迷探偵
「アホみたいに疲れたわよ」
ビクトーリアとの思わぬ邂逅を終え、ベッドで横になりながらシャルロットは愚痴る様に感想を口にする。
その脇で控えるクーデリカは、どう返事を返すべきか迷いながら苦笑いを浮かべた。
「それで、あんたの方はどうだったのよ?」
シャルロットの問いかけに、クーデリカは僅かに身体を震わせる。
今後の行動を考えれば、素直にあの騎士、ガラハッドの事を話すべきだ。だが、無様に、何も出来なかった敗北を、クーデリカはどうしても口にする事は出来なかった。
「何もありませんでした。マルコ卿に、色々な場所を案内していただいただけです」
微笑みを浮かべながらそう言うクーデリカを、シャルロットは瞳だけを動かし見つめた。どうした物かと思いながら。
「そうは言うけど、誰か待っていたんでしょ」
まるで関心が無いかの様な抑揚で、シャルロットは再び問いかけた。
隠す事で欠落する事実を聞かれ、クーデリカは表情を歪ませる。どう繕ったら良いのか、と。
「何て名前の人だった?」
まるで助け船の様なシャルロットの言葉に、クーデリカは素直に乗船する事を決める。そうする事しか、道が無いのだから。
「ガラハッドと言う名の騎士でした」
「ガラハッド? 法国の騎士なの?」
「いえ。マルコ卿は猊下、と」
クーデリカが猊下と言う言葉を口にした瞬間、シャルロットが起き上がった。
同時に、うつむき顎に手を当てる。
「猊下? それにガラハッド?」
ぶつぶつと同じ言葉を口ずさむシャルロット。
クーデリカはしばらくそんなシャルロットを見つめていたが
「御存じなのですか?」
沈黙に耐えきれず、問いかけた。
「知らない」
シャルロットは表情も態勢も変えずに、只ぽつんと真実のみを口にする。
そんなシャルロットに対し、クーデリカは首を傾げる。
知らないのならば、それで良いはず。それなのに、何故シャルロットはそんなに悩むのか、と。
「姫様……」
「おかしいと思わない? 法国の枢機卿に猊下とまで呼ばれる人物なのよ。例え表に出てこない人物であっても、話くらいは聞こえて来るはずなのよ」
シャルロットはクーデリカの言葉を遮り、自身が疑問に思った事を口にする。
言われクーデリカは、その事を理解した。
確かにその通りなのだ。自分自身、自惚れ無く騎士としての力は大陸中でも上位であると自負している。そんな自分を、そんな自分に、何もさせず勝利出来る力を持つ騎士。そんな人物が、どこの調査機関にも引っかからないなどあり得ない話なのだ。
「ねえ、クーデリカ」
「……はい!」
急に呼ばれ、急ぎクーデリカは返事を返す。
「そのガラハッドの容姿、教えてくれる?」
そう乞われ、クーデリカはガラハッドの容姿、装備を出来るだけ詳しくシャルロットに報告した。
「栗色の長髪に、中性的な見た目かぁ。そんでもって純白の鎧……。ねえ、その鎧って、磁器みたいに見えなかった?」
問われクーデリカは、彼の者の姿を再び思い出す。
「確かに、その様に見えました」
そして、感じた事を口にする。
その瞬間、シャルロットは立ち上がりドアへと向かった。
「クーデリカ。あなたは此処で待ちなさい」
「……姫様、どちらへ?」
「無限書庫」
それだけを言い残し、シャルロットは部屋から出て行った。
後を追おうと一歩踏み出したクーデリカだが、真剣なシャルロットの表情にクーデリカは従う道を選んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「出て来なさい! いるんでしょランスロット!」
薄闇の地下室に一人立ち、扉に向かってシャルロットは声を掛けた。
その声に反応する様に、シャルロットの前方が淡く光り、人型を成して行く。
「お久しぶりです、我が麗しの姫君」
光は人の姿となり、片膝を付き方手をシャルロットに向けた。その一連の流れはまるで、歌劇の役者の様である。
「なにが麗しの姫君よ。あんたが主催者ね」
「主催者? 一体何の事で御座いますか?」
「この訳の分からない演目よ」
シャルロットはランスロットに向け強く追及するが、ランスロットはどこ吹く風。知らぬ存ぜぬを貫き通す。
幾度かの言い合いの後、溜息と共にシャルロットは問答を止めた。だが、一つだけ確認しておかなければならない事がある。
「アンタ、クーデリカをどうするつもりなの?」
そう、コレである。
「騎士クーデリカですか。私としては、彼女が姫君の騎士として相応しいか知りたいのですよ」
手段を隠しながら、目的を語るランスロット。
「頼んでないわよ」
ランスロットの言葉を、シャルロットは全力で拒否する。しかし、彼の意思は揺るがない。
「姫君の意思は関係ありません。私が私の意志で確認致したいのですよ」
「そう。なら、好きにすると良いわ。でも……」
「でも?」
シャルロットの含みある言葉に、ランスロットはオウム返しで問いかけた。
「何時までも優位に立ったつもりでいると、痛い目に合うわよ。なにせクーデリカは、わたしの騎士なんだから」
シャルロットの言葉は、クーデリカを信じて疑わない物であった。
だが、ランスロットは世界が始まる前から剣を振るって来た者。簡単には勝たせない。そう心に留めるランスロットであった。
「しかし姫君。良く私が関係していると気付きましたね?」
ランスロットは決して自身が主催者だとは言わない。
だが、少しだけ気になったのだ。何故シャルロットは、迷いもせず自分の所へ来たのか、と。
法皇であるビクトーリアが嘘を吐き、法国全体でのペテン劇と言う線だって完全には捨てられないはずだ。なのに何故?
