棘
「終わったみたいね」
そう言ってシャルロットは、遠眼鏡を持った手を下げた。
「はい。あの姫様、月狐族、槐殿が最後に放った魔術、あれは一体?」
シャルロット同様、遠眼鏡を下げながらクーデリカは問いかける。
槐が最後に放った魔術、九尾核炎爆。その瞳で見た光景を浮かべ、シャルロットなりの結論を口にした。
「たぶんなんだけど、加速エネルギー、つまりは熱の運動を全て内側へと向ける魔法じゃないかしら?」
「内側に、ですか?」
「うん。全ての動きが、あの球体の中心へ向けて動くの。だから、空中で停止したし、外へ熱も漏れない」
「な、なるほど」
シャルロットの説明に、頷くクーデリカ。だが、その表情を見るに半分も理解していないだろうとシャルロットは推測する。
このシャルロットの推測だが、術が消失した後にワイバーンが欠片も残っていなかった事からも、シャルロットの推測は当たっているのだ。
永久機関と言ってもいい程の熱の流動。その速度は、流れれば流れる程加速して行き、高熱へと向かって行く。その結果、ワイバーンの身体は一片に至るまで燃え尽き消失。それが九尾核炎爆と言う魔術の本質である。
「さてと。みんなには、休んでから帰ってきてって伝えてくれる?」
そう言ってシャルロットは踵を返す。
「姫様、どちらへ?」
シャルロットの、行動の意味が掴めないクーデリカが問いかけた。だが、それに答える事無く、シャルロットは歩を進める。シャルロットの歩む先、そこには護衛として付いて来たクロムウェルの姿があった。
「終わったわ。帰りましょうか、クロム」
「はい、姫様」
クロムウェルは返事を返し、馬の手綱を握る。
シャルロットは、クロムウェルの動作を確認し鞍へと手を伸ばし一気にまたがった。
「姫様、どちらへ?」
クーデリカは、再度シャルロットへと問いかける。無駄に終わるか? 一瞬そう言う思いがクーデリカの中に産まれるが、それは杞憂に終わる。
「フレデリック兄様に、戦いの終結を伝えてから、御屋敷に戻るわ。さっきも言ったけど、あなたは、休憩を挟んでから隊を率いて戻って来なさい」
そう言い残し、シャルロットはクロムウェルを連れ、馬を走らせた。
小さくなって行くシャルロットを、言葉では言い表せない思いを感じながらクーデリカは見送った。
………………
…………
……
「御苦労だった」
クーデリカは、労わりの言葉と共に騎士隊と合流した。
「「団長、御疲れ様です!」」
そう言って敬礼するのは、クーデリカの副官二人。ハミルトンとフランソワである。
「ああ、良くやってくれた」
クーデリカは、向かい合う二人にだけでは無く、騎士隊全員を労わる様に言葉を掛けた。だが、どこか上の空で、心に刺が刺さったまま取れないでいた。
そして、その刺は、視線をある一点へと向けさせる。その視線の向かう先は、くつろいだ姿勢で談笑するセイレーン達、とその姿を僅かに離れた場所で見守る月狐族の女性。
愛しく見守って来たシャルロットが、新天地にて王家の威厳も権力も無く、自力で、素のシャルロットとして得た仲間達。
そんなシャルロットを、クーデリカは誇らしく思う。だが、その一方でシャルロットの傍に居る事が出来る彼女達を見ると…………心に何かもやもやとした感情が湧き上がって来る。
嫉妬しているのか? と問われれば、確かにそうかも知れない。だが、感情全てを内包した、名も無い何かが心を締め付けるのだ。
「どうしたのですか?」
クーデリカの僅かな表情の変化を捉え、ハミルトンが話かけて来た。言葉を掛けられ、クーデリカはハッっとし、ミルトンに視線を向ける。無自覚なのだろうが、まるで今まで意識を失っていた様な行動をクーデリカは見せた。
「な、何がだ?」
