表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/105

枢機卿

 レックホランド法国へと訪れたシャルロット。

 来訪初日は、枢機卿筆頭のタナトスとの会談と言う雑談のみで一日を終えた。


 そして、一夜明け二日目。

 これからが本番である。

 簡単な朝食を取ると、法国側が用意してくれた女性神官達の手によって身支度を整える。

 その後、僅かな休息の時間を置き、タナトスが貴賓室を訪れた。


「姫殿下、御機嫌は如何ですか?」


 邪気の無い笑顔と共に、タナトスはシャルロットに向け挨拶の言葉を口にした。

 それに対しシャルロットは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら


「期待半分、不安半分」


 自身の心根を正直に語る。

 その言葉を聞き、タナトスは噴き出しそうになる思いを必死に抑え込む。どんな時でも、どんな所でも、この麗しき姫は自分を隠す事はしないのだと。


「ふふっ、そうで御座いますか。姫殿下、会食の時間と相成りました。法皇陛下の下へご案内致します」


 そう言ってタナトスは腰を折った。


「そう。それじゃあ、お願いね。クーデリカ、行くわよ」


 シャルロットは、言葉と共に背後に控えるクーデリカへと視線を向ける。

 だがその言葉は、タナトスによって否定された。


「会食は一対一、配膳、立ち会いは(わたくし)、タナトスのみとなります」


 法皇は、シャルロットと二人だけで会いたいと言う事をタナトスは告げる。

 そう言われて反対する事も出来ず、シャルロットはクーデリカに視線を向けたまま


「暇になっちゃったわね」


 ニパリと笑顔を見せる。

 そうは言うが、クーデリカは護衛としての責務がある。来るなと言われても、そう簡単に引き下がる事は出来ない。

 だが、それは心配無用とタナトスが口を開く。


「騎士クーデリカには、別の者が御相手致します。何でも、個人的に用があるとかで」


 どこか妖艶に微笑みながら、タナトスは告げる。

 その真意は図る事は出来ないが、今回の来訪にクーデリカが選ばれた事に関係があるのだろうとシャルロットは確信する。ならば、乗ってやるのが礼儀と言う物だろう。


「そう。クーデリカ、あなたは、あなたの事をなしなさい」


「姫様?」


 自由行動を取れと言うシャルロットに対し、クーデリカは眉をひそめた。

 そんな葛藤する様なクーデリカの顔を見て、シャルロットはクーデリカの横腹を肘で軽く突くと顔を寄せる。


「クソビッチが……ビクトーリアが何考えてるか解んない以上、こっちも情報を探らなきゃいけないの。何時も二人でいたら、それが出来ないでしょうが」


 そして、諭す様に言葉を告げた。

 シャルロットの言葉に納得がいったのか、クーデリカの眉間から皺が消える。

 それと同時に、話を次の展開へと導く様にタナトスが口を開く。


「クーデリカ殿の案内はこのマルコが務めます。頼みますよ、マルコ枢機卿」


 そう言ってタナトスは、半歩横にずれる。

 その空いた場所に顔を出すマルコは、礼を持って頭を下げた。


 さあ、化かし合いの始まりである。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 クーデリカはマルコに連れられ、何所とも解らぬ目的地へと向かう。

 階段を下り、聖堂の一階へと辿り着く。そして、長い廊下を歩いている途中、マルコが不意に口を開いた。


「姫殿下は、何か不自由をしておられませんでしたか?」


 酷く心配する様に、何か粗相がある事を恐れる様に。


「いえ、朝の姫様、いや、シャルロット様は実に穏やかなお顔をしておられました」


「……そうですか」


 クーデリカの言葉を聞きマルコはほっと胸を撫で下ろす。

 そのマルコの表情を見、クーデリカに僅かな疑問が湧き上がる。何故に、この枢機卿は、ここまでシャルロットの事を案ずるのだろうか? と。


「失礼を承知でお訊ねしたいのだが、何故に(けい)はそれほどまでにシャルロット様の事を?」


 この問いかけに、マルコは照れた様な笑みを浮かべる。そして、懐かしむ様に過去の出来事を口にした。


「私が、枢機卿の地位まで上り詰められたのは、全て姫殿下のおかげなのですよ」


「シャルロット様の?」


「はい。当時の私は、慎重さだけが取り柄の、一神官でありました。それでも、やはり失敗と言う物は避けられず、何時も落ち込んでいた物です。そんな時に姫殿下とお会いしたのです」