「ふふん、簡単な事よ。クソビッチがしくじったのよ」
「な、何ですと?」
「聞こえなかった? あの短絡的なクソビッチが、ビクトーリアがしくじったの」
隠す事無く驚きを顕にするランスロットを、さも楽しいと言わんばかりのシャルロット。
そして、満面の笑顔で事実を告げた。
「ビクトーリアは情報を収集していなかった。そしてアンタ――」
シャルロットは悠然とランスロットを指差す。
「アンタは報告をしなかった。だから、ビクトーリアは、ヒントのつもりで正解をわたしに提示した」
ここまで言われて、ランスロットは気付く。
ずっとレックホランド法国の地下に居た自分を、何故シャルロットは当たり前の様に知っていたのか?
何故、法国の上層部は安易なヒントをシャルロットに授けたのか?
答えは簡単であった。
八年前、シャルロットとランスロットの出会いを、二人以外誰も知らなかったから。
シャルロットは、ランスロットの事を誰にも言わなかった。
それは秘密にしていた訳では無く、シャルロットにとってランスロットの存在は、自身と契約しているブリュンヒルデやメディアと同じ一精霊と言う認識しか無いせいである。
一々どんな精霊と出会ったなどと話していたら限が無い。シャルロットにとって、精霊との出会いなど只の日常なのだ。
だから言わなかった。
では、ランスロットは?
彼の者も誰にも言わなかった。
報告もしなかった。
現法皇であるビクトーリアに。
直系の主人であるネリウス・トラリアルにも。
只、幼き姫との出会いを胸の内に秘めたのである。
「レックホランド法国の頂点がクソビッチであるなら、その頂点を動かせる者は限られてくるわ。まずは残り五人の魔女。同時に四方を守る聖獣。そして……十二氏族」
シャルロットはそこまで言って、笑顔の質を変える。
勝ち誇っていた様な笑みは姿を潜め、悪意ある物へと。
「まずは五人の魔女、これは最初に除外できるのよね。魔女様達が、世界の危機以外手を組むなんて考えられないから」
そう言ってシャルロットは、人差し指を立てる。
「二つ目の聖獣達。これも無い。なぜなら、聖獣は世界の維持を最優先としているから。ニンゲンの営みに関わろうなんて物好きは、ミカサくらいのもよ」
シャルロットは言葉と共に、中指を立てた。
「それで三つ目の可能性である十二氏族。これも考えずらいのよ。十二氏族で居場所が解っているのは二人。バーゲンミット公国の獅子王様とイーサ様。でも、この二人が動く事は無い。演目の主役はクーデリカ。彼女はクリスタニアの騎士。彼女に何かすれば、内政干渉になりかねない」
この言葉で、シャルロットの薬指が立てられる。
「でもね……」
シャルロットは言葉と共に一息吐き、立てられた三本の指を拳に戻す。
「アンタだけは違う。十二氏族であり、レックホランド法国に潜み、ビクトーリアの近くにいる。同時に騎士としての存在。クーデリカに興味を持ち、彼女をこの地に招く理由があるのは、アンタだけなの」
もう興味は失せたとでも言う様に、シャルロットは言葉と共にランスロットを見つめた。




