卒業証書を受け取る姿を眺めた。それから懇親会があって、私は友達とたくさん話をした。大学の教員に感謝の花束を送り、豪華な食事を楽しみ、記念撮影をした。それから二次会があって、お酒をいくらか飲んだ。


 それらが一通り終わった後、私は友達と別れて駅へと向かった。懇親会の会場から駅へと向かう途中、桜が咲いているのが見えた。賑やかな目黒駅前に到着すると、改札口を通って、駅の中に入り山手線のホームに向かった。狭い階段を登っている途中、ちょうど帰宅ラッシュと重なってたくさんの人とすれ違った。


 乗り換える駅の階段に一番近い乗り場へと歩くため、私はホームをずっと歩いていた。すると彼が駅のホームに立っているのが見えた。私は彼に声をかけるべきかと一瞬頭をよぎった。彼のそばに行くにつれて身体が緊張したが、今更どんな顔を合わせればよいのかもわからなかった。そして彼を通り過ぎると、すぐにその緊張は消え去っていった。彼のことを見たのはこれが最後である。


 以上が私と彼の、なんの他愛もない物語だ。本当はもっとたくさん思い出があったはずだったが、今となってはもう、ほんの少ししか覚えていない。ときどき彼とあのままいたらどうなってたんだろうと考える時があるが、あのとき別れていなかったとしても、時間の問題だったのかもしれない。


 彼ともう一度会いたいかというと、正直、遠くから眺めるくらいが十分な気がする。彼はもう、彼の人生を歩んでいるのだから、彼の邪魔をしてはいけないと、そう思っている。もしどこかで会うことがあっても、私はそっと道を引き返すつもりだ。――さらば青春、さらば退屈な日々、さらば幸せな日々、さらば君が大好きな私、そして、君を愛してる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