「と言う事は、前回の来国の折りに?」


 クーデリカの問いかけに、マルコは大きく頷いた。


「はい。聖堂の花壇で打ちひしがれる私に、まだ幼かった姫殿下は大丈夫? と話しかけてくれたのです。そして、私の話など解らぬだろうに、頑張った頑張ったと褒めてくれたのですよ。頑張れではなく、私は頑張ったと」


「シャルロット様らしい御言葉だ」


 マルコの話に、クーデリカの表情はだんだんと緩んで行く。


「そして、姫殿下が去り際に、私に飴玉をくれたのです。なんて事無い普通の飴玉です。ですが、その飴玉は私が食した事のあるどんな物よりも美味しかった。今でも街中の雑貨屋で、飴玉を見るたびに思い出すのです。姫殿下の頑張ったと言う御声を。そうして、姫殿下の御言葉に恥じぬよう、日々研鑽した結果、私は枢機卿と言う名誉ある職務に就かせて頂いたのです」


 マルコの話を聞き終え、クーデリカはどこか誇らしい気持ちに包まれる。それと同時に、自身はと思うと惨めに感じた。

 そんな空気を感じ取ったのか、マルコは優しげな表情で問いかける。


「どうか致しましたか?」


 話しかけられた事に驚き、クーデリカは我に返る。同時に恥ずかしそうに、自身の思考を否定する言葉を返す。


「い、いや。何でも無い」


 クーデリカはそう言うが、何でも無い事は誰にでも解る。

 自分でもそれが解るのか、クーデリカは内情を吐露するかの様に口を開く。


「私は、(けい)が羨ましいのだと思う。私はシャルロット様に叱られてばかりだからな」


 そう言葉を口にするクーデリカは、どこか泣いている様に見えた。

 だが、そんなクーデリカをマルコは興味深げに見つめる。


「姫殿下の御言葉は、本当にお叱りの言葉なのでしょうか?」


 そして、こんな言葉を投げかけた。


「どう言う、事ですか?」


 言葉の意味が解らず、問いかけるクーデリカ。

 自分で言って、説明不足だと思ったのかマルコは言葉を続ける。


「いえ。あの思慮深いと言われる姫殿下が、何の理由も無くお叱りの言葉を口にするとは思えないのですよ」


 ゆっくりと話すマルコの言葉を、クーデリカは黙って聞いていた。


「きっと、それは姫殿下の貴公に対する期待の表れなのではないでしょうか」


「私に、期待?」


 マルコの言葉を、クーデリカは繰り返す。

 その表情には驚きが現れていた。


「姫殿下は煉獄の王ビクトーリア様の加護を受け、世界を守護しなければならぬ御方。当然、貴公も有事の際同行されると思いますが?」


「と、当然」


「ならば、並の強さでは敵わぬはず。姫殿下は、貴公に強くなれと仰っているのだと思いますが?」


 マルコの言葉を、クーデリカは心の中で反芻する。

 それと同時に、シャルロットの言葉を思い出す。馬鹿、間抜け、脳筋、考え無し。今まで言われてきた数々の言葉が思い起こされる。

 しかし、どれを取っても、期待の表れと思える言葉は無かった。だからこそクーデリカは、首を捻り苦笑いを浮かべた。


「思い起こして見ても、期待されている様には思えませんね。私はへまばかりしている」


 そんな自虐的なクーデリカに、マルコは微笑み言葉を掛ける。


「何を言われたのかは解りませんが、そう思えないのならば、それは姫殿下の安心感からの事だと思いますよ」


「安心感?」


「はい。貴公ならば、何を言っても、どんな言葉でも決して離れないと言う安心感から来る物かと?」


 そう言われて、クーデリカはシャルロットの言葉を再び思い出す。今度は、ライバルである二人のメイドに投げかけられた言葉も一緒に。

 思い返す度に、酷い言葉しか出て来ない。自分にも、二人のメイドにも、シャルロットは罵詈雑言を投げかける。決して他の者には投げかけ無い様な言葉を。

 それを思い返して、クーデリカは噴き出した。

 やっと解ったのだ。

 そう、シャルロットは、気を許した者の前でしか決して自分を見せない人物であったのだ。

 優雅で気品が有り、全ての事を見透かし、全てを統べる。同時に、優しさと許しを持って全てを救う。それがシャルロット。

 だが自分達の前では違う。自分やヴァネッサ、そしてイレーネの前のシャルロットは、我がままで気ままで自分勝手で癇癪持ち。そんな素の、本当のシャルロットなのだ。

 その答えに行きついたクーデリカは、心が晴れて行くのを感じるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