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タナトス

「お待ちしておりました、シャルロット様」


 部屋の中央で、神官服を纏った男が頭を下げる。


(わたくし)、枢機卿の末席に座らせて頂いています、名をマルコと申す者です」


 男の言葉に、クーデリカはおろかシャルロットまでも驚きを表す。

 貴族、それも元王族のシャルロットの来訪である。それなりの地位に就く者が出迎えに来るのは、国家の礼儀としては当然の事である。だが、まさか枢機卿が出張って来るとは、シャルロットですら思ってはいなかったのだ。

 末席とは言え、レックホランド法国のナンバー2が。それほどに、法皇リリー・マルレーンはシャルロットを歓迎しているというのだろうか?


「枢機卿閣下御自らの出迎え、シャルロット・デュ・カーディナル心より感謝致します」


 マルコ枢機卿に対し、シャルロットはスカートを摘み、静かに、そして優雅に腰を折った。同時にクーデリカは、右手を胸に当て騎士の礼を取る。

 これで挨拶は終了、シャルロットがそう思った瞬間、マルコ枢機卿の口から驚くべき言葉が飛び出す。


(わたくし)は、只の案内人で御座います。姫殿下のお世話は、我らが(かしら)、枢機卿筆頭のタナトス様が務めます」


 このマルコの言葉に、シャルロットは言葉を失った。

 枢機卿筆頭、それは法国のナンバー2中のナンバー2。法皇に何かがあれば、この国を動かす権限を持つ人物なのだ。そんな人物が自分の世話係? 悪い冗談であって欲しいと思うシャルロットであった。

 欝な思いを心の中に留めながら、シャルロットはクーデリカを伴いマルコの後に続く。

 法国の無限書庫は、想像通りに地下に設置してあった。

 地下二階分、その階段を上ると周りは陽の光に包まれる。壁は地下同様、石壁が剝き出しではあるが、至所に窓が設えてあり硝子もふんだんに使われている。聖堂リンデルシア、質素に見えるが実は贅を凝らした城である事が解る造りである。

 久しぶりに訪れた聖堂リンデルシアの造形に、目を凝らしながらシャルロット達は目的地へと歩を進める。そんな中、一行は少し変わった男達とすれ違った。


「姫様……」


 クーデリカが男達に視線を向けながら、シャルロットに耳打ちした。その意味をシャルロットはすぐに気付く。


「ヤマトの方もいらっしゃるのですね」


 わざとらしく聞こえない様気を付けながら、シャルロットはマルコに向け問いかける。


「はい。二年程前に、法皇陛下が直々に御雇いになった方々です。聖堂の警備などして頂いています」


 マルコは、すれ違った黒髪の男達の事をシャルロットに説明する。そして、一泊置いて


「しかし姫殿下。大陸中央では、ヤマトの民を見かけること自体少ないのに、驚きにはならないのですね」


 単純な疑問を口にした。

 この問いに、シャルロットはニッコリとほほ笑むと


「わたしの領地、カーディナルにもヤマトの民がおりますゆえ」


 さらりと答えを返す。


「そうでしたね。あの者、名は何と言いましたか……」


 シャルロットとマルコの会話に、クーデリカが割り込む様に参加する。その事に対し、シャルロットは咎める事無く


「ああ、ヒムロやタムラ事?」


 すぐに返事を返した。

 その声が聞こえたのか、黒髪の男の一人の足が止まり振り返る。


「どうしたんですか、ヒジカタさん」


 三人の内、背の低い男が問いかけた。

 ヒジカタと呼ばれた男は背の低い男、オキタに視線を移すと吐き捨てる様に言葉を綴る。


「聞いたか? ヒムロにタムラだとよ」


「気にしすぎでは無いか?」


「「コンドウさん」」


 二人が、ヒジカタとオキタがコンドウと呼んだ人物、恐らくはリーダーとおぼしき男が気に掛ける様に声を掛けた。


「ヒムロもタムラも、ヤマトでは良くある名前だ、違うか?」


 そう言うコンドウに、二人は頷くしか無かった。



 ………………

 …………

 ……


 目的の場所へと到着したシャルロット達。先導者マルコが代表するかの様にドアをノックした。


「マルコで御座います。シャルロット・デュ・カーディナル卿が御到着されました」


 そして、同時に目的を告げる。

 此の時、シャルロットは違和感を覚えた。

 今、マルコは何と言ったのか? そう、マルコはシャルロット・デュ・カーディナル卿と言った。面倒くさかったと言う事で、訂正していなかったが、先程まで、マルコは自分の事を姫殿下と呼んでいた。なのに、今はシャルロット・デュ・カーディナル卿と言う。

