水車小屋での出会い
シャルロットは、自身の執務室で算盤を前にはしたなく“ぐぬぬ”と唸っていた。
「姫様。何をお悩みなのでしょうか?」
後ろに控えるヴァネッサが心配そうに声を掛ける。
しかし、シャルロットは反応せず、只黙って算盤とにらめっこを続ける。
「姫様?」
二度、三度と呼びかけるが、反応は同様である。
ヴァネッサは深い溜息を吐き、シャルロットを見守る事にした。
どれほどの時間が経過したのだろうか? ヴァネッサの鼻に、夕食の良い香りが漂って来た。
シャルロットもそれを感じたのだろう、おもむろに顔を上げ、口を開く。
「ダメね。ぜんぜんダメ」
「姫様?」
声を掛けられたシャルロットは、椅子をクルリと百八十度回転させると、ヴァネッサの股間部に顔を埋める。
「おはねが、ないのよー!」
そして、そのままの態勢で事情を説明しだした。
シャルロットの温かい息が、ヴァネッサのメイドスカート越しに陰部に吹きかかる。それと同時に、手に持った算盤で、ヴァネッサの豊かなお尻を上から下へと何度も往復させた。
「あっ! ダメです姫様!」
「はにおー。わらひのはなひをひいてふれないの!」
「聞きます。聞きますから、悪戯を御止め下さい」
ヴァネッサの懇願に、シャルロットは悪戯の手を止め
「お金が無いのよ」
簡潔に、事実だけを口にした。
「お、お金、ですか?」
ヴァネッサの返しに対し、シャルロットは算盤を右指でジャカジャカと弾きながら
「そうよ! 税収が、とてつもなく低いのよ!」
絶望をその顔に映す。
しかし、シャルロットはそう言うが、ヴァネッサにはそうは思えなかった。
「しかし、お馬鹿さん達は退治した訳ですし……」
街の者から、税を取れるのでは? とヴァネッサは続けようとするが
「取れる訳無いでしょうがーーー!」
言葉と共に、再びシャルロットの算盤折檻が行使された。
「あふん!」
「よーく考えてみなさいよ! いくらお馬鹿さん達が居なくなったって、街の人達が貧しいのはかわんないの! もう少し生活が安定しなくちゃ………………税なんて取れないでしょー!」
ぐりぐりと、じゃらじゃらと、ヴァネッサの艶やかな身体を算盤が蹂躙する。
「あふぅ、では、あんっ! ほかに、やんっ! とれる、ああっ! ばしょは、らめっ! ないので、うふん! しょうか。 ダメッ!」
「ほか? ほかに取れる人なんて! ………………いた」
言葉と共に、シャルロットの動きが止まる。
「どなたで御座いますか?」
少し名残惜しそうにヴァネッサは問いかける。
これに対し、シャルロットは悪党が笑う様に、ニヤリと口に半月を浮かべ
「南にいるじゃなーい。いくら絞り取っても心が痛まない輩共が」
会心の思いつきに、クックックッ、と笑いを浮かべるシャルロットだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから三日後。
シャルロットは南のお馬鹿さん達が、税を納めていないと言う証拠の書類を搔き集め、現在徴税の為に出向いていた。
「ぐふふ。待ってなさいよ、お馬鹿さん達。ケツの毛まで毟ってやるから!」
馬車の中で、改めて決意を示すシャルロット。
「姫様。品が無いですよ」
隣に座るイレーネからお叱りが飛ぶ。
言われてみればその通り。
「おほほ。御待ってなさいよ、御馬鹿さん達。御ケツの御毛まで毟って差し上げますわ!」
改めて言いなおしてみた。
「御を付ければ良いと言う物でも……」
疲れた様に言葉を漏らすイレーネだが、今のシャルロットはテンション上げ上げ、ナチュラルハイ状態。品など知ったこっちゃ無いのである
しかし、そんな状態のシャルロットに、冷や水を掛ける事態が襲って来た。
急に馬車が止まり、御者席のヴァネッサから声が掛ったのだ。
「姫様。何やら揉め事の様です」
シャルロットとイレーネは、窓の覆いをずらし、外を伺う。
三十メートル程向こうに、水車小屋が見えた。
そして、その前に立つちんまい影と、大きな二つの影。
大きな影は、互いに向き合っている。
何か揉め事の様だった。
シャルロットは、盛大な溜息を一つ吐くと、ドアを開け歩き出すのだった。
「なに? 揉め事? やめなさいよ、面倒だから」
シャルロットは大きな影。三十代と思われる男と、二十代前半と見える男に声を掛けた。
「誰だ、テメェは!」
「誰だい、君は?」
三十代男はガラ悪く、二十代男は丁寧な言葉でシャルロットと相対する。そして、三十代男の顔は強面で、二十代男はイケメン。
二人の反応と、顔を見た上でシャルロットは判断を下す。
「あんたが悪者」
三十代男を指差し断言した。
「はぁ? 何言ってんだテメェ」
「だってあんたの顔、怖いじゃん」
シャルロットの言葉には、取り付く島も無かった。まあ、実際の所、シャルロットの言う通り、三十代男の顔は怖かった。