慌てて返事を返すクーデリカ。
この反応に、ハミルトンは眉を潜める。
ハミルトンの表情を見、クーデリカは隠せないと思い頭を掻いた。
「彼女達を見ていたんだ」
クーデリカは槐達に視線を戻し、独白するかの様に言葉を綴る。
「かなりの手練ですからね、彼女達」
ハミルトンは、極めて常識的な言葉を返す。
だが、クーデリカの言わんとする事は、また別の事であった。
「ああ、そうだな」
ハミルトンの言葉を、肯定する返事をクーデリカは返す。だが、その表情は、全く別の側面を映している。
「悩みがあるのなら、話してはくれませんか?」
一度は話をはぐらかしたクーデリカだが、ハミルトンの言葉で決意した。
ハミルトンとクーデリカ、そしてフランソワ。彼女らは同期である。
その関係性ゆえに、上下の関係を取り除いて親身になる事が出来る。クーデリカにとって、彼女達は親愛なる友達なのだ。だから、素直に胸の内を語る事が出来る。
「たぶん、私は羨ましいんだ。羨ましくて、寂しくて、不甲斐無くて、悔しいんだと思う」
何も包み隠す事無く、クーデリカは自身の感情を口にする。
「大丈夫ですよ、クーデリカ。第二部隊隊長のバルテリも育ってきています、姫様の下で働ける日も、そう遠くは無い筈です」
ミルトンにそう言われ、クーデリカは自身の下唇を噛んだ。
「ダメだ。今、私が行った所で、何も出来ない。今以上に、彼女達と並べる位の力を付けなければ、姫様の下へは行けないんだ」
今回の戦で、自身の、そして人の弱さを見せ付けられ、クーデリカは強く意識した。
レギオン・モンスターと言う世界の歪みが創った化け物の相手として、人は弱すぎるのだと。先の英雄戦争で勝利したとしても。
「ま、弱音を吐いていても仕方が無い。帰還するぞ!」
「ハッ!」
ハミルトンは瞬時に思考を切り替え、副官として敬礼と共に返事を返した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワイバーンとの決戦の地から二時間程の牧場に、近隣の住民達は集められていた。
何故牧場なのか? それはサイロの存在があるからだ。牧場などにある、家畜の飼料などを保管している、塔みたいな建物と言えば解りやすいだろうか。
サイロが並ぶ場所、その中で指定された一つのドアをシャルロットはノックした。そのノックの音に反応して、ドアはガチャリと大きな音を立てて開かれる。
「あ、姫様」
「姫様?」
顔を見せたのは、ヴァネッサとイレーネであった。
「終わったわよ。どう、みんなは大丈夫だった?」
そう言って、ヴァネッサの脇からサイロの中に視線を向けるシャルロット。
「ええ。フレデリックが意外にも慕われていた様で、皆騒ぐ事無く無事でした」
褒めているのかいないのか、まあ、姉としての言葉なのだろうがヴァネッサは端的に現状を口にする。
「もう。そんな事言ったら、フレデリック兄様が可哀そうでしょ」
シャルロットは、ヴァネッサに一言ツッコミを入れると、クロムウェルを含め何時もの三人を引き連れて、サイロの中へと歩みを進めた。そのシャルロットの行き先、そこには子供達を安心させようと頭を撫でているフレデリックがいた。
「フレデリック兄様、すべて終わりました」
シャルロットの声に反応し、フレデリックは顔を上げる。同時に、その言葉を聞き、ほっとした様な表情を浮かべる。
「そうか、ありがとうシャルロット。じゃあ、もう皆は解放しても良いんだね?」
「はい。ですが、頑張ったのはわたしでは無いので。後ほど騎士隊の方や、今回手伝ってくれた方達に言ってあげてください」
自分は何もしていないと言うシャルロット。
そんな妹の様な存在を前に、フレデリックは優しく笑うのだった。




