TIPS 3-3 【P】
今しがた出てきたばかりの、開けっ放しの校門に再び駆け込み───けたたましいクラクションと迫るヘッドライト。そしてブレーキの甲高いスリップ音。
『いいいいいいい!!??』
間一髪踏み止まる。車の運転手がこちらを睨みながらそのまま走り去った。ゴムの焦げる様なタイヤの匂いを残して。
『な、なんで車が…??』
先生かと思ったけど知らない顔だったし、そもそも先生達の車の出入りする門はこの門じゃない。
そして、気付いた。
『どうして───外に出たの…?』
全速力で校門を駆け抜けたハズだった。ハズなのに、180度向きが変わっていて、なぜか校門の前の通学路に飛び出していたのだ。
頭を思い切りブルブル振るともう一度校門に向き直り、今度は逸る気持ちを抑えながらゆっくりと進む。
まさか。まさか、ね…。
視界が、校門の奥に佇む校舎を捉える。一歩、校舎、もう一歩、まだ校舎、更にもう一歩…校…通学路。
『だああああああ!!!!』
人目を憚らず頭を抱えて絶叫した。たまたま通りかかった通行人の視線が痛いとかどうでもいい。
【立ち入ると締め出される校門】…本当にあったのかよ!!
どうする? どうしたらいい? どうしたらこの門を越えられるんだ?
妄想かと思われたイベントに遭遇した喜びや驚き、恐怖よりも、悲劇的に間の悪いこのトラップをどうするかの方が余程重大案件だった。
『立ち入ると締め出される…後ろ向きならどうだ!? 立ち入る気なんて更々無いですよ、って古典的だけど…』
開いたままの門の真ん中辺りにもう一度立ち、くるっと背を向ける。そしてすり足でゆっくりと慎重にバック…慎重にバック…慎重に…背中に近付いていたはずの校門が目の前で遠ざかっていく…。ダメじゃん!
クソッタレ、もう古典小説は読まねぇぞ。
イライラが募る。ただでさえ短気なのにこの罠は的確にそこを突いてくる気がした。
仮に重機を運転出来たら迷い無くこの門をブチ壊してるだろう。
『壊す…? 壊して、道を作る…!?』
ハッとした。
こうして目の前に本当に七不思議が姿を現した。先程の仮説で、もし七不思議が " 順番 " に意味を持つのだとすれば、恐らく渦の様に配置された " 位置 " にも意味があるハズだ。
校門の怪がこの場所でこそ存在する意味があるのだとしたら?
私は新たな仮説を検証すべく、今しがた轢かれかけた通学路へ校門からフェンスに沿って数メートル移動し、一気にフェンスによじ登ると、その向こうに繁る木立の間へと飛び降りてみた。
フェンスを壊すのは無理だけど、道を別の場所に見出す事は出来る。
これなら…どうだ…!?
『やった!!』
通学路に締め出される事無く、木立の根元の土の上に見事着地していた。
これでもダメならどうしようかと本気で考えたけど、越えられたら越えられたで単純すぎる罠に対して腹が立った。それにハマってた自分も。
けれど今はそれ所じゃない。反省は後でいい。
これ、他の生徒がもし忘れ物でも取りに来たらどうなるんだろう?って気になったけど、先程の仮説が正しければたぶん今日だけは誰も来ない。
今度こそ正面玄関へと走り込む。扉はさっき出てきた時と同じ様に開いたままだった。よしっ!
上履きに…って一瞬思ったけどそんな暇あるか!
私は瞬時に意を決するとノーブレーキで校舎内に上がり込───
『な…っ!?』
足を止めざるを得なかった。
イメージの中で駆け抜けようと計算していた玄関に入って真っ正面の下駄箱と下駄箱の間。
生徒が数人横に並んでも余裕があるはずのその空間に、なぜか下駄箱が、あった。
『なんだよ…これ…』
その下駄箱は、下駄箱であることは何となく理解できたが、絶対にそこにあるべき物ではなかった。
我々の使う下駄箱はスチール製。
しかしそこに現れた下駄箱は…所々朽ちた…木製だったからだ。
そしてこちらに向いた側面部分には、乱雑に、そして異様な数の釘で打ち付けられた学年プレートが十字架の様に、二枚。
┌─┐
┌─┤4├─┐
│3│※│5│
└─┤2├─┘
└─┘
伝わりにくいかもしれないけど、※の部分はプレートが交差している部分、そして狂ったように釘が何十本も打たれている部分でもあった。
『【宵闇に増える、存在しないクラスの下駄箱】…これの事!?』
存在しない、という意味はすぐ分かった。
なんて事は無い。中学なんだから4という学年は無く、ウチの学校は少子化の影響でクラスは3までしかない。もし仮に中学校のプレートであったとしたら、それは学校教育法が定められる1947年以前のウルトラ年代物って事になる。ウチの学校はそもそもまだ50年も経過していない。
けど、いつの時代のどこの学校のシロモノか知らないがとにかく邪魔なんだよ!!
