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アマリアが、帰ってくる。
そのニュースは、瞬く間に軍の内部に広がった。
新人や、大方の後輩は知らない。
話にも上がらないようだが、
彼女についていた後輩や、同期、上官は、
皆、懐かしい気持ちになった。
だが同時に駆け巡った、ヴェルダー伯爵の離婚の話で、我らが願った幸せは叶わないのかと絶望した。
アマリアは、退役時、少佐だったが、5年というブランクを考査して大尉からのスタートになった。
「アマリア!!」
司令官室から出てきたアマリアに声をかける。
「……ベルク!」
身長は前と変わらないはずなのに、何やら昔より小さく感じる。
月みたいな銀の髪が馬のしっぽのように、ひとつにキツく結ばれ背中でゆらゆらと揺れている。
あの頃の髪型とは似ても似つかない。
しかしそれ以上に雰囲気が、5年という月日が、アマリアを何やら柔らかくしていた。
「久しぶりだな。」
「そうね…ふふ、……ダドリー中将とお呼びした方がよろしいですか?」
俺の姿を視界に入れて変わらない青空みたいな目を丸くして、
柔らかくなった言葉で返事したと思えば、ふと思い出したように聞き慣れないかしこまった言葉で喋り出した。
「うわ、やめろよ。辞めた時はお前の方が階級上だっただろ!それに今でもお前は仲間だし同期だと思ってるから」
「そう?じゃあ、そうするわね。」
「…どっちにしても喋り方丁寧になったな」
女の士官はいるにはいるが、やはり男社会で、舐められない為に男より男らしく話していたアマリアだが、結婚して貴族社会を経て、ーーー元々令嬢ではあったがーーーなにやら令嬢らしくなっている。
「ふふ、ベルクのその顔久しぶりに見たわ」
俺は多分今苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
「うっせ。体力は大丈夫なのか?流石に5年前と同じとはいかんだろ。」
「…そうね、鈍らないようにトレーニングは欠かさないようにしていたけど、やっぱり子供を産んでからは体力は前みたいにはいかないわね。」
そう言えば、3年前にヴェルダー家で長子が産まれたと軍部にまで伝わって来てたような気がする。
「お前子供は??!」
「引き取ったわ。慰謝料代わりに子供は譲らなかったの。勿論ヴェルダー家の家督は放棄したわ。平民になってしまうけど、残った方があとが辛くなるもの。」
飄々となんでもないかのようにアマリアは言う。
平民になる?お前の実家は?と聞こうと思ったが、不仲だった事を思い出し何も聞かないことにした。
だが、
「住む場所どうするんだ、お前がいない5年で規則が変わって新人の5年以内じゃないと寮に入られなくなったんだぞ」
「先程、スコッツ大佐…じゃなかったスコッツ大将から聞いたわ。そうなのよね、まぁ平民街の軍人用のアパートにでも住もうかしら」
それはどうだろうか、アマリアは明らかに貴族の色だ。そんな女が平民と名乗っているなど怪しく思うに違いない。
多分、アマリアが入るとしたらどうしても治安のレベルを落とした貧民街との境目くらいの誰でも受け入れてくれるアパートしか無理な気がする。
「多分無理だな。仕事中子供はどうするんだ、平民街のコミュニティは厄介事を好まない。子供の髪色と目の色は?」
「銀髪に青い目よ、私と同じ。」
無理だ、貴族に縁のある子供は平民街で誘拐されたり、はたまたそこから遠縁の貴族が出てきて理不尽に因縁をつけられたりするからだ。
「はぁ…、しっかり家賃もらうから俺の家に来い」
「何言ってるの!?流石に奥方に悪いわよ!離縁したての子連れの女を家に連れてくるなど無用な勘違いを産むわよ!」
ブワッとあの頃の熾烈さで俺に詰寄るようにアマリアが言う。
「奥方なんていねーよ!!!いたら言うかよ!!」
「…………まぁ……中将にもなって嫁が居ないなんてベルクの何かが余程悪いって事よ???」
信じられないような顔で、こっちを見てくるアマリアに思わず怒鳴った。
「うっせーな!!出来ないんじゃなくて、しねーんだよ!とりあえず、上官命令な!つべこべ言わずにウチで下宿したらいいんだよ。」
「顔も悪くないのにねぇ…?ふふふ、ありがとう」
アマリアは少し困ったように、今まで見た事ない顔で笑った。
アマリア
類まれなる才能を見せつけ最年少で少佐にまで上がったが、5年前に結婚で退役した。伯爵夫人となるも、離縁する。
ベルク
最初は同期の女で、自分よりスイスイと上に上がっていくアマリアが気に食わなかったが、同じ隊に配属されてからアマリアの有能さと気が合ったので仲良くなった。アマリアが退役してからメキメキと頭角を現し、1年前の戦争で手柄を上げ今度は最年少中将に。
ディーテル(アマリアの息子)
愛称はディー、3歳児。銀髪に碧眼、女の子とよく間違えられる。アマリアにそっくり。先天性魔力飽和症(魔力が多すぎて常に溢れている)のせいか、人の感情を読み取ることが出来る?本人は幼いため、あまりよく分かっていない。