 この事柄から考えるに、マルコは意識してシャルロットを姫殿下と呼んでいた事になる。その理由は解らないが、きっとどこかで出会っていたのであろうとシャルロットは推測した。

 シャルロットがそんな事を考えている内に、入室の許可が下りドアが開かれる。シャルロットの到着を待っていた人物はそこに居た。


 腰まである銀色の髪。

 色香漂う蜜色の肌。

 神が創ったとしか思えない程の美貌。

 その顔に映えるエメラルドグリーンの瞳。


 その美しさにシャルロットは言葉を失った。

 その美しき顔は一人しか知らない。

 煉獄の王、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。


「ク、クソビッチ」


 髪の色、瞳の色、肌の色、全てが違うが、その人物は煉獄の王、ビクトーリア・F・ホーエンハイムなのだ。

 シャルロットのこぼしたクソビッチと言う言葉、それを耳にし、件の女性は思わず噴き出した。


「そんなに似ていますか?」


 涙を拭きながら、女性は問いかけて来た。


「は、はい?」


 素っとん狂な声で返事を返すシャルロット。


(わたくし)は、そんなに似ていますか? その、クソビッチと言う御方と」


 クツクツと笑いを堪えながら、女性は再度問いかけて来た。


「まあ、似てるといいますか、そっくりといいますか、本人としか思えないといいますか……」


 あやふやながらも肯定の言葉を綴るシャルロット。

 だが、半分はまだ疑っていた。

 それを見透かす様に、女性は名乗りを上げる。


(わたくし)は、レックホランド法国枢機卿筆頭タナトスと申します。短い間ではありますが、シャルロット姫殿下のお世話係を務めさせていただきます」


 この言葉に、シャルロットは二度目の驚きを表す。

 まさか、枢機卿筆頭が女性だとは思っても見なかったからだ。

 しかし、良く考えてみれば、レックホランド王国は魔女を信仰する国家。女性の地位が確立されているのも頷けると言う物だ。

 そんな事をポケランと考えるシャルロットに向け、タナトスから声が掛る。


「陛下との面談は、明日の昼食会からとなっております。まずはお茶を用意致しますので」


 そう言ってタナトスは着席を進める。

 この時を持ってマルコの仕事は終了と、彼は腰を折り退出して行った。

 シャルロットが着席すると、タナトスは流れる様な動作で紅茶を淹れる。


「姫殿下は、二度目の来訪で御座いますね」


 シャルロットの正面に座り、タナトスは問いかけた。


「ええ、そうね。前回はたくさん勉強させてもらったわ。それとね、わたし、もう姫じゃないんだけど?」


 タナトスの姫殿下と言う呼び名にむず痒さを覚え、シャルロットは問いかける。

 聞かれたタナトスは、その相貌に笑顔を浮かべると余裕を持って口を開く。


「魔女様の加護を受けし御方は、我ら信徒にとっては崇めるべき御方。その御方を姫と呼んでも何の差し障りも無い事でしょう」


 どうにもペースが保てないシャルロット。眉間に寄る皺を必死で解きほぐしながら、先の一手を考える。


「再びの聖堂リンデルシアはどうですか?」


 タナトスに初手を持って行かれた。

 こうなっては、流れに乗りながら反撃に移る他無い。

 シャルロットは腹をくくり、猫を被るのを止めた。出たとこ勝負、シャルロットの本領発揮である。


「どうかしら? 絵図面を書いてる人のさじ加減一つじゃないかしら? それに……」


「それに?」


 オウム返しで答えるタナトスに対し


「そう簡単に掌で踊らされると思うなって事よ」


 そう答えるシャルロットの顔には、邪悪な半月が張り付いていた


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