『空気読め馬鹿野郎!!』
怒りに任せて怒鳴りつけると、隣のクラスの下駄箱前に回り込み駆け抜ける。向かって左にある職員室の方へ急カーブし、先程通り過ぎた際にも明かりがついていなかった事を改めて思い知らされた。
『やっぱり…誰もいないじゃんかよ!! クソが!!!!』
浮かれていた自分自身への八つ当たりで閉ざされた扉を思い切り殴る。はめ込まれた薄い覗きガラスが振動と衝撃で割れんばかりにビリビリと鳴り、暗い校舎内に響き渡った。
時間的に不自然に誰もいなくなった校内。教師すら誰も残っていないというのに開け放たれている校舎。
" たぶん今日だけは誰も来ない " ───そう予想したのは、この不自然な状況が八不思議を仕組んだ何者かの意思による物ではないかと感じたからだ。邪魔をさせないように。
私は…その中のイレギュラーなのだろうか。
殴りつけた拳からじわりと血が滲む。遅れて響き出した痛みが頭を揺り動かす。
…どうする? どこに行けばいい? 【とびらのむこうがわ】? その "とびら" ってそもそもどこだよ!?
『…ははっ。そんなん分かり切ってんじゃんか…。どこだか分からなければ追いかけるだけだろ』
廊下の闇の更に奥を睨みつける。次は【姿の映らないC階段三階踊り場の鏡】!!
再び走り出す。…あれ、そういえばここは…
ぐにゃっ
『ぐぇっ!!?』
突如、強烈な眩暈に襲われた。体ではなく意識そのものを真横に引き倒された様な衝撃、そして世界が複雑に折り畳まれたのかと錯覚する程の激しい眩暈。
かろうじて立ってはいられたものの、スイカ割りのスタート前の目隠し大回転をしたみたいな酔いと吐き気がすごい。昼ご飯の直後だったら間違いなく御法度野郎になっていただろう。
逆さまになろうとする視界を気合いで黙らせ何とか立ち上がると、半ば予想していた光景を目にする。
『はは、そうですよね…、二度あることは三度ある、ってか』
ふらつく目の前には、先程怒りに任せてぶん殴って走り去ったハズの職員室の扉。校門で締め出された時とは違い、ガチで物理的に引き戻されたってワケか。まさに【二回通り過ぎる職員室前廊下】だわ。
『…次は通してくれるんだよな? また無理矢理戻しやがったら…いつか必ずこの辺一帯すべてぶっ壊してやるからなッ!』
もたつく足を引っ叩き、走る。三半規管は完全に復活してはいないが、例え後でイカれてもいい。一秒でも早く、先へ。
約束(?)通り次は進む事が出来た。今のコンディションで階段を駆け上がるのはかなりしんどいが、手すりを掴んで引き寄せよじ登る様に体を上段へと持ち上げる。
2.5階、踊り場の鏡。
もう今更驚けってのが無理だろう。
『…ああ、見事に映ってないわ、私』
つい先程チラ見した時はチビでひんぬーで剛毛クセ毛のチンチクリンが映っていたというのに。
…あれ?
鏡に映る奥の方、つまりは今自分が上ってきた鏡の世界側の階段を、何かが上ってくる。
一瞬身構えたけれど " それ " が何かはすぐに分かった。
鏡の向こうで、手すりをよじ登るように何とか階段を上ってきた私が、こちら側の私を見ていた。
いや、予想通り何も映っていない鏡を見ていた。
これが真相か。映らないんじゃなくて、時間の流れが遅れてたってワケだ。
とんでもないことをサラッと受け入れてしまっているが、私はリアリストだから起きてしまった事はもう真実なんだと脳が処理しているんだと思う。
鏡の中でチンタラしている自分に吐き捨てた。
『遅ぇよ、私。とっとと行くぞ』
もう鏡を振り返る事は無かった。
(TIPS 3ー4 【P】へ続く)