「顔で判断するんじゃねぇよ!」
それもそうかと、シャルロットはもう一度三十代男をしげしげと見つめた。
細面の輪郭に、鋭い目つき。そして、短く刈り込まれた髪。
「うん。やっぱり、あんたが悪者」
「オイ!」
怒鳴られた。すっごいガラ悪く。
「まあ良いわ。それで悪者は何を揉めていたのかしら?」
「俺が悪者決定か?」
「そうよ」
悪者が諦めた様に言葉を綴る。
この様子から、悪者は、案外良い悪者かもしれないとシャルロットは感じ取る。
「じゃあ、相手を変えるわ。そこのボンボン、説明しなさい」
話し相手を、二十代のイケメンへと変えるシャルロット。別の言い方をすれば、イジル対象を変更したシャルロット。
「き、君は、僕をボンボンと言うのかい?」
「は? どうでも良いの。そう言う事は。良いから説明しなさい。私は忙しいの。これからお馬鹿さんを締め上げに行くんだから」
シャルロットは、自分の事情を口にするが、相手に取ってはどうでも良い事である。
そして、この揉め事自体、シャルロットにとってどうでも良い事なのだ。
だが、シャルロットはこの地、カーディナルの領主様なのだ。
出来る女は、小さな事でも見逃さない。
十代、二十代、三十代の男女の視線が絡み合う。
御互いが不遜な態度で、一行に話が進まない。
だが、この場に天使が舞い降りた。
三十代の男の影に隠れていたちんまりとした影、その正体である十五、六歳の少女がおずおずと口を開いた。
「あ、あの……」
「なに?」
言葉に対し、シャルロットはニッコリと微笑みながら返事を返す。しかし、目は一切笑ってはいなかったが。
「あっ、あの。タムラさんは、私を助けてくれたんです!」
少女は必死でそう訴える。だが、シャルロットの反応は淡白な物だった。
「あっそう。それで? タムラってあんた?」
言いながらイケメンの方を指差す。
だが、少女は首を横に振る。
となれば、シャルロットは半眼で三十台の男に視線を向ける。
「……何だよ」
「人助け……したの?」
「……ああ」
三十代の強面の男、タムラが頬を掻きながら答える。
どうやら照れている様だ。
そんなタムラの行動を見て
「ぶふぉ」
シャルロットは噴き出した。
「何笑ってやがんだよ!」
「え? 楽しくない? 面白くない?」
「はぁ? 楽しくねぇよ! 面白くもねぇよ!」
顔を僅かに赤くしながらタムラは反論するが、そこは天性のいじめっ子のシャルロット、イジリ始めたら止まらない。しかし、この状況を面白く思わない人物も居るのだ。
「君達、いい加減にしてくれないか」
シャルロットとタムラのふざけ合いに、我慢の限界が来たイケメンが口を挟む。
「なに? まだ居たの?」
「何だよ、まだ居たのか?」
酷い言い草である。
こんなおちょくる様な言葉に、イケメンの顔は一瞬で真っ赤に染まる。
シャルロットは、そんな表情に満足したのか、話を元に戻す。全く腹の黒い姫様である。
「それで、あんたら何で揉めてたのよ」
「ああ、それだそれ。何でもよぉ、コイツが小麦の重さで、この嬢ちゃんに因縁付けててよぉ」
タムラが原因を口にする。
「重さってなによ?」
「ああ、僕が依頼した粉引きなんだが、渡した時よりも、重量が減っていてね」
イケメンの口から、揉め事の実態が明かされた。
瞬間シャルロットの頭がカクンと下がる。
「あんた…………バカ?」
「な、何?」
シャルロットの言葉に、イケメンはさらに顔を赤くさせる。
「粉引きなのよ! 粉にするの! ぎったんばったんするの! 突いて突いて突きまくるの!」
「ああ、それは解っている」
「オイ。下ネタじゃねーか?」
タムラが冷静に突っ込みを入れるが、シャルロットは気にも留めない。
「粉になれば、どうなるか解る? 解ってる?」
「ああ、解っている。言い方は変だが、その、粉々、粉末になる。そうだろ?」
イケメンの発言に、シャルロットは絶望を顔に映した。このイケメンは、本当に世間知らずのボンボンだ、と。
「あのね、粉になるとね、舞うのよ」
「舞う?」
お馬鹿なボンボンに対して、シャルロットは懇切丁寧に水車での粉引きを説明した。
どんなに丁寧に引いたとしても、宙に舞ったり地面にこぼれる分があると言う事を。
そして、どんなに掃除をして掻き集めて振るいに掛けたとしても、全部は回収出来ないと言う事を。
結果、渡した重量よりは、僅かに軽くなると言う事を。
「そ、そうだったのか。すまない。僕の早とちりのようだ。お嬢さんには謝罪したい」
イケメンは自身の行いを恥じ、素直に謝罪した。
まだ駆け出しの粉物屋なのだろう。素直に謝罪出来る彼ならば、今後商売を大きくして行けるかも知れない。シャルロットは心の中で、彼の立身出世を願うのだった。